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校門前の彼女  作者: 平原みどり
第二章
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第一話

 宮原陽大は教室の廊下側、一番後ろの席で文庫本を読んでいた。焦点のあっていなさそうな半眼が、振り子のよう揺れ、本の内容を舐めてゆく。

 本を読んでいる彼は、Tシャツの上から半袖のシャツを羽織っており、ようやく季節感のある格好をしていた。相変わらず姿勢が悪く猫背であり、とても窮屈そうに映っている。

 今日もまた、いつものように、胡乱げに本を読んでいる彼の視界に、


「宮原くん」


 今日もまた、いつもとは違う風景が映る。

 彼の眼前に、小首を傾げ微笑んでいる少女の姿があった。校内で『天使』の異名を持つ偶像的存在、高橋恵子だった。

 まだ生徒の半数が残っている教室の中で、その特別な――普段はありえないであろう二人の接触に周囲がどよめく。ヒソヒソと、好奇と嫉妬を伴った密語がそこかしこで聞こえてくる。


「おい……高橋さんが、あの根暗に話しかけてんぞ」「あの話本当だったのかな? ほら、校門前の彼女と修羅場っちゃったとかってやつ」「はあぁ? なんだよそれ、なんでそんなことになってんのよ? 校門前の子と宮原だけでも不釣り合いなのに、なんで高橋さんまで」「でも高橋さんに限って、そんなことは絶対にないけどね」「そうよ、だって私達の恵子さんだもの」「でもさ、宮原くんってちょっといいよね。顔も悪くないし、何か翳があるところとかさ」「ああ見えて、実は宮原くんって相当な女たらしだったりして」


 教室の隅から、女子生徒の『きゃー!』という声が陽大の耳に入ってくる。

 半眼で教室中を見回し、鬱陶しそうに睥睨する。こめかみを軽く押さえ、


「質が悪いね」

「何のことかしら」

「分かっていてやっているだろう。昨日の仕返し、かな」

「何のこと、かしら」


 よく分からない、といった体で、小首を傾げたその小顔の頬に軽く手を当てる。そして彼女もまた教室中を――教室に残っている一人ひとりの顔を(つぶさ)に見つめていった。視線を合わせた生徒から、少しずつ教室の喧騒が収まっていく。そしてそのまま、彼らは気まずそうに教室から退出していった。


「どうしたのかしら、ね」

「……君は、怖い人だね」

「何のことかしら」


 嘯く恵子に諦念を感じたのか、陽大は一つ嘆息すると、目の前の席を促す。


「座れば」

「いいの? 読書の邪魔じゃない?」

「今更何を言ってる。それに、これはもう十回以上は読んでるしね。今もただ文字を目で追っていただけだ」

「ふぅん、そんなに面白い本なのかしら。随分古そうだけど、どなたの著書?」

「中村天風だよ。実業家……いや、思想家なのかな。東郷平八郎をはじめ、色んな著名人が彼に師事していたみたいだね」

「ああ、心身統一法を広めた方ね。知っているわ。でも、宮原くんが……なるほど、ね」「……それで、何の用なのかな」


 内心を見透かそうとするように瞳を覗き込んだ恵子に、背筋に冷たいものを感じて陽大は話を進める。恵子は手前の椅子を引き陽大に対し横向きにゆっくりと座った。


「謝罪」「昨日はごめんなさい。宮原くんに対して無神経過ぎました。本当にごめんなさい」


 頭を下げた彼女の、頭頂の天使の輪が煌めく。そのまま頭を下げ続ける彼女を前に、陽大は吐息を一つ。


「わかったよ。僕も、君たちにあんな態度をとって悪かったと思っている。両成敗だ。もう僕も昨日のことは気にしないし、君たちも気にしないでくれ。ただし、」

「ええ、分かっているわ。あなたの過去のことも、校門前の――彼女のことも、もう何も聞かない」


 言おうとしたことを遮って、逆に言い募った彼女のその言葉に、陽大は目を見張る。


「ただ……和美の、あの子の想いは否定しないであげて。無理にあなたの事情に首を突っ込むかもしれない、あなたにしつこく付き纏うかもしれない。それでも、ずっと断り続けてくれて構わない。批判はいいの。あの子の存在を無視することだけは、否定することだけはやめてあげてくれないかな」

「……それはストーキングされても、許してやれということかな」

「バカね」


 そう言ってクスクスと笑う恵子の笑顔をとても煌めいていた。

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