3年目の夏7
私は家に帰ると、4年生の頃に作った家出マニュアルを机から引っ張り出した。表紙をそっとなでる。
ここには4年生の頃、初めて放課後自由に走り回っていた自分がいる。あの頃はハンバーガー屋さんは眺めるだけ。コンビニはさっと入って買物だけして急いで外に出てたっけ。
それをもとに一週間の家出の計画を立てる。
4人とも、親には言わない。友だちには協力してもらう。
翔くんも遥ちゃんも反対した。
「誰かのうちに泊まるならともかく、秘密基地って言っても、外じゃない。不審者だっているし、雨だって降るかもしれない」
「誰かのおうちに泊まったらただのお泊まりだもん」
「確かに話を聞いてるとひどいけど、紅が巻き込まれることないでしょ!」
「私だったかもしれないんだもの」
「紅……」
「たまたまうちは解決したけど」
「たまたまじゃない!紅の努力だよ」
「へへっ、ありがと」
「紅のこと能天気とか思ってるヤツら、みんなけっとばしてやりたい」
「のうてんきだもの」
「みつを風に言ってもダメだからね」
「反対されてもやる」
放課後、教室に残って話していた遥ちゃんと私を、窓際の机に座って見ながら翔くんが言った。
「紅はこうなったらダメだ。1人で突っ走られるくらいなら、俺は協力する」
「翔くん!」
「けどな、俺から見てダメだと思ったらそこでストップだ。いいな」
「うん!」
「仕方ないわね。一緒には泊まれないけど、日中は一緒よ」
「ありがと!」
茜ちゃんの学校では、ハルトくんもせっちゃんも協力を約束してくれた。そもそも一学期の蒼と碧をとても心配していたのだ。
決行はおばあさまの家に行く一週間前。その2日前に、蒼と碧が、予定変更を勝ち取った。
「俺たち、4人で先におばあさまの家に行くことにしたから」
「いや、子どもだけでか」
「そう、もう6年生だしな。お父さまたちは計画通り来たらいい」
「では切符の予約を」
「券売機で買うんだ。これも経験だろ?予約した切符はキャンセルお願いします」
「まあ、いいが。では電話を」
「それは紅と茜がお父さまに頼むって。俺たちがちゃんとお礼言うから」
「そうか」
「だからお母さまも心おきなく仕事しなよ」
「ええ、でも……」
「いいから」
こんな感じだ。うちもそう言って一週間をもぎ取った。交渉はより信頼のおける茜ちゃんに担当してもらった。
初日は公園集合だ。
「「行ってきます!」」
茜ちゃんと2人で走り出した。家から5駅、私はいつもの小学校の道のり。夏休みで人の少ない電車の座席に並んで座る。今日は1日公園で遊ぶのだ。駅についた後は、それぞれ買い物をし、公園前で待ち合わせる。
公園の前の交差点、8人全員そろった。
「では、今日は」
「何で紅が仕切るんだ」
碧が突っ込む。ナイスだ。
「今日はおむすびは確保してきたね!では、出発!」
小学生だって六年生になったらもう虫取りなんてしない子が多い。だからこそ最後に思い切ってやるのだ。もちろん、昼だからカブトムシなんかいないけれど、この公園は蝶やトンボやバッタはたくさんいるのだ。せっちゃんや遥ちゃんはキャーキャー言ってたけど、逃がす方担当だ。せっかくだから写真を撮って、公園の虫制覇!
お昼は子どもらしくおむすびを食べて、公園のアスレチックで遊び、シートをひろげてお昼寝する。
何でハルトくんが一番楽しそうなんだろうなどと思いつつ、あっという間に夕方になった。
「では、毎日同じ人が買いに来ると不審に思われるので、今日はせっちゃんとハルトくんお願いします!」
「任せておいて!」
「張り切るな!」
夕ご飯のお弁当と、明日の朝ごはんをお願いする。買い物が終わると、今日は解散だ。夕闇に紛れて、秘密基地に忍び込む。覆いをつけて、LEDランタンをつける。外から明かりが見えないよう、何度も実験したから大丈夫だ。
こっそりご飯を食べてもすることがない。トランプも持ってきたけど、さすがに今日は疲れた。銀色のマットを引いて、寝袋にくるまって、おしゃべりをしようとして、あっという間に寝てしまった。1日目は終わった。
その頃、お母さまはどうしていたか。
「茜と紅、なんかおかしかったわ」
1日悩んだ結果、その日の夜、帰ってきたお父さまに相談していた。
「そうか、気づかなかったけどな」
「紅よ。紅がいつもと違ったの。ねえ、お母さまに電話をかけてくれない?」
「そうだな」
実家に電話をかける。
「二週間ぶりかな、え、紅たちが来るのが待ちきれない?早く来週にならないかなって?用事?いや、あの、よろしくって電話で……。うん、無理しないよ、おふくろもな。じゃあ」
「晴信さん……」
「なんてことだ。4人とも来ていない」
「事故とか!警察に!」
「まあ待って。4人いっぺんにってことはないだろう。事故のニュースもないし」
「でも!すみれ!すみれは?」
「ちょっと待って」
お父さまは考えた。
「これは計画的な犯行……スピーチであんなことがあったのに4人ともお利口すぎた……犯人は何かを残す……残すとすれば……紅だ!紅の部屋のようすをみよう」
「晴信さん、娘の部屋に勝手に……」
「そんな場合じゃないだろう」
2人で紅の部屋に急いだ。片付いている。当たり前だ。案外私はマメなのだ。
「机……」
「勝手に開けるの?」
「開ける」
そうだよ、机の2番目の引き出しだよ。
「あった!これ……」
「「茜と紅のサマーウォーズ?4人で家族を取り戻せ!」」
ページをめくると……。
「お母さま、お父さまへ。私たちは最後の賭けにでます。すみれおばさまが家出に気づいたら蒼と碧の勝ち。気づかなかったら負け。何を言ってるんだ、紅は」
「こないだのスピーチから、藤堂の家はギクシャクしてるみたいだから」
「お母さまの事だから、すぐに気づくと思う。けど、三日目までは見守って。これは蒼と碧がすみれおばさまを勝ち取るための戦い。そんなこと言って、どこに泊まってるんだ……」
「翔くんよ!紅のお友だちの!」
その時お母さまに電話がかかってきた。
「はい、すみれ?蒼と碧?おばあさまの家に行っていない?すみれも気づいたのね。何で知ってるって?紅も茜もいないからよ。警察?まず落ち着いて。恭一さんは?いるのね。じゃあまず2人ともうちに来てちょうだい。4人で相談しましょう」
「藤堂も気づいたか」
「そうみたい。蒼と碧の勝ちね」
「とはいえ、どうするか」
「見守ってって、そんな訳にはいかないわ!まずは翔くんの家に連絡してみる」
「そうしよう」
蒼、碧、よかったね。1日目でばれてるよ。
「ちょっと待って!もう一冊あるわ」
「なんだと!これは少しクシャクシャだな。家出マニュアル?これは……4年生の頃……か」
「泊まるところ、とうそうけいろ、朝ごはんのかくほ、トイレ、おふろはどうするか?何日で気づいてくれるかな、気がつかないかもしれないなって……書いてある……」
「私たちがまだ、子どもたちと向き合えていなかった頃だ……紅」
2人は立ちつくした。明るいはずの紅が。私たちをつないだ紅が。幼い子どもの、恐ろしいほどの孤独を。自分たちの罪の深さを。初めて自覚したのだった。




