バレンタインにバラの花を
エイガさん主催のバレンタイン企画参加作品です。
テーマは「バレンタイン」
久しぶりの短編です。
リハビリ兼ねてですが…どうぞ。
バレンタインに男性から女性に渡されるバラの花。
それにはこんな意味があるのを何人の人が知っているだろうか?
1本なら「あなただけ」
11本なら「お気に入り」
99本なら「永遠に」
100本なら「結婚してください」
だからバレンタインには、とっておきの花を一輪もらいたい。
これは私が密かに願っていること…。
◆ ◆
外資系の我社は、2月に入り社内がどぎついピンク色の雰囲気に染まっている。
上層部が社内恋愛など禁止しないので、あちらこちらで男性陣が女性を口説いている。
もちろん仕事はきちんとした上で、だけど。
見ていていいかげんうんざりする光景だった。
三十路手前の私にも声をかけてくる勇気ある男性が何人かいるけれど、きっぱりと断っている。
けんもほろろにバッサリと断るのに、懲りもせず誘ってくる。
彼らは心臓に毛でも生えているの?
肉食系を前面に押し出す男性には、嫌悪感しかないというのに。
そもそも日本のバレンタインは、女性から男性に気持ちを伝えるのが当たり前だけど、海外は逆で…。
男性が好きな女性に花を贈る、もしくは花とプレゼントを贈る、というのが当然らしい。
だからこそ必死にバレンタイン当日の予定を取り付けようと、口説いているのだろう。
ご苦労なことで…と呆れながら、今日の仕事を淡々と処理していく。
仕事を終え、ひとりアパートに帰る道すがら、今までのことをふと思い出す。
一番最初に付き合った彼には、二股をされた。
…本命は私じゃなかった。
次に付き合った彼には三股をされた。
…私は三番目だった。
そのまた次に付き合った人には、何人彼女がいたのかもわからない。
…しかも私は彼女ですらなかった。
…男を見る目がここまで無いと、呪われてるんじゃないかと真剣に悩んだ。
それから私は、恋愛をすることを諦めて仕事にひたすら打ち込んだ。
おかげで今の外資系企業に引き抜かれ、OL時代とは雲泥の差の収入を得ている。
男なんてもう信じない、仕事があれば生きていける。
……でも、もう一度だけ誰かを信じてみたい、そう願う自分もいることに思わず苦笑した。
◆ ◆
もう一度男性を信じてみてもいいかもと思うのは、久しぶりに好きな人ができたから…。
でも、自分より3つ年下の彼に告白する勇気もなく、気の合う同僚のままで居たい気もする。
彼とは同じ転職組で、席も隣で自然と仲良くなった。
今までの彼氏?達とは比べるのも失礼なくらい性格も温厚で、紳士で誠実な人。
彼ならきっと恋人を大切にするだろう、…それが私じゃなくても。
「須藤さん、今日は定時に上がれる?」
「そうね、今日は定時に上がれそう」
「じゃあ、いつものところでごはん食べよう」
「オッケー、じゃあ裏口で待ってる」
彼とはこうしてよく食事に行く。
好意を持たれてるのかどうかは微妙だけど、まあ…嫌われてはいないと思う。
うぬぼれでないと感じるのは、彼は基本的に私以外の女性社員とはつるまないから。
どうやら彼も私と同じで、グイグイ押してくる女性は苦手でいつも断るのに苦労している。
そう、彼は非常にモテる。
ミステリアスと評判の切れ長の目元、短く品良くカットした黒髪、イケメンというわけではないけれど、なぜかモテる不思議な人。それが私の好きな人、佐竹雪弥…。
英語・ドイツ語・フランス語…と語学に堪能なのもモテる一因。
自国の言葉で話せるというのは、異国で働く女性にとって非常に嬉しいからだろう。
私が彼と食事の約束をしたのを聞いたのか、周りの女性陣からの視線が痛い。
殺意すら籠っているような…、きっと来週のバレンタインは彼の争奪戦だろうなーと、この時は他人ごとのように思っていた。
◆ ◆
「お疲れ様ー」
「お疲れー」
カチンとビールのジョッキを合わせる。
「マジで疲れたよ。今月に入ってからの女性陣のアタック、怖すぎる…」
青ざめかなり疲れた表情で、ぐいぐいビールを飲む彼。
私と二人きりの時は、少し乱暴な感じに口調も変わる。
こんな些細なことも嬉しい。
「本当、すごいよね。見ててドン引きー」
あはは、と笑いつつ自分も彼女たちのようにアピールできたらどんなに幸せだろう…。
「おい、笑い事じゃないって。マジであいつら野獣…いや、女豹? 俺はあんなのと付き合う気はない。奥ゆかしさとかさ、探しても絶対ないよな」
彼女たちがここにいたら卒倒しそうなことを平気で言う彼、酔うと口が悪くなるのもいつものこと。
なるほど…しつこいアピールは好みじゃないと、心のメモ帳に刻みつつ早いピッチでビールを飲む。
「はー、しかし参った。須藤はどうやってあいつら断ってんの?」
「ん? 就業中なのに仕事しない人に用はないし、そんでもってこの忙しい時期にプライベートな話を持ち込む人は大嫌いって言う」
そういうとみんなカチンと固まり、そそくさと逃げる。そして仕事の用事以外では決して近づかない。
まさに一石二鳥。それを得意げに話すと、彼はため息を付いた。
「うわー、それはきっついな。俺も好きな人にそんなこと言われたら凹む。あいつらプライドだけは無駄に高いから、夜道は気をつけたほうがいいんじゃないか?」
「その言葉、そっくりお返しするわ」
「ま、違いない!」
したたかに酔っているので、笑いながらお互い会社での愚痴をぶちまけ合う。
意外にも日本人の社員は少ないので、社内は基本的に英語が共通言語。
ストレスが地味に溜まるので、こうしてたまに息抜きをしないとあの会社ではやっていけない。
そして、この時の私は酔っていてガードがかなり下がっていたのか、これまでの恋愛の悲惨な歴史をペラペラと話して、誰にも話していないバラの願いごとまで話していた。
でもお互いこれだけ酔ってるし、きっと覚えてないよねと暢気に考えていた。
パッと見紳士な彼が、実は獰猛な肉食男子だったと知るまで後数日…。
◆ ◆
そして、2月14日。
今年のバレンタインはあいにくの平日で、しかも現在はかなり忙しくそれどころじゃないのが社会人の現状。
この会社には義理チョコを贈る習慣はなく、他の会社のようにあげたくもない義理チョコをあげなくていい。
それだけでも随分と気は楽だった。
仕事をサクサクこなしていく。
渡せないと思いつつ、昨日チョコを買ってしまったのは仕方ない。
でも女性社員がアタックし続けた彼は朝からずっと出ていて、そのまま退社予定とわざわざデスクに三カ国語で書いてある。
どうやら女性社員のアピールに嫌気が差して、強硬手段にでたみたい。
実際、この日を逃げ切れればとりえずはあからさまなアピールは消えるのだから。
これもまた外資系の習慣と聞けば、納得するしかない。
となりに彼がいないのを寂しくそんなことを考えていたら、昼休みに彼から携帯にメールが届いた。
”今日19時OO駅で待つ。忙しいのはわかってるが、遅れてもいい。絶対に来てくれ”
一瞬、息が止まるかと思った。
私を誘ってるのか…と考えたけど、これはただの飲みの誘いだろうと思い直した。
彼は日本人、バレンタインはチョコをもらいたいと思うに違いない。
せっかくだからこのチョコを本人に渡そう、気持ちは隠して…。
そのあとの私は、怒涛のごとく仕事をこなし残業確実だったのをきっちり定時で仕上げ、まわりから拍手が来るほどだった。
急いで指定の駅に向かう。途中、デパートにより、化粧室で仕事中は結い上げている髪を下ろし、化粧も濃くならない程度にやり直し、鏡に向かい気合を入れる。
彼が指定した駅は会社から少し離れているが、余裕で間に合う。
待つのもデートの待ち合わせのようで、心が浮き立つ。
駅で待つこと30分、夕方6時半を過ぎたころ走ってきたのか息を切らせた彼がやってきた。
「は、早かったんだな。俺が遅れたかと焦った」
「走らなくても良かったのに、はいハンカチ。冬なのにすごい汗だよ」
「お、サンキュー」
ハンカチで汗を拭きながら「くそっ、予定が狂った。いや、これから挽回するしか…」となにやらブツブツ聞こえるけど聞かなかったフリをする。単に負けず嫌いなんだろう、とクスクス笑っていた。
「よし、ちょっと早いけど大丈夫だろうし、ディナーに行こうか。いいところ予約したんだ」
「え? いつもの居酒屋じゃないの?」
「マジか…、天然なのかよ…。くそっ、いいからこっち!」
いきなり腕を掴まれ、少し苛立ち気味の彼にグイグイ引っ張られて行った。
「あのさ、ひょっとしてなんだけど…バレンタインのお誘いだったりする…? うちの会社の男性陣のような…」
「そうだって言ったら? 嫌ならここで帰ってもいい。いつもの飲み会だと思ってたみたいだし」
顔は俯いていて彼の表情が見えない、でも耳から首まで真っ赤になってるのは見間違いじゃない。
これはもしかして、もしかするのだろうか!
「ううん、行く、行きます、いや、行かせてください!」
「ぶっ、なんだその3段活用。おっと、もう店の前だった。ほら、すごいだろ?」
彼が視線を店に移したので、私も視線を移した。
こじんまりとした可愛らしい洋風なお店だけど、すごいのはバラ!
店の中に見たこともないバラがたくさん飾れていて、外からもよく見えるようにライトアップもされている。
思わず見とれていると、中から店長らしき人が出てきた。
「やあ、いらっしゃい。彼女が雪弥のいい人?」
「そうだよ、早く着いたけどいいよな?」
「大丈夫、今日は貸切にしといた。では、こちらにどうぞ」
二人は友人なのか親しく話していて、私は蚊帳の外。
その間、バラをぼんやりと見ていた。これは夢じゃなかろうかと。
気がついたら、いつの間にか店内の一番いい席に案内されていた。
どんだけ意識を飛ばしていたのか…。
「これ、須藤に…、いや、須藤蓮香さんに。受け取ってください」
スッと彼から差し出されたのは、赤いバラが一本入った装丁の美しいケース。
「こ、これって…」
「この前、話してただろ? バレンタインにバラを一本もらいたいって」
「確かに話したけど、酔ってたしそのあとも普通にしてたから覚えてないと思ってた」
いや、まあそうなんだけどさ…と深呼吸した彼はこう告げた。
「俺は初めて会ったときから、ずっと蓮香さんが好きです。」
「嘘…、本当に?」
「ここで嘘をついてどうすんだよ! 俺はこのままの気の合う同僚じゃ嫌だ。須藤、すげーモテるし。知ってるか? 会社で難攻不落のクールビューティって言われてるの。」
彼は自分の手をグッと握りしめて、私を見つめている。
「ありがとう、私も雪弥くんが好き。そばにいたい…でも、怖いの……」
とうとう涙腺が崩壊してしまい、涙が溢れる。
「あのな…過去の男と、俺を一緒にするな。俺は須藤だけだ。もう一度信じたいと言ったのは須藤だろ、だから俺も告白しようと思ったんだ。俺のこと好きだろうって薄々気づいてたし」
ずっと須藤のそばにいて、近寄る害虫を退治してたの知らないだろ?それでも取りこぼしがあって須藤に近づく奴もいたけどさ…と、ため息を付く彼。
確かに一時期よりはグンと私に言い寄る男性が減ったのは事実で…それを彼がしていたとは知らなかった。
もう一度信じてもいいんだろうか…。
邪険にされてきた辛い過去がどうしても甦る。
好きだけど、でもどうしようとぐらぐらと揺れていると、会話に突然店長さんが入ってきた。
「お嬢さん、彼を信じて上げて欲しい。この店内のバラは全部キミのために彼が用意したんだ。そして、この紅色のバラ…花言葉を知っているかい?」
「このバラの花言葉?」
普通の赤にしか見えないけど、何か違うの?
ニヤニヤしながらこのバラの花言葉を言おうとした店長さんの足を彼が踏んだのか、悲鳴が響き渡る。
「てめえ、それは俺のセリフだ! 早く料理を持ってきやがれ」
温厚な彼はどこにいったのか、獰猛な雰囲気が漂う彼にビビる私。
「あー、すまん。こっちが地なんだ。いつもはかなり猫被ってるから。驚いたか?」
「ううん、少しびっくりしただけ。それで、このバラの花言葉は?」
「紅色のバラ の花言葉は、”あなたに死ぬほど恋焦がれています”っていう意味…」
恥ずかしさで死ねると顔を真っ赤にする彼を見て、私のガチガチに凍っていた心が溶けていく。
この手を取ってもいいのかな。
彼がこれだけの気持ちを示してくれたのに、何を逃げ腰になっているのか。
「ありがとう、バラ…受け取るね。本当に嬉しい…。そうだ! 私も渡そうと思って…はい、ビターチョコ。甘いの好きじゃないって前に聞いたから」
「よっしゃ! じゃあ、これからは恋人だな。当然呼び捨てにしていいよな? それと…」
これからの私たちについて、ものすごい勢いでテキパキと決めていく彼。
紳士で誠実なのは私から嫌われないために無理をしていたとか、私を手に入れたからこれからは偽らずに素の性格で行くとか…。
とにかく今までとはずいぶん雰囲気の違う彼に驚きっぱなしだけど、こんな彼も悪くないなと自然に笑顔になる。
それを見た彼が、笑うのは俺と二人きりの時だけにしてくれとか騒ぎ立て、そばにいて給仕をしていた店長さんの目を塞ごうと取っ組み合いになったり、とにかく賑やかで楽しいひと時だった。
そのあとどうなったかはご想像にお任せするとして…。
Happy Valentine!
登場人物
※須藤 蓮香29歳
ロクな恋愛をしなかったせいで、仕事に生きる。
容姿は和風な美人さん。本人は、容姿に無頓着で会社では長い髪をきつく結ぶ。
雪弥への好意に気づいて日が浅い。このままの関係がいいと思ったり思わなかったり。
バラの花が好き。
※佐竹 雪弥26歳
同じ会社勤務の同時期転職組。日本人スタッフが少ない中、蓮香を野獣たちから守る。
語学が堪能。蓮香がバラが欲しいと知った日から、ひたすらバラを買い集める。肝心のバレンタインの約束を取り付けるのを忘れていたうっかりさん。蓮香の前だとなぜかヘタレる。それが蓮香には好意的に映っている不思議。