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兄勇妹魔  作者: アリス法式
一章 幼少期
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四話

コソコソと更新

 辺境守護職、クォーツ・サフェラス。そしてその妻メアリィの子として現代に生を受けて早三年。

小さないながらも綺麗な庭を破壊したり、時が経つあいだに変わってしまった言語を学ぶために絵本を熟読したりと、なかなか充実した時間を過ごして来たクレハとサクラ。


彼らは今、コソコソと一枚の扉と格闘していた…―――。




「お兄様…、少し揺れを抑えてもらえますか…?うまく刺さりませんわ」


「と言われてもな…。この格好はいろいろキツいんだぞ!」


大きな樫の扉に据え付けられた鍵穴に、二本の細い棒のようなものを差込みガチャガチャといじくりまわしている少女と。

少女の足元で四つん這いになり踏み台となっている少年。


…傍から見たらかなり怪しい光景なのだが、彼らはそれに気がつくことなく目的に向かって邁進する。


「…開いたか?」


「ええ…、鍵は外れましたわ…。でも、この扉、魔法錠も掛っているみたいですわね…」


ガチャリと錠の外れる音が聞こえ、少年の声が喜色の色を帯びる。これでようやくこの屈辱的な体勢から解放されはずだったのだ。

しかし、彼の期待に反して少女の声は重たく哀しいものだった。

それもそのはずだ…。少女の言う魔法錠とは鍵に魔法をかけ、その鍵を使わないと扉が開かないようにした強力なセキリュティーなのだから。

錠前だけ外しても扉は開かず、魔法だけ解読しても扉は開かない。その魔法錠に合った魔法鍵を使い開けることしかできない。それが魔法錠と呼ばれる存在だった。


「はあ…。しょうがないですわね…。コレを使えば今日一日私の魔力は枯渇しますけど…。現状確認のために知識のためには譲歩しましょうか」


「譲歩って。そんな大げさな…」


「あら、私としては精一杯の譲歩ですわよ…。なんせお兄様と違い、私の魔力は限りなく少ない有限ですからね」


「あー…。すまん」


少女の言葉受けて、少年は申し訳なさそうにうなだれた。姿勢が四つん這いなことも有り、その姿がしょぼくれる子犬に見え、彼の上に立つ少女が微かに笑いを堪えて口を抑えた。


「さて、行きますわよ…―――『扉よ・我が命を聞けクロック・開け』」


力ある言葉が少女の口から溢れ出し、事象に干渉する。

背筋をピンと伸ばし、まっすぐ扉を見つめる少女。金の瞳が熱を帯び潤み、魔色の瞳が薄らと微かな魔力の炎を幻視させるほど妖しげな光を帯びる。


ガチャン…。


カンヌキが落ちるような音が廊下に響き、少女が少年の背中に崩れる様に倒れ付したのはそのすぐ後の事だった―――。




 胸が苦しかった…。今生の生を受けて…、いや今までの刻まれた魂の記憶にも存在しない初めての感覚。

心臓が悲鳴をあげている。


―『助けて…苦しい』


声にならない悲鳴が、頭の中で反響する…。呼吸ができない、薄らと光を感じている視界も像を結ぼうとせず。おぼろげに耳に響く声も、誰もものか判別できない。


―『助けて……助けて!』


胸を掻き毟るように手を当てて、思いっきり酸素を吸い込む。肺が引きつったように痙攣を繰り返し、呼吸を拒む。


―『誰か!…お願い…お兄様ぁぁ!』


―『ああ、大丈夫…。大丈夫だから』


虚空を掴むように振り上げた手が誰かに握られた…。

その手から、とても暖かい温度が流れ込んできた。包み込むような優しさとが感じられるその温度に包まれるたびに体が楽になっていく。


いつの間にか心臓の悲鳴もやんでいた。


「今はゆっくりお休み…。無理させてごめん…サクラ」


最後に聞こえた声。

眠りをさそう暖かい残響を聞きながら私は意識を手放した。




深い安らかな呼吸を繰り返す少女。鏡写のように左右対称の色合いを持った少女の髪を、あやす様に手櫛で梳きながら手に持っていた分厚い本を放り投げる。


『三分で解る家庭の医学』


また、開かれたまま地面に落ちたページにはこう書かれていた。


『魔力欠乏症―緊急時における処置また欠乏症に対する対策について』


サクラが四つん這いになっていた背中に倒れてきた後、慌てて扉の向こうに運び込んだものの。今まで魔力欠乏症など味わったことの無い俺には彼女がなぜ倒れたのかがわからなかった。

入ろうとしていたのが、屋敷の書庫だったこともありたまたま目に付いた医学書を上から下までひっくり返す。

症状としては、主に左胸が苦しいと訴える、視野がおぼつかない、呼吸困難と特徴的なものばかりだったためすぐに魔力欠乏症のページを探し当てることは出来た。

が、対応策を確認して思考が停止する。


魔力草またはそれに類する薬湯、薬剤を煎じて飲ませること。


三歳の俺が魔力草など持ち合わせている訳もなく途方にくれてしまった。

魘されているサクラの手を握り、安心させるように願いを込める。


―『たす…、助けて』


―『ああ…、大丈夫…。大丈夫だから』


その時、クレハは気がついていなかった。いつの間にか彼の片目――魔色の瞳――に光が点っていたことに。

そして、まるで彼の瞳に反応するように少女の閉じられた瞼にも薄らと微かな光が宿っていた。


「大丈夫…。大丈夫だ」


いくら探しても、魔力草以外の記述が見つからず途方にくれながらサクラの顔を眺めると。いつの間にか顔色が戻り呼吸も規則的な深いものとなっていた。


「へ…?」


思わず脱力していまい手に持っていた医学書を放り出してしまった。

既にそんなことを気にする気分でもなく、いつの間にか元気になっていたらしいサクラの頭を撫でながら、気が抜けたようにズルズルと背後の本棚に背中を預けた。


「ふう…。よかった、心配かけさせやがって」


憎まれ口を叩きながらも安心しきった表情を浮かべた少年も、少女に引きずられるようにいつの間にか規則的な寝息を立てていた。




「相変わらずいろいろやってくれる子供達だな…」


少年が本棚を枕に、少女が少年を枕にして眠りについてからしばらくして。書庫前の廊下にある窓を開けて蒼髪の男性がゆっくりと入ってきた。


「扉の物理的開錠に、魔法錠をそれを上回る強制開錠魔法で開錠…か」


愛しい娘でもある黒髪に金のひと房を持った少女が、魔力欠乏症で倒れた時は自分を抑えるのに必死だった。いつも少女の隣にいる鏡写のように可愛らしい少年が何とかしてくれると、自分に何度も暗示をかけなければ窓を突き破って飛び込んでいたことだろう。

結果、心配は杞憂に終わりどうやったかはわからないが、息子は娘を助けたらしい。


あの瞬間、私に理解できたのは。クレハとサクラの同色の瞳、世間一般には魔色の瞳と呼ばれ忌避されている、虹のように煌く燐光を持った黒真珠ブラックパールの様な深い黒色の瞳が共鳴するように光を持ったこと。

そして、クレハからごっそりと魔力が奪われたことだ。


いや、奪われたというよりは流れ込んだと表現したほうが良いかもしれない。


魔力が欠乏して空っぽに器のようになってしまったサクラの中に、注ぎ込まれるようにクレハの魔力が流れ込んでいった。

それが私が見えた光景だった。


双子として生まれた為なのか…。本来魔力は共有はできないとされている。

魔力の共有化の研究は長年進められてはいるが、研究が進んだからこそ見えてきたのは。人一人一人には指紋の様に魔力にも独特の波形が存在し、それらは決して相いれることは無いということだけだった。

古の昔に跋扈していた魔族の一部の者ならば使えたのではないか、といった論文もあるにはあるが。この論文は明らかに今生きている種族の魔力保有量では、使えない古代古呪などが遺跡などから発掘されているため、古代の種族は、魔力を補填するために魔力の共有化が行えたのではないか?

といった考察の元に成り立っている論文である。


信憑性も無いし、読んではいても信じては居なかった。先ほどの光景を見るまでは…。


クレハとサクラ…。もしかしたらこの子達は双子故にとても似た魔力を持っているのかもしれない。

それこそ、互いに流し込んで―流し込まれても拒絶感が生じないほどこの子達は似た存在なのかもしれない。

魔力の波形が一致する、同一人物とも言って良い奇跡。開けられない鍵を開けてしまう強力な解除魔法。


この子達は一体何者なのだろう?

自らの子供だとわかっていながら…。私は運命の女神にそう問いかけてしまいたくなる衝動に襲われたのだった。




若干三歳で既に型破りな片鱗を見せ始めた愛しい子供たちを抱え上げながら彼はため息をこぼし、今はまだ天使の様な寝顔をしている子供たちを両手に抱きながら書庫を後にした。


「鍵は…。もう、意味ないか…」



扉を抜け一度振り返った彼の口元からポツリとこぼれた本音が、哀愁が漂う父親の背中を慰めるように誰もいない書庫に静かに木霊した…―――。




その日の晩御飯の席にて、どこかすっきりとした表情の可愛らしい双子に書庫へと立ち入る事を許可すると、疲れた顔の父親から告げられたことと。屋敷中の鍵という鍵がすべて開錠されていたのはまた違うお話である。

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