2年目の夏3
朝早く起きて、収穫のお手伝いをする。トマト、キュウリ、なす。インゲン、枝豆。トウモロコシは食べる直前に。朝ごはんを食べたら午前中いっぱい勉強。集中力のあるうちに。近くの子どもたちも来て一緒に勉強する。
その間お母さまは、やっぱり農作業の手伝いやお昼ご飯の手伝いをしている。
「ゆかりさんは、心が疲れているようだね。そんな時はな、体を動かすのがいい」
おばあさまがそう言って、お母さまになるべく体を動かす仕事を任せている。お母さまはかえって楽しそうだ。お昼を食べたらやっと遊びに行ける。道を下るとすぐ川だ。石を伝うと3歩で渡りきれる小さな川には、お魚がたくさんいる。
晴久おじさんが教えてくれる。まず小石を川にまく。そうすると魚が大きな石に張りつくから、石に沿って手をはわせると。いた。魚だ。手のひらで包み込むように魚をつかむと、ほら、釣竿がなくても、網がなくても魚がとれた!
川の石を積んで生け簀を作る。取った魚を泳がす。淵で泳ぎ、瀬を流れ、最後は生け簀の端を壊して魚を逃がす。帰ったころにはおやつを出してもらって、お母さまと食べる。疲れたらお昼寝して、時々お母さまにお茶を入れてもらう。川に飽きたら虫取りだ。
簡易のお茶道具を持ってきていたお母さまは、スグに評判になってお茶を習いに来るおばさまたちが途切れないほどだ。
「茶室がなくてもね、もてなしの心があれば、どこでもお茶室ですって、若先生が」
ちっ。奴め。まともな事を。お父さまからもすみれおばさまからも解き放たれたらお母さまは、少女のようで、明るい顔をしている。蒼と碧もいたけれど、毎日毎日3人で過ごす日々は、確実に3人の距離を縮めていった。
夜はお母さまを真ん中に川の字で眠った。交代でお母さまのお布団に入れてもらう。そうするとお母さまは、小さい声で歌を歌いながら、おふとんをとんとんしてくれる。
「ねんねよ、ねんね、かわいい茜」
「なあにその歌」
「小さい頃こうしてね、茜と紅と、とんとんって寝かしつけたものだわ」
そうなんだ、覚えてたらよかった。
「茜は人見知りがひどくて、お出かけするとその日はなかなか寝なくてね、紅はすぐに寝るのだけど」
能天気は昔からか。がくり。
「お母さま、私のこと、ちゃんと大事だった?」
茜ちゃんが小さい声で聞いた。
「もちろんよ。どうしてすみれが茜を選んだのかわからないけど、気の弱いところのある茜に厳しくするのがつらくてつらくて」
「それで諦めちゃったの」
「ごめんなさい、お母さま弱かったのね」
茜ちゃんはたぶん、すごく思い切ってこう言った。お布団に隠れながら。
「まだ間に合うよ」
「茜ちゃん……」
「茜の事、今から大事にしていいんだよ」
「ええ、ええ」
お母さまの声が詰まっている。ここは私も。
「紅もね?」
「もちろんよ。許してね、2人とも」
「しかたないから、許してあげる」
「紅ちゃんたら。私も。許してあげる」
「ありがとね、茜、紅」
よかったね、茜ちゃん。私たちは今年の夏、お母さまをやっと取り戻した。
そんな私たち3人の家族を、蒼と碧は少し遠くから、そして少しうらやましそうに見守ってくれていた。
お母さまと仲直りした私たちは、時には子どもたちだけで一緒に寝ることもあった。
「なあ、ゆかりおばさまって、いいよな」
「何が?お母さまはすてきだけど、いいって言われてもよくわかんない」
みんなで寝転がりながらおしゃべりをしていたら、碧がそう言うけど、私はピンと来なかった。お母さまはお母さまだ。
「ん、癒し系って言うか。同じ顔してても、うちのお母さまとは違う」
そうか、お母さまとおばさまも双子だから。でも……。私は素直にその通りとは言えなかった。茜ちゃんも難しい顔をしてこう言った。
「すみれおばさまね、小さい頃からそう言われてたんじゃないかな」
「お母さまが?」
「そう」
蒼も話に入ってきた。
「双子って比べられるじゃない。蒼と碧はどうなの?」
「うちは……正直なとこ、2人とも優秀だから、あんまり気になったことないな」
「ちぇ。これだから」
「紅、ちゃちゃ入れないで」
「はーい」
蒼はこうも言った。
「碧が突っ走るからさ、引き止め役で面倒とは思うけど、慎重な俺、活発な碧って組み合わせは悪くない。違うって言われても気にならない」
「俺は俺だ」
碧も言う。
「私もあまり気にならないけど」
私もそう。だって茜ちゃんは賢くて優しくて繊細。自慢の双子なのだ。
「紅ちゃんはいい子だからそう言うけど」
「茜ちゃん、気になるの?」
「うん。だって紅の方が癒し系だもん」
「は、コイツが?」
碧、うるさい。
「女の子は複雑なんだよ。碧がお母さまの事言ったみたいに、女の子は癒し系の方が大事にされるから」
「私大事にされてないよ?そもそも癒し系でもないし」
茜ちゃんはしょうがないなあって顔をした。
「紅ちゃんさ、私たち去年からお互いの学校行き来してるでしょ?紹介してくれって結構言われてるんだ。六年生からも」
「ええ?」
「まあな、見た目だけならゆるふわだもんな」
「蒼までそう言うの?」
知らなかった。でも興味ない。友だちもいっぱいいるし。
「紅ちゃんは私の自慢なんだけどさ、ちょっと悔しいこともあるんだ」
「ええ?」
「かわいいって言われたいって、これトラウマなのかなあ。私はしっかりしてるって言われても、かわいいって言われたことないから」
「茜ちゃん、かわいいよ?」
「そう言ってくれるの、紅ちゃんだけだもん」
「いや、かわいいぞ」
「かわいいぞ」
「いとこに言われてもね」
茜ちゃんはふう、ってため息をついた。
「茜ちゃんまさか、誰か好きな人が?」
「ナイナイ。そんな心の余裕なし」
だよね。
「お母さま、好意に無自覚だもんね。無自覚で好かれて、それを小さい頃から隣で見てきたら」
「いやになる、か」
「じゃあ、かわいくすればいいんじゃないのか」
蒼と碧がそう言った。
「できないよ、そういうの。素直になるって難しいし、かわいく装うって、嘘の自分だもん。紅ちゃん、口開いてるよ」
私はポカンと開いていた口を急いで閉じた。
「だからって、妹をいじめてもしょうがないと思うんだけど」
「お前、お母さまがゆかりおばさまをいじめてるって言うのか」
「うん。結婚もしたのに、まだ悔しいんじゃないのかな。私たちが見えないくらいに」
「おじさまがいても?」
「うん」
新展開だ。そんなふうに考えたことなかったから。
「うーん、これは要検討だな」
蒼が言った。要検討って。
「お父さまの受け売りだけどな」
照れくさそうに笑った。




