2年目の夏4
「なあ、茜、とんとんされるのってって気持ちいいか」
「うん、あったかくて、泣きそうになるくらい」
「俺たち、来年はもう、お母さまより大きくなっちゃうだろうな」
蒼と碧は背は高いほうだ。恭一おじさまも大きいから、きっともっと大きくなるだろう。
「大きくなったら、もうそんなことしてもらえなくなる。俺さ、もういいかって思ってたんだけど」
「何が?」
話が飛んだよ?
「お母さまのこと。俺が大事にできる人を見つけて、その人と楽しく暮らせばいいって。甘えられなかった分、その人を大事にしようって」
蒼……。先に大人の階段を……。
「けど、茜はお母さまを取り戻した。俺たちも少し頑張ってみるか」
「面倒くせえな。難しい人だぞ。俺ももう、半分諦めてたんだけどな」
碧が言うと、茜ちゃんが言った。
「とんとん、気持ちいいよ。オトナになったらはずかしくてしてもらえないよ」
「……まあ、協力するけどさ」
そうとなったら、おじさんに相談だ。
「そもそもお父さま、なんでお母さまと結婚したんだろう」
「おばさま、キレイだし頭いいし、何でって言うほどのこともないでしょ、碧」
「うーん、確かにお父さま結構かっこよくて、モテるからな、あえてお母さまを選んだんだろうけど……」
「思い切って聞いてみたら」
「そうしようか。帰りも迎えに来てくれるって言ってたし」
「よっぽど楽しかったんだね、宴会」
面倒くさい大人たちだ。けど、迎えに来たのはおじさまではなく、お父さまだった。
「晴信!」
おばあさまも晴久おじさまも嬉しそうだ。ひとしきり話した後、お父さまはお母さまに、
「ゆかり、迎えに来たよ」
と言った。私たちはお互いに顔を合わせて、肩をすくめた。茜のことは?紅のことは?目に入ってないね。お母さまは、
「あの、お仕事は……」
「面倒だからキリのいいところで帰ってきた」
「すみれは」
「すみれさんは1人でも平気だろう。何か言ってたが、恭一がいるから大丈夫だ。ゆかりが心配で。1人で出かけたことないだろう」
いえいえ3人ですよ、お父さま。しかもお父さまのお母さまがしっかり面倒を見てますよ。私は茜ちゃんに向かって目をグルグルして見せた。
「ぷっ、ふふ」
ついに茜ちゃんが笑い出した。
「どうした」
「お父さま、私も茜ちゃんも、蒼も碧もいるのに」
「お、そうだな」
お父さまはバツの悪そうな顔をした。
「夏休み楽しかったか」
「もちろん!川で魚をとったよ!」
お父さまもさすがに気恥ずかしかったか、苦笑いして話に乗ってくれた。
その日はやっぱり宴会で、酔いつぶれたお父さまに幸せそうにひざまくらをするお母さまがいたのだった。
たぶん初めて4人で並んで寝た私たち。どんな順番で寝るか悩んだあげく、お父さま、私、茜ちゃん、お母さまの並びで寝ることになった。
「でもお父さま、ホントに珍しいね。お母さまと私たちと離れていることなんてよくあるでしょ」
「紅は厳しいこと言うな。去年、紅と茜に怒られて」
怒ってないよ。少し不満を言っただけで。
「いつの間にかちゃんと話ができる大人になってたことにようやっと気づいて。それでもやっぱり忙しくて、なかなか帰ってこられないだろう。その挙句、強制的に1ヶ月離されてな、もう嫌だと思ったんだ」
「嫌って、今さら?」
「厳しいな」
お父さまは苦笑した。
「おじいさまもな、去年から少しでもはやく帰らせようとしてくれてたんだ。ゆかりは寂しがりやでとか、ウサギはさみしいと死ぬらしいとかさんざん聞かされてな」
「おじいさまが?」
「そう、ゆかり、それにな、茜と紅がもうすぐ思春期だから、話もしてくれなくなるって脅かすんだ」
「今までだって話さなくても平気でしたでしょうに」
「ゆかりまで厳しい」
お父さまは情けない顔をした。でも、無表情なお父さまより全然いい。
「すみれさんもな、よくお前たちの話をしてくれるんだが、今回じっくり話を聞いてみて、違和感があってな、ゆかり、お姉さんのこと悪くいうわけじゃないけど」
「いえ、いいの」
「私の知ってるゆかりや紅や茜と、すみれさんの言う3人はまるで違う人のようで。特にゆかりと紅は」
からっぽ。賢くない。
「そもそもおとなしいって言ったって、それが安らぐからゆかりがいいのに」
「癒し系だから?」
「紅、難しいこと知ってるな。でも、それだけじゃなくて」
「なくて?」
「それはきっかけで、例えば恭一は、すみれさんの一生懸命さに引かれたのがきっかけだしな」
「ほお、で、お母さまは?」
「それは」
お父さまはぷいっと壁の方を向いて言った。
「ゆかりに直接言うから」
私と茜ちゃんがブーブー言ってもそれ以上は聞けなかった。結局、お母さまには直接言えたのだろうか。
お父さまの田舎だもの、魚取りも虫取りも上手で感心した。ほんの3日ほどだったけれど、毎日楽しく過ごした。
だからといってお父さまがすぐに変わったわけではない。やっぱり帰ってくるのはたまにだし、私たちのことはすぐに忘れてしまう。お母さまには前よりやさしくなったからよかったけれど。
本当は会社の近くのマンションに家族みんなで住めたらいいのに。せめてお母さまだけでも、って心では思っていても、お母さまと離れるのはつらくて言い出せないのだった。
私たちは今年、お父さまを取り戻せたのだろうか。それは正直わからない。でも、よく目が合うようになった。去年、お父さまが言うには、私たちに怒られたからか、特に太ったとかやせたをとかをすごく気にかけてくれるようになった。
そうなってみると、うっとおしいという事がわかった。だって太ったなんて言われたい?でもお父さまは言われた事しかわからない。大人なのに。憧れの翔くんのお姉さんにそう言ったら、
「男の人なんてね、高校生でも、大学生でもそうなんだから。大人になったからってそう成長しないものよ。こうほめられたいってはっきり言うのよ、はっきり」
って言われた。翔くんのお母さんにも、
「うちの亭主だってそうなんだから」
と言われた。翔くんもそうなのかな。だから、小学5年生にはこういう話題がふさわしいというレポートを、茜ちゃんと相談してまとめてお父さまに提出した。
お父さまは変な顔をしていたけれど、つつしんで受け取ってくれた。成果はまだ出ていない。
でもね、私たちはともかく、お母さまはお父さまを取り戻せたのだと思う。静かなのは変わらないけれど、いつも優しい顔をしている。
あとはすみれおばさまに何か言われるとうつむくくせを直さなくちゃ。




