三話
プロット的にはようやく一章の始まりに当たる部分です。
書き直すに当たりいろいろ悩み遅れてしまいましたが、少しづつ投稿速度を戻していければなと思っています。
生まれて半年でハイハイ、その数日後につかまり立ちをし、一年経つ頃には立って歩き回っていた。
二年目に入ると今まで不明瞭だった言葉が、徐々に意味を持ったものに変わってきた。
ただ、最初に読んだ名前が私たち夫婦のものではなく「ど、どりょしゅー」だったのが泣けてくるところだ…。
言葉をしゃべるようになったあとは、二人して絵本を読みあさるようになった。
ハイハイ競争、壁を使ったつかまり立ちレース、そして鬼ごっこ。
二人して同時に「ど、どりょしゅー」と叫ぶ子供達。
まるで競い合うように絵本を読破し、寝室に絵本で塔を築き、それを片付けなくてはならないドロシーを涙目にした双子―――。
ドコン!バキッ、メキョ。
折れる木々、燃える草花…。競うように走り合う愛らしい双子…。
ふむ、今日も我が子達は元気なようだ…。
どこか遠くを見つめるような瞳で虚空を眺めていた蒼い髪の男性が、はっと現実に戻される。
なかなか整った顔立ちを苦悩に歪めたあと、彼は「愛しき我が子の観察日記」と題名が付けられた厚めの日記帳を閉じて軽くため息をつきながら、壁際の窓から外を見下ろした。
根元から折れ曲がった木々、春の季節には綺麗な花を咲かせていた小さな花畑は炭化して灰色に染まっている。
その光景を生み出した二人が駆け回る姿を見つけ、彼はもう一度ため息をついた。
「どこで、育て方を間違えたかな…」
心の底から言葉を絞り出してから、彼は窓辺から離れ癒しの魔法の準備を始める。
そして数時間後、疲れきって寝てしまった子供たちを抱えながら、環境破壊並みに蹂躙された庭を癒していく彼の姿が、子供たちを探しにきた幼い銀糸の少女によって目撃された。
その顔は、疲れた色を浮かべながらも、その手に抱いた二人の子供に対する確かな愛情を感じさせる表情を浮かべていたという―――。
朱色の光弾がわずかに開いた俺の体を掠めていく。
一発二発三発。
胸を開くようにして一発目を回避、直後に二発目が頭部を狙って飛んできた。
そして、頭部を狙う先ほどより大きめの光弾のすぐ下を、地を這うようにもう一発足元を狙った三発目のやや小さめの光弾が飛翔している。
同時に来ているのであれば、横に体を移動してしまえば躱すことは可能だろう。だが、少し時間差をつけて放たれた小さめの光弾。これには多分威力を削った分追尾性能が込められている。
頭部を狙う光弾を交わせば足元の光弾が、かと言って足元のみ躱しても頭部の光弾が当たってしまう。
ならばと、追尾覚悟で俺は全身を右横に投げ出した。
まだまだまともに発達すらしていない幼い体で無理やり受身を取りながら、すぐさま起き上がり身構えた俺の横をまっすぐ二つの光弾が通り過ぎていく。
そのまま、愚直にまっすぐ飛翔し続ける光弾をやや呆然と見送った俺の背中に…。一発目の光弾がぶち当たり俺は吹っ飛んだ。三発目と同じくらいの大きさで放たれていた一発目の光弾が綺麗な弧を描きながら反転してきて俺の背後から襲ってきたらしい…。
「クソッ!三発目がフェイクで一発目が本命か!」
「まだまだ、読みが甘いですわねお兄様。
ここが戦場でしたら、貴方は既に死んでいましてよ」
ゴホゴホと肺の中に溜まった空気を吐き出しながら這いつくばったままむせている俺の背中に。
長く艷やかな黒色に金のメッシュが入った綺麗な髪を風にたなびかせた、金と魔色のオッドアイを優しげな笑の形に細めた少女の声が降ってくる。
俺を追尾することなく草花に着弾した三発目の光弾によって引き起こされた炎を軽く手で払いながら、あくまでも優雅さを崩すことなく、ゆっくりと歩いてくる少女を俺は悔しげに睨みつけた。
ひと房入った黒髪と絹のような白髪を泥で汚しながら、それでも損なわない美しさ…。
多少身内贔屓が入っているのは認めるが、それでも目の前で倒れながら私と同じ金と魔色のオッドアイを
怒りの色に染めた男の子は、とても綺麗なものにみえた。
怒ったように瞳、倒れふした屈辱的な体勢ながらも戦意を失っていないのを表すように、握りこまれた彼の拳はふるふると震えている。
なんというか…、とても背筋がゾクゾクといたしますわね。
見方を変えれば妖艶とも取られかねない微笑みを浮かべて、私は倒れている兄の背中を優しく叩いた。
「一撃当てたほうが勝ち、が勝利条件でしたわね…。私が勝ちでよろしいですか?」
「…ま、まだ。まだぁぁぁぁぁ!」
ゆらりとうつ伏せの兄の背中に何か黒いものが立ち上がったような気がした。
ゾクッとする感覚。背筋に走る確かな悪寒に逆らうことなく、私は倒れているお兄様のそばから飛びさる。
前世に持ち得た圧倒的な力も強大な魔力も今の私には存在しない。
それでも、魂に刻まれた朧げな記憶が、数え切れないほど刻まれた魂の年輪が私に確かな死の予感を教えてくれた。
目の前にうつ伏せに倒れている兄から放出される殺気、そこから逃れるように、私は見た目通り年相応の身体能力しかない自らの幼い体を投げ出すようにして、燃え尽きた小さな花畑から隣接する林の中に飛び込んだ。
キュボン。
私が飛んだ背後で何かがはじけ飛ぶ音する、転がった体制のまま先程までいた位置を見ると私の背立っていたはずの背後の木が一本中心から弾け飛んでいた。
「ち、ちょっとお兄様!その攻撃はいくらなんでも反則ですわよ!」
叫びながら抗議の視線を、先程から変わらぬ場所に立ち尽くす兄に向けると、少し拗ねたような顔をした兄が第二射目を投擲しようとして手を振り上げている所だった。
「ち、ちょっと!」
慌てて自らの体を隣の木の根元に向けて飛び込ませる。低めに狙ったのか、根元に向かって飛び込んだ私の真下を高速で何かが通り過ぎ、進行方向にあった木の根元を撃ち抜いた。
穴があいた根元とともに散らばる砕けた破片。それは、まだ幼い少年の手に丁度収まるサイズの、どう考えても樹木をへし折ることができるはずもない小さな石が砕けた姿だった。
「まいりましたわ…。
流石にそれを使われてしまっては、今の私に対抗する術はあるませんもの…」
両手を上げて参りましたのポーズを取りながら、私はゆっくりと隠れていた木の陰から姿を出した。
まだ不安定ではあるが、それでもこうして片鱗を見せ始める兄の力に羨ましさと少しばかりの悔しさをにじませながら、その体制のまま私は兄に笑いかけた。
「そろそろ今日はおしまいにしませんか?
お父様もそろそろ止めに来る頃でしょうし…、お母様も心配して見に来る頃です」
「そうか…。そうだね、今日はこの辺にしておこうか」
振り上げていた手を下ろして、握っていた小石を放す。少しすっきりしたのかようやく笑を浮かべて、兄は体に纏っていた殺気を消した。
先程とは別人のように年相応の子供に戻る…。そこには、別人と称してもいいくらい存在感がガラリと変わった幼い少年が立っていた。
「本当…。別人みたいですわね」
「…ん?どうかした」
兄本人は自分の変貌に気がついていないのか、私のつぶやきに不思議そうに首をかしげたのだった。
その後いそいそと庭の修繕を始める父を見ないようにしながら、庭にお茶の用意を始めたドロシーを手伝い母が出てくるのを待った。
屋敷の正面庭園に仕付けられた丸太のテーブルに、白いテーブルクロスを三人がかりでかぶせ。
ドロシーが作り皿に盛られた少し不格好なクッキーを並べたりしながらわいわいと過ごしていると、少し慌てたように母親が屋敷の扉を開けて飛び出してきた。
「クレア!サクラ!どこにっ……!
……あら、お茶の準備をしてくれていたの、偉いわね二人共」
叫びながら屋敷を飛び出すも、目の前でちょこちょこと動き回っている俺たちを見てほっとしたのか、普段通りの優しい微笑みを浮かべて母が歩き出した。
「心配したじゃない、二人共。
皆でお昼寝している間に居なくなってしまっうなんて、一声かけてくれてもいいじゃないの」
そのままかがみ込み俺たちを抱きしめてくれる母。その温もりを感じながら俺たちはこっそりと目を合わせため息をついた。
(―実は三度くらい起こそうとしたのですよ、母上様…)
普段は淑女風の優しげな母は、実はすこぶる寝起きが悪かった。寝相は良いため一緒にお昼寝する分には何ら問題無いのだが。
元々父と同じ冒険者であったためか、眠れるときに寝るといった習慣が彼女には染み付いているらしい。
そのため、家など彼女が安全地帯だと認識した場所で眠るとき彼女は貪るように睡眠を欲するらしい。
しかし、たとえ眠っていても冒険者としての彼女には無意識に戦闘の習慣が染み付いている、それこそ不用意に起こそうとすれば眠ったまま殴り飛ばしてくるほど彼女の寝起きは悪いのだ。
一度殴り飛ばされて壁にぶつかり意識を失った後、介抱してくれた父からそう聞かされたときはつくづく思ったものだ。
(きっと、母上様は家どころか戦場でも同じような爆睡していたのだろう、絶対に!)
それかは、母を起こそうとする行為は約三メートルほど離れた位置から呼びかけるだけに止め、寝ていることをこれ幸いと外に遊びに行くのが俺たちの日課になってた。
「母上様、ちゃんと声をかけてから出ましたし遠くにも行っていません。
それにお父様が見守ってくれていますから大丈夫ですよ」
母の心配を素直に受け取ったのか、嬉しそうな顔を浮かべながら隣で抱きしめられている妹が、抱きつきながら安心させるための言葉を返した。
俺も母を安心させるために妹と同じように母に抱きついた。
あらあら二人共まだまだ甘えん坊さんね~。と、とぼけた台詞を頭の上でこぼしながら、母はそのまま俺たちを抱き上げてお茶の準備を終えたテーブルについたのだった。
その後、ようやく裏庭の修繕を終えた父も合流しお茶会が始まる、少し不格好なドロシーのクッキーをおかずに、ドロシーの母であるマリアが入れた美味しいお茶を飲む。
暖かい日差しの中皆の笑顔が差し込んでくる日差しよりも強く暖かく感じられる。
雪がすっかり溶け、木漏れ日が暖かくなって来た春の一日。
友と出会い力を考え今を学ぶ、そんな慌ただしい春の始まりを告げる日だった。
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