プレゼント
優美
「あ、そうだ。これ。誕生日おめでとう。まだだけどね。」
ちなみは背負っていたリュックから、小さく包装された袋をとりだした。私の誕生日をちなみが覚えているとは思わなくて少しならず驚いた。そういうことには無頓着な子なのだ。袋を開くと、ベルベットリボンのヘアアクセサリーが入っていた。ちなみのほうを見る。彼女は照れたように、そばかすの浮かんだ頬を少しだけ赤くしていた。
ちなみは中学からの友人だ。運動ができて、何事にも一生懸命で、そして素朴で自信に満ち溢れた、そんなまぶしいくらいの女の子だった。私がいつも下を向いてうじうじと人目を気にしている間に、彼女はたくさんの友人と、愛する恋人と、キラキラとした青春を送っていた。紫外線とか乾燥とか、そういうものをもろともせず、ただただまっすぐに生きていた。頬にそばかすを、手にはあかぎれをたずさえて。
「私からも。はい。」
ちなみの誕生日は私と1週間違いで、3日前だった。プレゼントはありきたりなハンドクリーム。ちなみは「え?こんないいもの、本当にいいの?」なんて眼を大きくしている。こんなに素直な反応、きっと男にモテるに違いない。
「今日何してたの?」レストランに入りあまり迷うことなく注文を決めたちなみは、何気なくそう私に聞いた。興味があるのかないのか、よくわからない瞳で。
「何って、朝は散歩に行って、シャワー浴びて、今ちなみとご飯に行ってるのよ。」
「朝活ってやつだな!いいねぇ、散歩。今日もさ、こんなにおしゃれなランチひっさびさだよ。優美は女子大生って感じだね。いいなぁ。」
ちなみの表情はころころ変わる。心が、そのまま顔に張り付いているかのように。
「私なんかさ、ちゃんと化粧もしてないしさ。これじゃ社会に出られんって話だよねぇ。優美、なんかいい化粧品とか教えてよ。」
無邪気なちなみの顔は、ファンデーションもなくそばかすだらけで、パーカーにスキニージーンズ、スニーカーといういで立ちだった。彼女は良くも悪くも昔から変わらない。中学のみずみずしさのまま、22歳になったのだ。私は、変わった。ぽっちゃり体系だったあの頃に比べ20キロ近く痩せた。顔はブランド物の化粧品で毎朝慎重に描き、ブランドの服や鞄で武装した。そうでもしなければ、人前に出ることすら恐ろしい。すっぴんなど、10年来の友人にも見せられない。そう、変わってしまった。
食事のあと、ちなみはとろんとした瞳でこう言った。
「私も優美みたいに女の子らしくなりたい。」と。
私だって、ちなみになりたい。綺麗でもないそばかすを隠すことなく、等身大で生きてみたい。その言葉を飲み込んで、ゆっくりと笑った。
ちなみ
「私からも。はい。」
そういって渡されたのは、私だって見たことのあるブランドのロゴが大きく入った小さな袋だった。可愛らしいデザインのハンドクリームは女の子の匂いがした。
優美はずっと女の子だった。髪の毛を伸ばし、日焼け止めを塗り、櫛や鏡をいつも持ち歩いていた。そして、好きな男の子のことを考えて、眠れぬ夜を過ごすのだ。私は彼女以上の“女の子”を知らない。
昔から優美に憧れていた。ハンカチ一つ、ポケットにしまっておけない、こんなずぼらな私が。甘いものが好きで、ピンク色が似合って、髪が長く、おとなしい彼女のようになりたいと思った。でも、ひらひらとした服や、化粧に挑戦してみてもなんだかこっぱずかしくて、結局はいつも通りになってしまう。優美を見ているだけで、私の中の乙女心が疼くのだ。
私が馬鹿みたいに男の子みたいに外を走り回っていたあの頃、優美は一人の男の子が好きだった。野球部で、短髪がさわやかで、優しくて静かな男の子だった。彼女は毎日のように、彼を目で追い、恋心をせっせと育て上げていた。「毎日夢に出てくるの」そんなことを言い始めたころ、優美の好きな少年は、私を校舎裏に呼び出して告白をした。
私は優美のことを考えると恐ろしくなって、その場所から逃げ出した。翌日、クラスみんながその話をしていて、優実はその日だけ私のそばにはやってこなかった。そして帰り際に、そっと囁いたのを私は聞いた。「ちなみのようになりたかった。」と。
そのあと変な空気を一掃したくて、ちょうど告白をしてくれた別の男の子と付き合った。好きなのかはよくわからなかったけど、優美の目から逃げたかったのだ。こんなことを繰り返して、私は22歳になってしまった。
このままではいけないと思う。だけど大人になる方法がわからない。優美は大人だ。ずっと前から。傷ついた心を奮い起こし、その度に強くなっていく。私はずっと変わらない。餓鬼なままいつかぽきっと折れるのだろう。
「私も優美みたいに女の子らしくなりたい。」そして、ぽきっと折れないしなやかな大人の女になりたい。優美は口をぎゅっと閉じて、ゆっくりと笑った。