3年目の夏4
デリバリーをお願いして、藤堂のおうちにお邪魔した。
家に帰って少し元気になった2人に、お父さまとおじさまは積極的に話しかけた。大人の男の人から褒めてもらうのは本当にうれしい。食べるものも届いて、楽しくなったころにすみれおばさまが急いで帰ってきた。
「蒼、碧、恭一さんが電話をくれて、急いでこっちに帰ってきたの!一位と特別賞なんだって?すごいわ!見たかったわー」
来るなり話し始めて大はしゃぎだ。よかった、喜んでくれて。私はホッとして茜ちゃんとうなずきあった。
「ありがとう、お母さま」
蒼が少し笑ってそう言った。
「ところでさ、仕事ってなんだったの?」
碧が静かに聞いた。
「急にね、取引先の人が会えないかって」
「うん。聞いた。すごく急ぎの話だったんだね」
「まあ、先でも大丈夫だったとは思うんだけど、できるだけ取引先とはいい関係でいたいから」
「そうか、先でも大丈夫だったのか」
碧の声が震えた。何回も何かを飲みこむようにしている。
「よい関係でいたいから、か」
なんとかそう声を出した。
「ねえ、お母さま、俺たちとは?」
「なに、碧、俺たちとはって?」
「俺たちとはいい関係でいなくてもいいの?」
「え?なに言ってるの?親子だもの、いい関係に決まってるじゃない」
「じゃあ、俺たちのこと大事?」
やめて、今は聞いちゃダメだ。私ははそう思った。
「やだ、行けなかったからすねてるの?お仕事だからしょうがないでしょ」
「ねえ、大事って聞いてんの」
「もちろん、大事よ。おかしな子ね」
大事という言葉の、何と軽いことだろう。
「最近どうしたの。蒼も碧も。いつものあなたたちじゃないみたい」
「いつもの俺たちってなんだよ」
「ええ? お利口で、賢くて、かっこよくて、自慢の」
「お母さまが何もしなくても勝手に育つ、楽な子たち……の間違いだろ?」
私たちはここに来ないほうがよかったんだろうか。お母さまは両手をきつく組み合わせて、心配そうに三人を見守っている。お父さまと恭一おじさまはだまってようすを眺めている。
「え、と。何だろう。お母さま、なにかあなたたちを怒らせるようなことをしたのかな。今日は悪かったと思うけど、でも仕事で行けないのはいつものことでしょ?」
すみれおばさまは困っておじさまを見た。
「すみれ、今はあれこれ言わずにきちんと蒼と碧の話を聞きなさい。いつも時間がないと言って、2人とろくに話をしたこともないだろう」
とおじさまは言った。
「なにそれ。だってモデルの仕事とか一緒よ」
「なあ、お母さま、じゃあ俺たちがモデルの仕事言いださなかったら、どうなってた?」
「え、家で顔を」
「見てないよな?ご飯だって忙しくて一緒じゃない。話す暇なんてあったか?」
すみれおばさんは蒼に何か言い返そうとした。でも言い返せなかった。だって確かに話した記憶なんてなかったのだ。
「ちょっとでも時間ができたらさ、茜のところか晴信おじさんのところに行ってたよな」
「それは、茜が十分な教育を受けられるように……」
今度は蒼が話しかける。
「紅は?」
「紅? 今度は何の話?」
「紅の教育のことはどうでもよかったのか?」
「だって紅は別に」
「茜が教育を受けたいって言ったか? 紅が受けたくないって言ったか?」
「ええ? だってゆかりに任せておいたら何もしないから」
「そんなこと思ってたの、すみれ」
お母さまが静かに言った。
「だってあなた、学生のころから何にもしなかったじゃない。卒業してもお父さまの会社ちょっと手伝ったくらいで」
「私は正社員としてきちんと働いていました。すみれがやり過ぎなのよ。私は普通なの。なんでも自分の基準で考えないで」
「ゆかり、今はうちのことはいい」
「晴信さん、そうね、蒼と碧の話ね」
蒼は静かに続けた。
「小さいころからお母さまは仕事が忙しくて、俺たちは迷惑ををかけないように、お母さまをわずらわせないように、一生懸命がんばってきたんだ」
「小さいころから手のかからないいい子たちだったわ、ほんとうに」
「いつもほめてほしいと思っていた。でも俺たちがいい子なのがいつの間にかお母さまにとって当たり前になっていて、いつからか何にも言ってくれなくなったんだ」
「そんなこと」
「じゃあ言ってみろよ。俺たち今何を習ってる?成績は?委員会は?学校の友だちの名前は?いつ寝て、いつ起きてる?」
「……」
「普通の小学生の母親はね、みんな知ってることなんだよ。じゃあさ、俺が小学校二年生の時いじめられてたことは?」
「……」
「碧が同級生とケンカして怪我したことは?」
「……」
「俺の好きな食べ物は?好きな色は?趣味は何だと思う?言っとくけど、碧とは全然違うものだからね」
すみれおばさまは、少し開き直ってこう言った。
「親子だって、違う人間だもの。わからなくて当然じゃない?」
「朝5時に起きて、カフェオレを飲む。朝から少し仕事をして、運動は嫌いだけど少しヨガをする。体のためにね。朝ご飯はフルーツのみ。ずっと仕事をして、お昼はダンテのランチセットが好き。好きな色は青系統なら何でも。思ったことには一生懸命。最近少し疲れてる」
「あ……」
すみれおばさまのことだ。
「なんでも知ってるとは言わないよ。でも、大事な人のことは気になるからよく知ってるんだ」
「俺たちのことはどうでもよくて、晴信さんと茜だけが大切ってこともな」
「それは違うわ。ゆかりのこと大事だから、ゆかりの家族も気になるだけで」
「だから紅は?」
「紅は……だって何の心配もないし……」
「私は?」
お母さまが思わず口をはさむ。
「ゆかりは……晴信さんと結婚して、家にいて幸せでしょ?」
おじいさまと同じこと言ってる。
「晴信おじさんだって茜だって同じだろ」
「だって2人は私に似てるから!がんばらせてあげたくて」
沈黙が落ちた。お母さまは静かに話し始めた。
「結局すみれにとっては、自分と同じだと思わなければ価値がないってことなのね」
「ちが」
「すみれが家に来て口を出すせいで、私は家族からはじき出されて不幸だったわ」
「そんな」
「正直、すみれさんに心配してもらわなくても私の家族は大丈夫だから。そんなに頼りなかったかな。ゆかり、ごめんな」
というお父さまに、お母さまは首を振った。そして蒼と碧を見て言った。
「蒼、碧、今日は本当におめでとう。一か月前からよく頑張ってたわ。茜と紅から聞いてたの。自信に満ちあふれてた」
「「ありがとう」」
「あとは家族で話してね。私たちは帰りましょう」
でも。蒼と碧が心配で。動かない私にお母さまが声をかけた。
「紅。茜」
家族で話させてあげましょう?そう目が言っていた。うん。私は恥ずかしかったけど、蒼と碧をいっぺんにぎゅっと抱きしめて言った。
「なんでも手伝うから」
「うん」
茜ちゃんもぎゅっと抱きしめた。
「なんでも言って」
「うん」
これから先は、後で2人から聞いた話になる。




