一話
【プロトタイプ】兄は元勇で妹は元魔王、今は二人で冒険者 改稿編になります。
「アハハハハハハッ、その程度ですか勇者さん?」
瘴気と霧そして暗黒が占める大陸の奥地、暗黒大陸と呼ばれるこの地の外れにある巨大な森、その中心部に聳え立つ闇の城郭。
闇の城郭の最深部には王の間と呼ばれる巨大な広間があり、堅牢なつくりのその場所には先ほどの高笑いを漏らす不気味な立ち姿の化け物と、その眼前で倒れ付す数人の男女の姿があった。
その化け物、顔と言える部分には巨大な一目があり、其処から二本の巨大な雄角が天上に向かって伸びている。その声はその風貌に反して高く、その妖しげな格好と相まってかなり不気味な感覚を見たものに味あわせる結果となっている。
その身体は深淵のような深い闇色に染まっており、人の物に似たその左手には先端に天秤を模したオブジェがついた杖を握っている。
ただ、化け物としては少しばかり身体が小さめな気もしなくも無いが、その風貌は絵に書いたような凶悪な化け物そのものであった。
「なんですか、もう返事をする気力も無くなってしまいましたか?」
化け物は少しがっかりしたように肩をすくめながら、眼前に倒れている数人の男女の中で唯一倒れる事を堪えて膝を突いている青年を見据えた。
化け物に勇者と呼ばれた青年は、流れるような金の髪を揺らし、透き通ったサファイヤのような蒼い瞳で憎憎しげに化け物を睨み付けていた。
「う、うるさい魔王、俺が...俺達がお前などに屈するわけが無いだろうが!」
青年は何とか声を絞り出したものの、その姿はボロボロで他から見ても満身創痍と言った言葉がぴったりな有様だった。
「無様なものですね、勇者さん。
本来であればそなたは我と同等以上の力を持っていますのに、か弱い人間などかばい立てして、確かに貴方にかばわれた者達は生き残ったようですけど、代りに貴方まで虫の息では無いですか」
その言葉どおり、青年の背後に倒れ付してかばわれている者達はどう見ても虫の息であったが、はたから見れば彼らの事をかばった青年の方がよほどボロボロな姿をしている。
しかし、血に濡れた青年の身体をよく見ると、血だらけではあるもののその傷はどれも浅く致命傷に至っているものは一つも無かった。
そして、その事を化け物は気づいていないのか、楽しげに青年に罵声の言葉を浴びせていく。
「くっ、この傷ではもはや死を覚悟した方がよいか、しかし魔王よ覚えておくがいい!
俺が死んでも、俺の意思を継ぎお前を倒す意思を告ぐものが必ず現れる。
そう、第二・第三の勇者が必ず現れるのだぁ!」
勇者である青年はその化け物を魔王という呼称で呼びながら戯言を叫ぶ、全ては魔王の隙を作るため、自らが負った傷の浅さを悟らせないために。
「勇者よ...、第二・第三は私の記憶違いで無ければ魔王の科白だったと思うのですが...」
「.........」
しかし、時間稼ぎに放った戯言に対して魔王から予想外に冷静なツッコミが返って来たため、思わず沈黙してしまう勇者であった。
「えーと、くそうここまでか...。
だが、たとえこの身が倒れ朽ち果てようとも、我が命我が魂が朽ち果てぬ限り、俺は何度でも蘇り貴様の前に立ち塞がるであろう!」
「...それで高笑いでもしたら、私じゃなくて貴方が魔王の役柄ですよね。
しかも戦い方が神々の奇跡頼みとか貴方勇者を舐めてるんですか、何度でも生き返るとかゾンビ戦法は本当に勘弁してもらいたいんですけど。
というか、貴方見た目に反して実はかなりぴんぴんしているでしょ...」
「.........」
そして、広間に二人の気まずげな沈黙が降りた―――。
―――くそうやるな魔王、俺が発案したこの作戦がバレるとは...。
さすが、この部屋に入った瞬間に目の保養役の僧侶(女)というかシスターであるアーシェを、【暗黒圧縮魔法】で潰そうしたうえに(俺が何とかかばったため気絶で済んだ)、女装が趣味な男の娘、魔法使い(男?)のクルトを背後から強襲して首の骨をへし折ったり(俺が自己犠牲系の聖属性回復魔法、癒した傷の反動が術者に来るで回復したから気絶ですんだ)、先陣を切って突撃しようとした戦士(女)ミーアを【多重属性魔法】で絨毯爆撃したりと(俺が全身を使って受け切ったため彼女は余波で気絶したが無事)かなり強烈な殺意を込めて俺達を殺しにきただけはあるな。
しかし、この前と同じ徹は踏まなかったぜ、前の時に魔王を倒すために共にここまで来た心友であるジョーとケビンとマッシュの三人は、奇声を上げながら魔王が放った【暗黒の開放】に呑まれて助け出す間も無く、闇の海の藻屑になってしまったからな。
そして魔王よ、俺の作戦を理解していながら、俺に身体を回復する時間を与えた事を後悔させてやろう。
その想いを心に刻み、俺は自らの存在に刻まれた顕現魔法を発動させる。
【魔道神経】―身体接続―
体中に張り巡らされた血管の一本一本を魔力の通り道に見たて身体を強化する顕現魔法。
さらに身体に全体にも具現化した何本もの魔力の糸を巻きつけ強制的に魔力を流していくと、身体能力が極限まで高まっていくのがわかる。
俺という器から魔力が溢れ出しそうになるのを押さえ、腰に納めたまま、まだ一度も本来の役目を真っ当していなかった無骨なロングソードを引き抜き軽く構えた。
【魔道神経】―武器接続―
勇者でありながら、俺は聖剣と言った類の物はもっていない。なぜなら、俺は聖剣を持って戦う必要性をまったく感じないからだ。
いまだに、沈黙を続けている魔王を見据えながら俺は手に持ったロングソードをたかだがと天に向かって構えた。
「うねり、まとい、結いあげる、極光糸を基盤に、打つ打つ打つ。
刃は我が魔力、纏いし意思は聖光の力。
切れ味は薄き薄氷のごとく鋭く、我が意思のごとく硬く、その斬撃は天を穿ち地を喰らいつくそう!
束ね束ね...形どれ。俺の剣、俺だけの聖剣よ!」
天に向かって構えたロングソードを媒介として、【魔道神経】が新たな刃を形どる。
聖なる光を帯びて天に向かって伸びていくその極光剣は、まさしく聖剣と呼ぶにふさわしい威容と威力を持ち其処に顕現した。
「さて、こちらの準備は済んだぞ魔王よ。
そろそろ、このふざけた戯曲に終焉という名の幕を降ろそうじゃないか...」
そして、彼はその科白をまるで物語の主人公のように大仰に言い放つと、手に持ったロングソードを魔王に向かって振り下ろし『天を穿つ聖光の一撃』が魔王に向かって放たれた―――。
―――目の前で何やら勇者が準備にいそしんでいるのを何と無く眺めながら、私はくだらない思考に没頭していた。
仲間三人をその身でかばっておきながら、まだ立ち上がろうとするその不屈の精神。
そして、それを可能にする身体能力と、馬鹿馬鹿しいまでの魔力量、下手をすれば魔王である私をしのぐかもしれない魔力の奔流を眺めながら、それでも私はある一点について思考をめぐらし続ける。
そう、ただ一つのこと。
何でハーレムを築いてやがるんですか!この野郎!!
大体なんですか、この前はこの前で気持ち悪いテカテカのガチガチムチムチしたおっさんを三人引き連れて現れたと思ったら、今回は綺麗可愛い美しいの三拍子を揃えてくるなんて、キャラも被らず大衆に紛れ込むことも出来ない様な無駄個性を引き連れて私の前に現れれないでください。
この前なんて、見た瞬間に吐き気が混みあげてきて私もほとんど記憶が無いまま、この星が壊滅出来そうな魔法まで放ってしまったような気までするんですよ!
本当、もういい加減にしてください!
今も今で、何か俺の聖剣がどうのと厨二くさいこと叫びながら、空に向かって環境破壊級の魔法剣を構えていますし。
そんな物私に当たったらどうしてくれるんですか、私見たいな小さな奴、一撃で消し飛んでしまいますよ。
それに対処する魔法を組む身にもなってください、マジで魂ごと世界から消し飛ばしてやりましょうか、このクソ野郎がぁ!
「我は天秤の守り手
調和と均衡を司るもの
右手は天を測りし秤であり、左手は地を計りし天秤である
ゆえに我は、我があだなすものを計る秤成り」
魔王が紡ぐは言葉は、魔王の持つ顕現魔法の始動鍵となる魔道言語だった。
魔王に与えられた存在価値は「秤るもの」、全ての価値を計り、すべに相応の対価を振るう力。
力には対等なる力を、魔法には魔法を、罪には罰を。
全てを計り、それに対して対等たる対価を返すその顕現魔法は、使い方によっては必殺のカウンターと成りえるものだった。
そして、その顕現魔法が振るわれた証拠として、魔王がその手に持つ天秤の杖が身震いするように揺れ、
勇者が魔王にむけて放った『天を穿つ聖光の一撃』と対等に成りえる力が魔王の中で選択され解き放たれる。
「顕現せよ対極を成すものよ、我に仇なす敵を撃て
『血色を纏いし三叉魔槍』!」
既に天秤の揺れは収まり、魔王から供給された莫大な魔力を喰らいながら極光剣を振り下ろす勇者に向けて、数千数万もの緋色の魔槍が全方位から射出されていく。
しかしその魔槍も、一本一本に一撃で天地を割るほどの威力を内包しながら、極光剣が振り降ろされるのを阻むことは出来ず。
また、魔王が放った魔槍が全方位から勇者に向かって射出されていたために、極光剣の進路上以外の魔槍はほとんどがその役目を全うし、剣を振り下ろした体勢で硬直している勇者の身体に吸い込まれていった―――。
―――黒い大理石の床に振り下ろすようにして突き立てられたロングソードが一本。
その刀身は溶けてその原型をとどめておらず、柄を握っている勇者は既に生きているのかが怪しいほどに血を流し、その身を黒い大理石に横たえていた。
「貴方は馬鹿なのですか...。
極光剣に使用した以外の魔力を、自らを守るために残しておいたはずの魔力を、自分自身にではなく...ただ寝ているだけのひ弱な人間どもに使うなんて...」
倒れ付す彼に向かって、広間の壁際から途切れ途切れに悪態らしきものが投げかけられた。
その悪態の主である魔王も、勇者と同じように、いやそれ以上にその身体はボロボロであった。その身を守っていた漆黒の長いローブは役目をまっとうできずに肩口から縦に真っ直ぐに断ち切られ、天秤の杖を握っていた左手はその肩口から杖と共にその姿を消していた。
勇者の一撃によってその身体は黒い大理石の壁にめり込んでおり、彼の振るった一撃が尋常では無いことことを物語っていた。
「ふん、命を助けたのに...、こんなところで死なれたら夢みが悪いからな」
対する勇者も、身体中が傷だらけで、自らの血で床の色を赤く染め直しているような状態であった。
まだ原型を残している魔槍によってその身体は床に縫い付けられる格好になっており、その内の一本が背中から青年の左胸を撃ちぬいている事を見ても、彼がまだ息をしているのが不思議なくらいであった。
しかし、よく周りをみて見ると、彼の後ろで倒れ気絶している三人の男女は傷一つ負っていない、全方位から魔王が放った魔槍が勇者達に向けて殺到したのに、である。
彼女達が倒れている周りだけ、何かに守られていたかのように槍の矛先は進路を変え、そして勇者である青年はあの一撃を放ってもその魔力は充分な余裕をもっていたにもかかわらず、今こうしてその身体を幾万もの魔槍にゆだねて床に倒れ付している。
「ばか...、本当に馬鹿ですね。
まあ、そんな貴方は意外にも...嫌いではありませんが、...もう茶番は終わりにいたしましょう」
その光景を呆れたように見つめてから、魔王は壁に叩き付けられた格好のまま一応原型を留めている右手を彼女達に向けて伸ばすと、自らの一部ともいえる闇の城郭に命令を下した。
『我が城よ、私からの最後の命令だ...城を基点として周りの森全てを結界で囲み、人が踏み込めぬ大地とせよ...』
その声は一見か魔王自身から発せられているようにも聞こえるが、よく聞くとまるでこだまするように、城全体が魔王の声にあわせて小刻みに振動し音を発しているのがわかる。
『私の命令を実行しする上で...、邪魔な生物が結界内にいる場合は...全て外部へとはじき出せ...』
その声は城から周りを囲む森へと染み渡るように響いていく。
そして闇の城郭とそれを囲む森全体が、魔王の声に呼応するように大きく振るえ...、いつの間にか眠っていたはずの三人の人間達はその姿を消していた。
「ありがとうと、言っておこうか...お嬢さん」
自らが身を挺して守った少女達が無事に脱出したのを確認して、勇者はそれを行った張本人に笑いかけながら御礼の言葉を送った。
魔王は軽く肩をすくめるようにしてから、残った右手で勇者の一撃によって裂けてしまった化け物の仮面に触れた。
「本当に...貴方は馬鹿ですね...。顔を切った後に無理やり軌道を修正するなんて荒業やらなければ、私は左腕だけでは済まずに一撃で絶命していたでしょうし、迎撃魔法も完成しなかったでしょうに...」
無論どう見ても助かるような怪我ではなったが、それでも何とか命を繋ぎとめている魔王が皮肉げに笑う。
対する勇者も自嘲の笑みを浮かべてから。
「そうだな...、俺もそう思う。
でもな、それでも俺には君の素顔を見て、その上で君の命を一撃で奪うことはためらわれた。
まあ、今となってはどちらにしろ死ぬことに変わりは無いかもしれないけど...それでも、俺は...
―――何故か君を殺すことは躊躇われたんだ...」
その言葉は、誰かに聞こえたのだろうか。
それは誰もわからない、それでもかすかな声でそれだけを呟いて、勇者は虚空へと消えていった。
一摘みの塵さえ残さずに、泡のように消えていくその光景は、魔王だけではなく勇者も人あらざる者の一人だと物語っているかのような光景であった。
「ほんとうに...ばかなんだ...から」
そして、魔王もまたその姿を儚い光の泡へと変えていく。
彼女達にとってそ、れは何度も味わったことのある最後の瞬間の再現に過ぎない。
戦い殺し殺され、悠久の時を巡るうちに何度味わったわからない最後の瞬間、まるでその全てに疲れたかな様なそんな顔をしながら魔王呼ばれた少女も、虚空へと泡のごとく消えていった。
「ばか...にいさま...」
そして彼女の最後の言葉も、広く寂しい広間に弾けて消えた...。
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