六話
長らくお待たせいたしました。
少々スランプというなの気の迷いに嵌っておりました。
これからは、できれば二日に一話位の頻度で更新していければな…と思っております。
とくん・とくん・とくん……。
規則的に響く暖かい鼓動、生命の息吹を感じられる子守唄を聞きながら俺は静かな眠りについていた。
感じることができるのは、海のように暖かく優しい温もりと、生きている証ともいえる優しい音をこの狭い部屋に規則的に響かせるもうひとつの気配。
まだ光さえ知らない今の俺の瞳では、それが男の子なのか女の子なのかを感じ取ることはできないが、傍に居るだけでどこか安心感を俺に与えてくれるその存在が、今の俺にはとても嬉しかった。
微睡みを続けているこの体ではあるが、意識は既に備わっているし、俺自身がどのような存在であるも解っている。
確かな前世の記憶があるわけではない。それでも既に言語を理解できるだけの知識と、自らがどのような存在であるか理解できる知性。そして、それを受け止めることができる程度に壊れた理性と常識感が備わっていることに俺は気がついていたからだ。
それを踏まえた上で、まだ彼か彼女かはわからないが。もう一つの分身ともいえる存在が共に生まれてくるのはとても嬉しいことだった。
なぜなら、記憶は無くても俺の中に残る知識が物語っているからだ。
いつか、俺は世界に必要とされ戦いに身を投じなくてはない。生きるか死ぬかもわからぬ戦いに身を投じなくてはならないのだ。
そうなればきっと俺を産んでくれるだろうこの母体の主は悲しむだろう。10ヶ月ちょいの付き合いではあるがそれがその予感が外れることは無いだろうと俺は思っている。
なぜなら、たった一つ俺と彼女をつなぐ道から流れてくるのは彼女の愛情だった。
ただでさえ三人分の栄養を取らなくてはいけないため、双子は少し小さめに生まれてくることが多いのに彼女からは俺が丸々と成長するのに十分すぎるほどの栄養が運ばれてきたのだ。
最初は俺も焦ったものだ、もしかしたら俺はこの部屋に眠るもう一人の存在の分の栄養まで取り去ってしまっているのではないかと。
しかし、薄ぼんやりと浮かぶその影は俺と同じように順調に成長しているようだった。
理由はそれだけではない、毎晩部屋の外から聞こえてくる彼女の優しげな声は、長い年月を生き疲れきった俺の魂を無垢なる白さに戻してしまいそうなほど情に溢れていた。
だからこそ、隣で寝ているもうひとつの存在がとても喜ばしいものだった。きっと俺が旅立ってしまった後もこの子がいれば親達は悲しむことはあっても寂しい思いはしなくて済むだろう、そんな気がしたからだ。
「うまれ……たら……、な…えは……しよう…」
壁の向こうから聞こえてくる楽しげな声が、俺の新たな生を短い間かもしれないがきっと楽しきものにしてくれる。そんな確かな予感をまだ小さな胸に抱きながら俺は今日も眠りにつく。
まだ少し、もう少し…この暖かい微睡みを味わっていたかったから。
そんな俺の気分を知ってか知らずか、隣で眠るもう一人の分身が微かに笑ったような、そんな気配がした―――。
「う、うぅぅぅっっっ!」
身を裂くような陣の痛みに顔をしかめながら、それでもこの痛みをはるかに大きな希望に変えるかのようなそんな笑顔を浮かべた金髪の女性がベットに横たわっていた。
その横では、蒼髪に緊張のためかしっとりと汗で湿らせた男性が彼女の手を優しく握って励ましの声をかけ続けている。
産みの苦しみという名の優しい戦いが終わったのはそれから一時間後。
体についた血を拭われた二つの小さな命をそっと抱え上げる蒼髪の男性。出産を手伝った医師の男性やようやく痛みから解放された金髪の女性、彼女に癒しの光をかける為に魔性の祝詞を紡いでいた蒼髪の女性も、皆が皆不安げな表情で二つの命を見守っていた。
彼らが固唾を呑んで二つの命を見守る理由。実は生まれたばかりの命がまだ産声を上げていないのだ。
焦った表情で背中を軽く叩く医師、しかし、二つの命は未だに身じろぎ一つしない。そして、一分ほどの時間が流れた。
誰もが願うように見守る中、最初に声を上げたのは先に出てきた男の子、それに呼応するように女の子も産声を上げる。
固唾を呑んで見守っていた連中は一斉に弛緩し、安堵のため息を漏らしたのだった。
だからかもしれない、彼らは気がつかなかった…。
二つの命の人生初の声が、確かな意味を持って放たれていたことに…。
「まおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
「おにゅやぁぁぁちゃまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
同時刻、白く静謐な神殿で一人の女性が少しだけ長い眠りから目を覚ました。
彼女は抱きしめるようにしていた小さな二つの水晶を、そっと目元まで持ち上げて中を透かし見る。
そこに映ったのは二つの過酷な運命を背負った命の姿。
悠久の時を生き、輪廻を重ね擦り切れてしまった戦士達の最後の人生の幕が明けた瞬間の光景であった。
二つの水晶玉に優しく触れながら、女性は口元に優しい微笑を浮かべ二つの命に祝福の祝詞を送る。
「波乱と困難と苦しみが待ち受けているだろう貴方達の最後の戦いに、ひと握りの慈悲と大きな幸福があらんことを…―――」
そして、物語は紡がれる。少年と少女、二つの命の運命を語る最後の物語が―――。
序章 ― 転生記 ― 終
誤字脱字ありましたら訂正お願いいたします。
次話からようやく本編の方に入って行くことができます。それでは、本編の方も楽しんでいただけたら幸いです。