一話
まどろみの中、優しく抱きかかえられ体にこびり付いたモノを拭われていく感覚。
丁寧に拭われたあと、俺の体は父親らしき蒼髪の男性に抱え上げられた。
まだ光に慣れていない視力はうまく像を結ばず、薄っらと開けた視界の向こうでは金髪の母親らしき女性が慈しみの表情を浮かべて小さな影を抱き上げているのが見える。
その光景を凝視しているとだんだんと視界がなれてきて、女性の姿と彼女に抱かれた幼い少女の姿が目に入ってきた。
俺と一緒に生まれたであろう少女、妹だ。これから俺が慈しむべき存在であり、いつか別れることにないであろう少女。彼女がいれば俺が消えても、今俺たちを優しく抱きしめる両親は辛い思いをしなくても済むのでは無いだろうか。
綺麗な金髪の母親に似て、生まれたばかりでありながらもとても可愛らしい顔立ちの妹。
色違いの左右の瞳は金色の煌きと深い魔色の色を湛えたオッドアイ、光の反射を受けてプリズムのように何色もの色合いを見せる不思議な黒髪は、生まれたばかり赤子の筈なのにとても艷やかな色合い持って存在を主張している。
よく見ると彼女の前髪は一房だけ存在を主張するように金色の輝をもっていた。
不可思議に輝く黒色と一房の金糸の髪色はすべての属性に愛されたものの証だろう。
金と黒色のオッドアイを凝視すると確かな知性の色が宿っいるのが目に取れた。
そこに現れた意思は喜色。まるで恋焦がれた者に出会えたようなキラキラとした彼女の瞳はどこか懐かしいモノを感じさせて…。
(あれ…??)
魔力との親和性が高いとても純粋な魂の形、記憶にはないがまるで覚えておくべき記録に残っているかのようなそんな感覚。
そして、こちらを見た少女と目が合い俺は理解する。
たとえ、何万回世界を渡ろうとも忘れることはない存在感を俺の中に刻み込んだ存在。
殺し殺され、何よりも誰よりも熱く冷たく通じ合った関係…。
間違いない、彼女は…。
「まおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
これが俺の産声だった…。
新たな生を受た祝福の声は、誰にも気づかれることない悲鳴として響き渡ったんだ…―――。
※ ※ ※
水が流れるような感覚。十月ほどの時を過ごした暖かい小部屋に終わりの時が告げられる。
隣で私と同じように丸まっていた彼はもう姿を消していた。
(残念…、私が先に生まれたら姉貴風を吹かせてやろうと考えていましたのに…)
まともに光を見たことがない瞳と目尻を笑の形に変えて私は笑う。
まだ呼吸もしたこともない口元も確かな笑の形に変わっていたのは気のせいではないだろう。
そして、その時は来た。
引き込まれるような感覚ともに、私は暖かい愛情の小部屋に別れを告げて部屋を出た。
その先に合ったのは光、笑顔。
くずるように産声を上げない私を心配してか、少し疲れたような表情をした母らしき人が私を優しく抱き上げてくれた。
既に母との物理的なつながりは切られ、体に付いていた血もきれいに拭われていた。
不安げに私を見つめる母に抱かれながら、私はゆっくりと先に生まれたはずの兄を探した。
だんだんと像を結んでいく視界の中、蒼髪の男性と彼の腕に抱かれた赤子の姿が目に入る。
綺麗な金色だったはずの髪色は、何者にも染まらぬ絹のような白髪に変わり、一房だけ自己主張するように黒のメッシュが入っていた。
顔立ちは生まれたばかりのはずなのに、将来を心配になりそうなほど可愛らしい。
そして、両の瞳は金と淡い魔色の色を浮かべたオッドアイ。そこには、見るもの全てを惑わす蠱惑的な色が宿っていた。
何やらキョロキョロと周りを見回していいる。その動きは確かな知性を感じられるもので、どう考えても生まれたばかりの赤子のものではない。
その視線は私を探していたのか、しばらくさまよったあと母親に抱かれたままの私と視線がぶつかった。
そして、戸惑ったような色をその瞳に感じ思わず私は笑ってしまう。
(間違いない、彼は兄様だ…)
髪の色は変わっても、瞳の色が変わっても。私の顔を見て固まる彼はどこか懐かしい忘却の彼方にある記憶と同じもの。
そのことを嬉しく思いながら私は声を上げる。
幼いこの体では決して伝わることはないだろう万感の思いを載せて…。
「おにゅやぁぁぁちゃまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
私はこの世界で、産声を上げた…―――。
※ ※ ※
「あらあら、あんな大きな声を出したからかしら?
二人共ぐっすり寝てしまったわ…」
「ああ、元気があるのはいいことだ…。逆に私はなかなか泣いてくれなくて心配だったくらいだよ」
少し疲れた表情を浮かべながらも生まれたばかりの二つの命を抱きしめながら、金の髪を持つ女性が優しく微笑んだ。
その横では、彼女が横たわるベットに腰掛けた蒼髪の男性が同じように双子を眺めながら優しく笑っている。
彼女の両手に収まった双子、まるで鏡を見ているかのような対の顔立ち。
生まれたばかりのはずなのに、その顔立ちに自分達二人の面影があるかと言われれば少し自信が失われてしまいそうなほど、手の中の二つの存在は暖かく可愛らしかった。
「それであなた、この子達の名前は決まったかしら?」
少しでも彼女の負担を減らせるようにと現在部屋にいるのは親子四人だけである。
とても優しい空間の中手の中で嬉しそうに眠る女の子と、どこか苦悶の表情を浮かべているようにも見える男の子。
起こさないように優しく揺すりながら、女性が顔を上げて男性に尋ねる。
「ああ、決まった」
女性に悪戯気を含んだ笑を浮かべながら男性が答える。
「男の子はクレハ、絹のような白い髪から、何者にも染まらぬ光の英雄の名前を
女の子はサクラ、七色に輝く不思議な黒髪から、魔を統べる孤高の女王の名前を付けようと思う!」
どうだと言わんばかりに胸を張って、男性がおとぎ話の英雄と王の名前を口に出す。
「あらあら…、この子達には普通に生きて欲しいのだけど…。
まあ、貴方してはいい名前ね」
女性も少しばかり苦笑を浮かべながら、口の中で転がすように今名付けられた二つの名前を呟いた。
「クレハ…サクラ…。何故かしら、この子達にとてもしっくり来る気がするわね」
もう一度名前を呼びながら二人の頭を代わる代わる撫でる。
「クレハ…、サクラ。
……………、あら、今笑ったわこの子達」
手の中で安らかな寝息を立てる二つの命が呼びかけとともに微かに笑った気がして、隣に座る夫と目線を合わせてから彼らもつられる様にとても優しい笑を浮かべたのだった。