3年目の夏2
「だめだ」
蒼が冷静に答える。
「だって!」
めずらしく茜ちゃんが取り乱している。だから私が落ち着いた。
「紅ちゃん、そうでしょ、蒼と碧だけが苦しむのなんていやだよ!」
「茜……」
蒼が少しうれしそうに、でも困った顔で茜ちゃんの名前を呼ぶ。
「俺、茜も紅も、晴信おじさまもゆかりおばさまも好きだ。だから、せっかくうまくいってるお前たちを巻き込みたくない」
「でも。紅ちゃん、何か言ってやって!」
「茜ちゃん、蒼の言うとおりだよ。私たちが一緒に悪くなってもしょうがないんだよ」
「紅ちゃん!」
茜ちゃんが責めるように私を見た。しょうがないなあ。
「私たちはね、茜ちゃん、共犯者になるの」
「共犯者?」
「紅、何言ってるんだ?」
「蒼、共犯者ってね、アリバイ作ったり、隠ぺいしたりする人のことだよ」
「アリバイって……」
「蒼、サボってどこに行くつもりだった?」
「それはまだ」
「サボったって勉強する予定でしょ?」
「う、それはそうだけど」
蒼と碧がまじめじゃないわけがない。
「マンガのある区立図書館ね、お勧めですよ。勉強室のほかに飲み物の飲める休憩フロアもあるんですよ」
「あそこか!マンガ読んじゃいそうだな」
「それはがまんだよ、碧。あとは公園の秘密基地でしょ、最近はハンバーガー屋さんにも小学生はいるからね」
「それは校則で禁止だろ」
「親の呼び出しになるかも」
「あ」
蒼はなるほどと言う顔をした。すかさず茜ちゃんが反対した。
「学校の品位を落とすのはダメ!」
「茜ちゃん、そんな覚悟では悪くなんかなれっこないよ」
「あ」
私はふふっと笑った。茜ちゃんは優しい子だから。
「私たちが四人で悪くなったら目立たないよ。茜と紅はいい子なのに、蒼と碧はどうしたんだろうって思わせないと」
「でも」
「自分たちだけがいい子なんて、そんな悪いこと覚悟がないとできないよ、茜ちゃん」
静かに言った。
「一緒に悪くなるほうが簡単だよ。一緒なら楽しいし。でも、そのために悪くなるんじゃないよね」
「紅の言うとおりだ」
いままでぼんやりとしていた碧が話に入ってきた。
「俺、自分が悪くなる、サボるって思い始めたら、なんだかどうでもよくなってきてさ。親は俺のことどうせどうでもいいんだし、悪くなったって誰も気にしないだろって。すげー荒んだ気持ちになってた。違うだろ、すっかり目的が違くなってた」
そう言って苦笑した。
「蒼、そうだよな、綿密に計画を立てる。茜と紅には協力してもらう」
「茜と紅は……」
蒼はまだ迷っている。
「ずっと仲間だったでしょ。四年の夏から一緒だったじゃない」
「けど華原の評判も……」
「藤堂だって同じ。正直、たとえすみれおばさんにでも、心配かけるのは苦しい。かわいそうって思う」
蒼と碧は唇をかんだ。
「でも、私たちは蒼と碧の味方だから。ね、茜ちゃん」
「うん、紅ちゃん」
小学6年生、家族を取り戻す最後の戦いが始まる。
4月、茜ちゃんは生徒会副会長に、蒼は生活委員長に、碧は体育委員長になった。私は図書委員の下っ端だ。権力には興味がないのだ。そして2人は五月の中ごろまでまじめに取り組み、みんながきちんと働くように当番の割り振りなどを行った。そして豹変した。
そういえば豹変するって、本当はよい意味だって知ってた?マンガことわざ辞典に書いてあった。
それはともかく、2人は委員会をわざと休み始めた。学校からの連絡のプリントを親に渡さなくなった。塾も少しずつサボるようになった。
恭一おじさまはもちろん協力者だ。しかし、協力してくれるまでに長い話し合いをしたようだった。それはそうだ、子どもがサボることを喜ぶ親なんてどこにいる?
おじさまは4月から仕事が忙しいふりをして、学校との連絡をできるだけすみれおばさまに任せるようにした。委員会をサボるのくらいは学校だってすぐには親に連絡なんかしない。でも、重要なプリントの返事が返ってこないことが続くと、さすがに連絡が行く。
最初は、
「うっかりね、めずらしいわ」
と思っていたおばさまも、だんだんといらいらしてきたらしい。
「仕事が忙しいの。迷惑をかけないで」
と言われたと、蒼と碧は苦笑していた。塾はさぼるとすぐ親に連絡が行く。
「そういう指導も塾の費用のうち!」
と塾に怒ったそうだ。おばさまだって社長だ。しかも事業の拡大中。家庭を構う暇もないほど忙しいのに、手のかからなかった子どもたちが急に手がかかるようになった。今まで協力的だった夫にも、忙しいと言われれば立場は同じ、面倒事を押し付けるわけにもいかない。蒼と碧が思った以上におばさまは混乱していた。
そして蒼と碧も疲れていた。目的があるとはいえ、責任感のある二人だ。サボることや、提出物を出さないことはものすごいストレスだ。塾をサボって家に帰ろうものなら、お手伝いさんにすぐばれる。わざわざ区立図書館まで通って、しかも自主的に勉強しているのだ。
モデルの仕事では、憂いが出てきたとか線が鋭くなったなど言われてむしろ好評だが、明らかにすみれおばさまと距離をとっているのがわかる。
「反抗期かな」
って現場の人は気にしていないけど、すみれおばさんは戸惑っていた。だって、いつだって蒼と碧はおばさまのことを正面から見ていたのだ。あって当たり前のもの。それがないいらだたしさ。なんでこんなにいらいらするのかしら。
そして、撮影が終わって、今日もお父さまたちは連れ立ってやってきた。
「今日は俺たち茜と紅とご飯食べに行くから」
「え……蒼、碧?」
「さ、すみれ、じゃあ2人で行こうか。ゆかりさん、晴信、お願いしていいかい?」
「もちろんよ」
「よろしくお願いします」
蒼と碧は私たちのお母さまにニッコリと笑った。
「あ……」
「すみれ、行こう」
あの子たちの笑顔なんて久しぶりに見た。最近は学校や塾のことで怒ってばかりだから。何も言わずにうつむく顔しか見ていない。最後にみたのは……写真だわ。モデルの。
「すみれ」
「恭一さん」
「楽しそうだな、蒼と碧」
いつの身にか仲良くなっていた4人。ゆかりとも楽しそうに話している。話す?何を?蒼と碧とは何を話してたかしら。いつも私が話すばかりで。
「すみれ、疲れてるのかい」
「え、いえ、ただ少し」
「少し?」
「いえ、何でもないの、どこに行きましょうか」
去っていく2人を、蒼と碧がさみしそうに見ていたことに、気がついたのは私たち4人だけだった。




