9.敵国の愛人
アダミノは鎖で繋がれたまま何日も歩き、マーロ国の城下に入った。城下は初め、賑わいを見せていたが、王の一行が通ると皆、静かに王に跪いた。隣国から土地を奪った勝利の帰還だと言うのに、民衆は、ただ王に跪くだけであった。人々の身に纏った物が粗末な衣服であるのが、アダミノの目に付いた。
城の前ではニカの后、マーロ国王妃が豪勢な衣装を身に纏い、笑顔で待っていた。后はニカの勝利を称えた。后はニカしか見ておらず、他の者には何の言葉もかけずに城の中に入って行った。アダミノは地下牢に入れられた。アダミノは、暗闇の冷たい牢の中で毎日、二カとフールの首を獲るにはどうしたらいいかを思案していた。ウィル王の為に何が出来るかを考えると、それしか考えられなかった。
数日後、ニカが地下牢にやって来た。
「捕虜とは言え、隣国の妃をこんなところに閉じ込めてすまなかった。部屋へ案内する」
ニカはそう言うと兵に牢の鍵を開けさせ、自らアダミノの手を取った。そして、きちんと整えられた部屋へ案内された。
「逃げようとは思うなよ。窓、扉とも中からは開かないようになっている。退屈だろうが、これがお前の捕虜としての役目だ。おとなしくしておれ」
ニカはそうに言うと、一礼して出て行った。アダミノはニカの親切な扱いに驚いた。
その日から、ニカは毎日のようにアダミノの部屋にやってきた。長いはしなかったが、足りないものはないかと聞き、退屈だろうと書物や絵を持ってきてくれた。アダミノはニカの好意に甘え、外には出れないものの快適にすごした。
ある夜、アダミノが寝ていると扉の鍵が開けられる音がした。アダミノは暗闇の中、目を凝らした。扉が開き誰かが入って来た。
「誰?」
その人物は、そろそろと歩きアダミノに近づいた。アダミノはベッドから降りて、窓の近くまで逃げた。
「これはウィル様のお妃様、目覚められましたか」
その声は預言者フールであった。アダミノの目が暗闇に慣れてくると、その顔がニタニタと笑っているのがわかった。
「ニカ様は、毎日、そなたに言い寄られているようだな? 目立たぬように来られている様だが、王妃の耳に入っているぞ」
「ニカ様は、言い寄ってなどこない。お前、何しに来た?」
フールはニタニタとした顔をアダミノに近づけた。
「ニカ様の女になったところで、王妃の嫉妬を受けて辛い思いをするだけだ。あの王妃は自分の事しか考えないわがままな女。今までニカ様が目に掛けた女をことごとく城から追い出した。私の元に来れば、良い生活が出来る。ウィル様を夢中にさせたそなたの身体を私に預けよ。ニカ様は私の手引きで念願であったアクロイーネを手に入れた。私のする事には何も言わん」
アダミノはフールを睨み、その顔を手で押しのけた。それでもフールは余裕の笑顔を見せた。
「私の要求に答えなければ、奴隷として一生鎖に繋がれたまま、重労働をしてもらうようにニカ様に進言しよう」
「お前の要求など誰が受けるか」
アダミノは睨んだまま、答えた。
「今夜はこれで退散するが、また来るからどちらが身の為か考えておくんだ」
フールはそうに言うと、そろそろと部屋から出て行った。
フールが部屋に来た翌日、アダミノはニカの真意を探ろうと好意的にニカに接した。ニカの表情が明らかに喜んでいた。そして、その夜、ニカはアダミノ部屋を訪れ、アダミノはそれを受け入れた。それから、毎夜ニカはアダミノの部屋を訪れた。それを黙っていられなかったのが王妃だった。王妃は怒り、ニカが狩りへ出かけている間にアダミノの部屋へ兵を向かわせ捕らえた。アダミノは手足と身体を縛られ、王妃の前の床に転がされた。
「この城に来てから挨拶もなく、のうのうとしているとはどう言う事じゃ。それも我が王を毎夜、誘っていると言うではないか」
アダミノは転がった身体で、頭を床に付けてお辞儀をした。
「大変失礼しました。私はただの捕虜でございます。王妃様に挨拶をするなど、恐れ多くて、恐れ多くて」
「捕虜だと。王が捕虜に誘われているとな」
「はい、私はただの捕虜でございます。王様のただの慰み者。あなたの嫉妬を受けるような者ではございません。ただ、部屋を与えられ、そこに捕らえられているだけです」
王妃は納得した訳ではなかったが、ただの慰み者と自分を蔑む女に何も言う事が出来ず、そのままアダミノは部屋に戻された。その夜、狩りから帰ったニカは、騒ぎを聞き、王妃の嫉妬を沈める為、毎夜訪れていたアダミノの部屋には行かなかった。その空いた夜にフールがやってきた。
「私がこの前来た翌日にお前は、ニカ様の女になったな。そんなにこの私の女になる事は嫌だったか?」
アダミノは自らフールへ顔を近づけ、小声で囁いた。
「いいえ、そうではございません。私は元々、ただの村娘。それがウィル様のご寵愛をいただき、妃になったのです。私は身分の高い男が好きなのです。失礼ですが、フール様とニカ様でしたら、私のような女は当然身分の高い方へなびくものです。あなた様がもし、王でしたら当然、あなたの元へ参りましたわ」
フールは、その言葉を聞くと、またニタニタと笑顔になった。
「そうか私が王になったら、そなたは私のものになると言うのか」
フールは上機嫌になり、そのまま部屋を出て行った。
アダミノがマーロ国に来て3年が経った。アダミノの部屋の扉、窓の外から掛けていた鍵が外され、城内を自由に歩けるようになった。ただし、城内から出る事は出来ず、ナイフや剣と言った武器になるようなものは、一切手に出来なかった。アダミノはニカの従順な愛人であった。王妃の嫉妬を一身に受けていた為、城中がアダミノを歓迎しなかった。アダミノはそれをよそに堂々とした態度ですごした。自由になり、この国の事が少し見えてきた。城の貴族たちは、豪華な衣服を身に纏っていたが、下女達は薄いボロボロの衣服だった。さらにその下女達に話を聞くと、民衆は高い税に苦しめられていて、商人は税を逃れる為、闇で商売をしていると言う。農民は税の為に、食べる物もなく働かされていると言う事だった。ニカの考えをそれとなく聞いてみると、ニカは民衆の生活には全く興味が無かった。国土を広げる為にはどうするかを常に考えていた。
そして、さらに3年が経った。アダミノは兼ねてからお願いしていた剣を持つ事を許された。アダミノが捕虜としてこの国に来たと言う事自体を、皆はもう忘れかけていた。フールは相変わらず、時々、アダミノを誘ってくる。アダミノはその度に「あなたが王ならば」と言う事を言っていた。
ある日、旅の修道士が城に訪問している事を侍女から聞いた。アダミノは、外の人間とは接触出来なかったが、修道士ならば教えを請う為にと会うことを許されてた。アダミノは修道士ならば他の国の様子を少しでも聞く事が出来る為、訪ねて来る修道士には必ず会っていた。さずがに外の人間と会うのをまだニカは警戒していて、修道士に会うときも広間で数名の監視が付いていた。アダミノは椅子に座り、少し離れたところに修道士は立った。その修道士はなんとサンがだった。アダミノが15歳で森を出てから会っていなかった。もう10年以上の月日が経っていた。
「お久しぶりです」
「お美しくなられましたな」
「ありがとうございます」
「お幸せですかな」
「ええ、修道士様、こちらへはどのような事でいらしたのですか?」
「この後ろに控える弟子を修道院へ送る為に旅をしています」
サンは、背後に控える修道士を指した。アダミノは頭を下げている修道士の顔をのぞいた。
「カーン……」
アダミノはその大きく成長したカーンを抱きしめたかったが、監視の前では叶わなかった。カーンは白く美しい顔で静かに微笑みをたたえていた。アダミノは感情を堪え、微笑んだ。
「お久しぶりです。立派になりましたね」
「いいえ、もったいないお言葉です。まだまだ修行の身ですので」
「……クロウは、どうされています? またお国はどうでしょうか?」
「クラレッタ様が昨年、ご病気で亡くなられました。ウィル様がいたく気を落とされています。しかし、ドゥルフ様が大分しっかりされて、よくお支えになってますよ」
「クラッレッタ様は残念です。でもドゥルフ様がしっかりされて来たと言うのは良かった……」
アダミノはクラレッタを思い、涙を流した。サンはその涙を拭こうと、アダミノにそっと近づいた。
「そして、クロウはあなたが捕らえられたすぐ後に、城に忍び込み……、一度、捕らえられました。その後、また最近、ウィル様が視察に出ているのを背後から狙っていたのを見つかり、再度牢へ入れられてしまいました」
「まあ」
アダミノはクロウを思い、また涙が出てきた。監視が泣いているアダミノを見て、何を話しているのかと近づこうとしてきた。
「まだ、しばらく滞在されますか?」
「いいえ、この者を修道院へ送りますので明朝、出立します」
「そうですか。では、送られてお帰りの際にはまたお立ち寄りください」
アダミノは立ち上がり、2人に近づき、一礼した。その際、カーンにそっと耳打ちした。
「本当に立派になったわ。身体に気をつけてね」




