二話
改稿編二話目
想像より文章量が多くなってしまったため二分割することにしました。
プロットでは二話目の半分ほどの話しに成ります。
幾万もの魔槍が自らの身体を貫くのを全身で感じながら、それでも俺の視線は彼女に、半分に割れたおぞましい仮面の隙間から見える黒髪の少女に向けられていた。
何故なのかはわからない。しかし、俺の奥底に眠っている何かが強く叫んでいた、彼女は傷つけてはいけない、彼女は殺めてはいけないものだと。
既に手遅れなのは理解している、しかし、それでも俺は彼女を切り裂くはずだった剣線をずらしていた。
それが、彼女の痛みを長引かせることにしかならないとわかっていながら―――。
背中に感じることが出来る冷たい感触によって徐々に意識が覚醒していくのを感じる。
始めはぼんやり程度だった光が、徐々にその光度をあげ、今では目を突き刺すような感覚さえ感じている。
それとともに霧がかかったようにぼんやりとしていた思考も徐々に動き始めた。
視界に入ってくるのは見慣れた白い天井だ。そんなはずは無いのに、俺は始めて見たはずなのに、なぜかこの風景に対して既視感を越えて安心感さえ感じている自分がいる。
「お帰りなさい、今宵の旅はいかがでしたか?...クレハ君」
その体勢のまま、しばしぐったりとしていた俺に、待ちくたびれたのか鈴のような綺麗な音色で紡がれた声が降って来た。
まあ、一応俺もここに俺以外の奴がいるってことに気がついてはいたんだ。
うん、でもさぁ...。
白を基調にした上品なテラスのような空間で、流れるような銀髪の美しい女性が、これまた上品な意匠が施された椅子に腰かけて、隣に置かれている白いテーブルからお菓子を摘みながら、...BL小説をガン見していたら流石に話しかける気にはならないよね...。
ただ何だろう、俺はこの女性を知らないはずなのに...。どこか懐かしさを感じると共に俺の口は勝手に言葉を紡ぎだした。
「ただいま帰りました...女神様。
相変わらずお変わり無いようで何よりです...」
ただ、趣味が濃い系からショタ系に変わったみたいですね...。とは言わなかったが。
所で俺は何を考えているのだろうか?
この人と会うのは初めてなはずなのに、俺はなぜかこの人の好みを把握しているような、そんな感覚を感じまた知り合いに対する気軽な言葉をかけてすらいる。
まるで長年連れ添った旧知の者に、久しぶりに相対したようなそんな感覚。
それに先ほど俺は彼女を敬称してなんと呼んだ?
女神様だと...?
「ふふ...貴方が困惑しているなんて珍しいですね。
でもその様子だと、身体は覚えているみたいですけど、やはり記憶の方は戻っていないようですね...。
こちらにきて、紅茶でも飲んで少し落ち着いたらどうですか?」
よくわからない記憶と困惑のスパイラルにはまりそうになっていた俺に、彼女はたったいま出現した、彼女が座っている椅子と同じ物を指差すようにして俺に座るように勧めてきた。
ちなみにこの間、彼女は一切手元のBL小説から視線をあげていない...。
本当は、俺と話す気まったく無いだろこの人...。
いつまでも床に寝ているのもなんだったので、俺は彼女の勧めどおりにテーブルにつくことにした。
身体を動かすと所々突き刺されたような幻痛を感じたが、それを無視して彼女が勧めてくれた椅子に腰を降ろす。
それを見計らったように、彼女は手元から視線を外さないまま、俺の前に置かれていたカップに器用に片手で紅茶を入れてくれた。
それを一口飲んでから、俺は始めて心が落ち着いていくのを感じる。
心の奥底では何度も経験したことだと割り切ったような考えも確かにあるのだが、今の俺の心境としては(魔王と戦った時はゾンビ云々、神様云々の話はしたが)死ぬことは始めてのはずなのである。
自分の死んだ事実というのは、どう考えても心に負担をかけないはずが無いのだ。
「落ち着いたようですね、それでは楽しいお話を始めましょうか?」
俺がある程度落ち着いたのを感じ取ったのか、女神様口元に優しげな笑みを浮かべてから彼女にとっての本題を切り出した。
ちなみに笑ってはいても、相変わらず彼女の視線は手もとのBL小説を凝視し続けているが...。
「忘れているでしょうから先に補足して起きます。
まず貴方は『転生者』です...、ここまではよろしいですか?」
『転生者』その単語が俺の耳に届くと、俺の心の奥底で何かが開くような感覚とともに溢れ出すようにして沢山の記憶が俺の思考を埋め尽くしていく。
何度も何度も死んでは蘇り、時に英雄と呼ばれ時に悪党と呼ばれた記憶が。
ある時は数万もの軍勢を押し留めその変わり命を失った儚い歴史が、時に並み居る英雄達の命を奪い去り王として君臨した覇王の記憶が。
俺の全ての行動は歴史を動かし、この世界を導いてきた...人生の全てをこの世界に捧げた記憶が蘇る。
そして、その全ての記憶の中に彼女がいた...。
時に俺を見守り、時に助け。
時に俺の敵として立ち塞がった少女の姿が、溢れ出す記憶のそこここらかしこに存在している。
「俺は...『転生者』。この世界を導くもの。
世界に歩くべき道筋を作り出すもの...その認識で間違いありませんか?女神様...」
最後に浮かんできた記憶、魔槍に全身を貫かれながら死んで行く記憶を振り払うようにしながら俺は女神様に尋ねる。
おおむねその認識で間違い無いのか、女神様は軽く頷くと会話を再開した。
「ええ...、知らないはずの沢山の記憶を一気に思い出して辛いでしょうけど、あまり時間も無いので話を進めさせてもらいますね。
そうですね、まずは自らのあり方を思い出していただいた上で、何故貴方の記憶が無かったのかを話しておきましょうか...」
俺が肯定のとともに、肩をすくめるようにして先を促すと彼女ゆっくりと言葉を捜すように話し始めた。
「まず、貴方の記憶が無かった理由ですが。
以前の転生の時に私がそれまでの記憶を閉じ込め、貴方の記憶を封じたためなのですよ...」
相変わらず手もとのBL小説から視線を外さぬまま、女神様は淡々と起こった事をその理由を話していく。
「なぜかといわれるといろいろ理由はあるのですが...。
まず一つとしては、貴方が思い出した記憶の中にいるであろう黒髪の少女が、今回貴方にとって敵に当たる立ち位置として存在したからです。
記憶の中を見て貰えばわかると思いますが、彼女は貴方と時に深い情を結んだことすららある少女です。
勝手な事を言っているのは理解していますが、それでも今回殺しあう間柄になってしまう事を理解したうえで、彼女の記憶は貴方の使命に邪魔になると思いましたので封印させていただきました。」
これが一つ目の理由です。
と一度区切り、女神様は自らの手元に置かれていたカップに紅茶を継ぎ直して一口で流し込んだ。
そしてふうと一息ついてからそのまま続きを話し始める。
「二つ目の理由なのですが。
これは貴方達の心情を考えたものよりもっと根本的な問題なのですが。
実をいえば貴方達は度重なる転生のために魂が磨り減り、徐々に記憶の保管が出来なくなって来ているのです...。
貴方が記憶が無いままここに来るのは今回が初めてでは無いのですよ...、貴方達も元は人ですから記憶が薄れて行くのは仕方の無いことではありますが、数えて三回前の転生の時から貴方達に記憶の欠損が顕著に見られるようになって来ました。
そのときから私も流石に危機感を感じ、貴方の記憶を今回のように封じて保護するようにしてきました。同じように彼女には他の神に頼んで記憶の保存をして貰っていたのですが。
今回の件をかんがみるにそちらの方が残念ながら記憶を守る上では確実のようですね...」
其処まで女神様の話を聞いたうえで、今回の件というのが俺の意識に引っかかる。
まだ彼女の話しの途中ではあったが、俺は女神様が先を続けようとするのを留めて彼女に質問を投げかけた。
「すみません、一つだけ聞きたいのですが今回の件とは一体何のことでしょうか?」
俺が挟み込んだ質問は彼女にとってもあまり聞かれたく無い部類の話だったらしい。
BL小説に落としたまま少しだけ陰を感じさせる表情を浮かべた女神様が、言い憎そうに口を閉ざす。
しかし、俺がジッと見つめている気配を感じ取ったのか、諦めたような表情をBL小説に対して浮かべてから彼女はゆっくりと口を開いた。
「貴方が...、思い出せなかったからよ...」
吐き出すようにして彼女の口から漏れたその言葉を聞いても、俺はよくわからずに首をかしげる。
その気配を感じとったのか、彼女はため息をついてから確信に触れた。
「貴方が彼女の素顔を見ても記憶を思いださなかったから...。
貴方の記憶にかけた封印は、先ほどのようにキーワードがあれば思い出す類のものですから。
彼女の顔を見ればそれが何を意味するかわからなくとも、貴方は自分の中で『転生者』というキーワードにたどり着き自然と記憶が戻るはずだった。
でも今回、貴方は彼女の素顔を見たのにもかかわらず貴方の記憶は戻らなかった...」
其処まで聞けば後の予想は大体検討がつく。
つまり、彼女の言う通り俺の魂は既に限界に近いのだろう、それこそ忘れてはいけないものを忘却してしまうほどに俺に限界が来ているのでは無いだろうか。
そう、現に俺は記憶が戻ったはずの今でさえ、所々靄のかかったような感じを受ける部分が沢山あるし、何より俺は原初の記憶を思い出すことが出来ないのだ。
原初の記憶、始まりの記憶とでも言えばいいのだろうか。そう今の俺を形作ったはずの記憶を俺は忘却していた。
思い出せるのは今と同じようにここに座り女神様と話している記憶だけ。
既にその記憶の中では俺の今の性格が形成されているのにもかかわらず、俺はその形作る過程の記憶を待ったくと言っていいほど思い出すことが出来ないのだ。
そんな風に多すぎる記憶の波に翻弄されている俺にたいして、寂しそうな雰囲気を向けてながら女神様は紅茶のお代わりを注いでくれる。
言葉としては間違っているかもしれない、でも相変わらず手もとのBL小説から目線を外さないのだからこれであっているのでは無いだろうか...。
「そうね、...感傷的な話はここまでにしておいて、これからの話をしましょうか、クレハ君」
そして、俺が注がれた紅茶に口を付けるの確認してから、彼女はこれまでの話無理やり切るようにして、これからの俺がやるべき事を俺に語り始めるのだった。
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