五話
前半お勉強風景、後半説明回です。
くどくはありますが、意外と説明を作るのが好きな作者です。
クォーツ・サフェラスの屋敷には、とても日当りの良い植物園が存在している。
全体ガラス張りで作られた植物園は、そのガラスの一枚一枚に水と火の守護がかけられており、内部はいつも快適な温度と湿度に保たれている。
その植物園の中では、常に季節の野菜が栽培され、色とりどりの花が咲き乱れており。ただ、植物を育てるだけでは勿体無いとの妻の言葉で、植物園の一番奥に小さな広場を造り、テーブルを設けて、最適な空間の中でいつも優雅なティータイムが出来るようになっているのだが……。
その空間は現在、御年三歳になる某双子によって、大量の書物の山が二つ建設されていた……―――。
「なあ、サクラ、そこにある『地獄猿でも解る魔術言語大全』を取ってくれ」
「またですの?……いい加減、これぐらいの内容は覚えていいでしょうに」
片方の山から手が伸び、そこを指差す。もう片方の山がブツブツと文句を言いながら、そこから『地獄猿でも解る|魔術言語大全』を拾い上げると、もう片方の山の噴火口に向けて投げ込んだ。
「サンキューサクラ」
「ふん、お兄様代わりに、貴方から見て右斜め上にある『ヘイル・ベルブックの魔術考察資料』を、こちらに寄越してくださらない?」
「あいよー」
今度は、先ほどの噴火口から、もう一つの噴火口に向けて、綺麗にファイルされた紙の束が中を舞って行った。
「ああ、なるほど。ガリアホースの理論は結局ここに落ち着くのですね……。あれ?お兄様、これページが滅茶苦茶ではありませんか」
「ああ、それ?ヘイルは説明がクドいけど、丁寧に一枚一枚に結論を纏めてるから、理解しやすいように並べ替えたんだ。
ページどおりに読んだら、何だこの超展開は!ってな感じになるよ」
何度も言うようだが、若干三歳の会話である……。
「……サクラさん、クレハさん、そろそろお茶にしませんか?」
明るい日差しが差し込む植物園で、上記のように不健康な会話をしていた、若干三歳の幼児の下に、お盆の重さに耐え切れず若干プルプルしている少女の声が掛かった。
実はかなり前からこの光景を眺めてはいたのだが。誰々の理論やら、あれ取ってくれなど、難しすぎたり、抽象的すぎて、何をとって欲しいのかよくわからない会話に唖然として、ずっと固まっていたのである。
「「今読んでるのが読み終わったらね!」」
その上、返ってきた二人の言葉が、こういう時に限ってぴたりと重なった無情な物だった為、少女は本当に泣き出しそうになっていた。
結局、銀糸の髪の少女は、二人が今読んでいる厚手の参考書が読み終わるまで、頑張ってプルプルしていたのだった。
噴火口からのそのそと這い出してきた二人の幼児、テーブルは使えないため植物園中で通路として敷かれている石畳の上に敷物を敷いて、ドロシーはお茶の準備をしていく。
その前では、二人の幼児が待てをされている子犬のように、瞳をうるうるさせながら、彼女が準備を終えるのを待っていた。
「えーと……、『よし』」
思わずドロシーの口から出た言葉に反応して、二匹の子犬がお菓子に飛びついていった。
ガツガツ、ゴクゴク。
(ええええ、思わずいっちゃたけど、この光景はなんか間違ってる気がする!お茶会とかティータイムって、きっともっと優雅なものな気がするんだけど……)
子犬に餌をあげながら、目の前の光景に軽くめまいがしてくるドロシー。
まだ、6歳と幼くはあるが、立派な従士の母の元、日々従士見習いとして腕をあげているドロシーにとって、目の前の光景は目眩がするほど直視できない物だった。
「お、お二人は、今日はどんな勉強をしていたのですか……?」
「もがもが、ふがふが」
「ごくごく、もぐもぐ……ごほっ」
「って、ああーー、サクラさん、無理にしゃべろうとしなくてもいいですから!早くお茶を飲んでください!」
「もがもが、……ぐふ」
「ええええ、なんでクレハさん泡を吹いて倒れてるんですか!
まさか、全部排除したはずなのに……、これは、奥様手製の……っ!!」
犬の餌付けをしていた筈が、いつの間にか阿鼻叫喚の地獄絵図えとシーンが移り変わり始めた中、銀糸の従士見習いがオロオロと動き回る。
サクラには、喉に詰まったお菓子を飲み込ませる為にお茶を突っ込み、クレハには、僅かなお茶の殺菌効果を信じてお茶をティーポットから流し込む。
結局、意識の戻ったサクラがクレハに向けて『解毒魔法』を使い、ようやく事態は収束したのだが、その頃には三人とも虫の息となっていた。
まあ、解毒魔法が効きづらく、焦ったシーンなどあったが、なんとか皆生きています。
「はあはあ、まさか、解毒魔法ごときに私の魔力が持っていかれるなんて」
「おかしい…?今の体は、歪ではあるけど、前より毒耐性は上がっているはずなのに?」
「……はあはあ、なんでこんな事に」
(奥様の作られたお菓子は、一口で致死量に達すると言われているほど恐ろしい一品。クレハさんが生きてて本当によかったわ……)
ドロシーの心の声が悲痛なことになっているけど、皆生きてます……。
サクラとクレハが、書庫とついでに家中の鍵という鍵を開放してから数日。植物園に、双子山の活火山を気づきながら理解したことは、長い歴史の中における魔法形態の変革だった。
過去、魔法として彼らが使っていた古呪文字が淘汰され、積み重なられた時の中に消えていき、新しく生まれた魔術語が今の世界を席巻している。
形としても、全く質の違う魔術語がどのようにして生まれてきたのかまでは、わからなかったが。今の世界が古呪文字ではなく魔術語を軸として回っていることは理解できたのだ。
魔術語、または魔術言語は古呪文字と似ているようでいて、実態は全く異なる物だった。
その違いを述べるためには、まず、古呪文字がどのようなものか説明する必要がある。
古呪文字は、その一語一語、一文一文に意味と力を持つ言葉であり、その言葉自体が魔法であり意味そのものなのだ。
例えば古呪文字で『風よ』と唱えれば、その言葉は風となり風を吹かる。強き言葉であれば、その一文で嵐すら起こしてしまうことができる。
また古呪魔法は、文を重ねるほど言葉の意味が強くなるため、連文となったものは、魔力の必要量が少なくなり、短文を強力な魔法に昇華させようとすればするほど、魔力の必要量が多くなる。
例を上げるとするならば、嘗てクレハが魔王であったサクラを討つために使用した『天を穿つ聖光の一撃』がある。
これは『天を穿つ』『聖なる一撃』『光よ』の三単文が合わさった連文魔法だ。この場合、本来の魔法は『光よ』の光魔法であり、それに、『聖なる一撃』の方向文と『天を穿つ』の誇張文をあわせて、魔法のあり方を整えたものが『天を穿つ聖光の一撃』という名の魔法だった。
しかし、あの時のクレハが万全の体調であれば『光よ』のみで、同じ現象を起こすことも可能である。
短文の力を持つ古呪言語を、補助連文で方向性をあたえ完成させる。
それが古呪魔法のあり方である。
しかし現在では、長い歴史の時の中で、その補助連文がほとんど失われてしまった為、古呪魔法を元の威力、様々な歴史書に収められた伝説と同じように行使する為には、莫大な魔力が必要になる。
クォーツや古呪魔法の研究者達が、古呪魔法を強力ではあるが、魔力が莫大に必要なものだと勘違いしたのものこの為であった。
次に、現在主流となっている魔術言語によって行使されている系陣魔法について、この植物園に活火山を築いた結果わかった事を纏めたい。
まず古呪文字と魔術言語の決定的な違いは、言葉単体に力が無くなっていることだ。
勿論、魔法的要素が失われたわけではないのだが、魔術言語で『光よ』と唱えても、勿論光の瞬きすら起こらないし『風よ』と唱えてもそよ風すら吹きはしない。
魔術言語で風を吹かせるためには、まず、魔術言語を組み込んだ魔陣を組まないといけない。
人それぞれで得意な組み方があるので、魔陣の決まった形式少ないが、世間一般に広くしれているものでは、『円法陣』『立法陣』『言法陣』の三つが挙げられている。
簡単に説明していくと、まず『円法陣』は、杖などの物理媒介を基点として、特定範囲内の事象に干渉する魔法式だ。一般的な使い方としては特定多数に行使する魔法、主に回復魔法や、強化魔法、特異な例としては自らを基点とした範囲自爆魔法などに、この魔法式が使われている。
この場合、魔術言語は、円陣の中に回るように組み込まれているのが一般的な使われ方である。
ただし、通常ではこの『円法陣』は、何か媒介物にあらかじめ刻み込んでおかないといけないため、あまり好まれてはいない。
次の『立法陣』は、魔力を使用して特定の形などを書く事によって、魔法を発動させる魔法式である。例えば星型や、人によってはイメージが掴みやすいように、火のマークなど簡易陣として魔力で書き出し、そこに『発動単語』を加えることによって魔法を完成させる。
長所としては、起動陣を同じにして、口頭で魔術言語を加えることによって魔法を起動させることができるため、慣れると多種多様の行動を変えることなく行使できることだ。
しかし、短所としては、どうしても書き出せる簡易陣に限界があるため、あまり強力な魔法を行使できないということだろう。
しかし、魔法の使い方としてはとても簡単であり、遊び感覚で覚えることもできるため、一般的にはこの方法が使われることが多い。
最後の『言法陣』は、立法陣のマークの代わりに魔術言語を直接刻む魔法形式である。
例えば、火の魔法言語である、『ファイ』や、焔の魔法言語である『フレア』等、魔力を使用して直接空中に魔導媒介を使用して書き出すことによって、発動魔法を確立させる方法である。
長所としては単語の意味を強力化することによって、魔法の威力を変えることができることだ。
また、魔法言語は言葉の力を失ってはいるが、器としての力を残しているので、魔力量を多くこめれば強力な魔法を行使できることだろう。
ただし、あくまでも魔術言語内で比べての話なので、いくら頑張っても古呪魔法並みの魔法を行使することは極めて困難である。
また短所として、書き出すのが大変な事や、イメージが掴みづらいなどが挙げられる。
まあ、クレハとサクラからしてみれば、どの法式を選ぶにしても、やはり言葉を発するだけで行使できる古呪魔法に慣れてしまっているため、どれもこれも対して変わらない使いづらさなのだが。
今は廃れてしまった古代魔法を操る三歳児、そんな不可解な者、世間が見逃してくれるわけが無い為、結局は魔術言語を学ぶしかないと理解して、双子の悲痛そうなため息が、植物園中に響いたのは、その数日後のことである。