2年目の夏2
私は考えた。できれば私たちも遠くに行けないかな。夏休みの間だけでも。あいつからお母さまを引き離すんだ。
おばあさまは?
「茜ちゃん、お父さまの田舎はどうかな」
「いいと思う。でも、1ヶ月も行かせてくれるかな」
「それに私たち、夏期講習があるよ、茜ちゃん、どうしよう」
茜ちゃんはしばらく考えた。
「紅ちゃん以外は中学受験するわけでもないし」
「私もしないよ」
外部受験しないって私言ったよね。
「しっかり勉強するって誓って。もう中学校に入ったら、忙しくておばあさまの所には行けないからって言えば」
「お母さまを連れていく言い訳は?」
「今までの分を取り返したいのって言う」
「茜ちゃん、言える?」
「本当はね、意地を張ってたの。お母さまから近づくべきでしょ?私からなんか、行ってやらないって」
「茜ちゃん……」
簡単には、許せないよね。
「でも、そんなこと言ってたら、お母さまがさみしくて壊れちゃう、気がする。あんな、あんな、えーと」
「お茶の先生?」
「そう、えーと」
「ヘビみたいな?」
「それ!なんか気持ち悪い」
「ヘビはかわいいけど、そうね、なんか沼のような」
「それ!」
顔はキレイだったけれど。私たちにとってはどんな大人もかっこいいの範囲外だ。それなら翔君やハルトくんの方がずっとかっこいい。
「あんなやつに、近寄らせないんだから!」
茜ちゃん、去年の碧君の言ったこと、まだ許せてないんだね。よし、そうとなったらおじいさまとお父さまに相談だ!
本当は、お父さまにすみれおばさまを構わないでって言えたらいいのに。お母さまに優しくしてって。
それから私たちはおじいさまに相談して、お父さまの説得に当たってもらった。
「いいんじゃないか」
あっさり?おじいさまの説得意味なし?
「おふくろも喜ぶだろう」
「お父さま、行きたくないんじゃないの?」
「別に?来いと言われなかったから行かなかっただけだ」
一生懸命考えた私はガッカリした。こういう人だよ、お父さまは。自分のお母さんだよ、子どもや孫に会いたくない訳ない。ただ、婿に入った息子の肩身が狭くないように気を使ってたんだと思う。
「私も行くの?」
お母さまは戸惑っている。
「お茶のお手伝いを頼まれてるのだけれど……」
「お母さま、今までの分、今年は一緒にいてほしいの」
「茜……」
茜ちゃんのわがままにより、お母さまの説得完了!蒼と碧に自慢したら、おじさまにねだって蒼と碧もついてくることになった。そうしたら、恭一おじさまがおばあさまの所まで送ってくれるって。結局、お父さまとすみれおばさまより先に私たちが出発することになった。
お父さまに見送られるのは初めてだ。
「ゆかり、本当は私が連れて行きたかったが」
「晴信さん」
「涼しくていいところだから、ゆっくりしておいで」
「晴信さんも体に気をつけて」
「あらゆかり、私がいるから大丈夫よ」
出た。すみれおばさまだ。お母さまはうつむいた。こういうとこ、茜ちゃんとお母さまはそっくりだ。
「晴信、任せてくれ。無事に送るから。私たちだけ休みですまないな」
「あ、ああ、恭一、よろしく頼む」
恭一おじさまはお母さまの肩を抱き抱えるようにして、私たちも連れて新幹線に乗り込んだ。
振り返るとお父さまは複雑な表情をしていた。すみれおばさまは、気に入らないって顔をしていた。一応言っておくけど、子どももいるからね。
「おじさま?」
「あいつらも危機感を持てばいいのさ」
わざとか。そしてお母さまはやっぱり気づかない。さみしそうにしている。
蒼と碧は、去年夏から1年かけて、自分の父親をしっかり勝ち取っていた。
さあ、そんな大人はともかくとして、私はごそごそとカバンを探ると、ピカピカのトランプを取り出した。
「紅……」
あきれたように言わないで。蒼と碧の手には問題集があった。茜ちゃんは?あ、おやつ。あわてて隠しても見ちゃったもん。
「6月の学校の遠足でね、みんなでトランプして楽しかったから」
「ま、仕方ない、紅だしな」
「茜、隠したおやつを出すんだ」
そう来なくっちゃ。二人席を向かい合わせて。ババ抜きは大人席にも回して。あっという間に、鉄器が有名な終着駅に着いた。そこからバスで3時間。バス1台がやっとの山道を通ると、高い山にさえぎられて空がどんどんせまくなる。開けた場所につくと、そこがおばあさまのところ。農家が点在するこの町は、酪農とキノコが有名だ。
「これはまた」
おじさまは生粋の町育ちだ。蒼と碧もおもしろそうにキョロキョロしている。
あ、おばあさまが迎えに来てる!
「まあまあ、よういらしたな。にぎやかで楽しみだこと」
ああ、お父さまによく似ている。あ、こっちが晴久おじさまだ。
「ゆかりさん、久しぶり。晴信はちゃんとやってるかい」
「晴久さん、お久しぶりです。晴信さんはしっかり働いてくれています」
晴久おじさまはお父さまのお兄さまで、結婚しているけど子どもがいない。佐々というお父さまの実家は、次の代には分家筋が受け継ぐんだって。
「紅か茜をよこしてくれてもいいんだがな」
「それは……」
「冗談だ、ははは。恭一さんだったか、泊まっていくよな」
「いや、近くのホテルを借りようかと」
「ホテルなんかないしな、今日は酒を付き合ってくれよ」
「それならお世話になります、それからこれは蒼と碧です」
「「よろしくお願いします」」
「どちらか1人を……」
「……」
「すまん、ははは」
その日は大宴会で恭一さんは飲み潰されて。お母さまはちやほやされて。私たちはおやつを山ほどもらって。
そうして5年生の夏休みが始まったのだった。




