5.クロウの来城
アダミノが城に来て2年が経った。クラレッタとドゥルフ王子の2人に信頼され、若い女剣士アダミノを城内で知らないものはいなかった。ガースとも打ち解けた。ガースは前王の時から仕えており、ウィル王の横暴な執政を知っていた。その時の事を少しずつ引き出そうとしたが、ガースはあまり語りたがらなかった。ただ、多くの臣下が城を出て行った事だけを哀しそうに語るだけだった。アダミノは、幸せな生活に酔いしれていた。美しく優しいクラレッタに仕える事が、幸せだった。そして、城で聞くウィル王の政務は実に的確で正当なものだった。アダミノは、村が焼かれた記億と森で過ごした5年間が夢でないかと思うことがあった。
7歳のドゥルフ王子の相手をするのが、アダミノは楽しくてしかたがなかった。ドゥルフ王子は日増しに大きくなった。朝のアダミノの稽古には、いつもドゥルフ王子がいた。
「アダミノ、昨日ね、遠い国から来た人と話をしたの。その人はいろいろな事を知っているんだ」
瞳をきらきらと輝かせながらドゥルフ王子は話をする。アダミノはその話を聞きながら、時々ティムを思い出す。
「ねえ、アダミノの家族はどこにいるの?」
ドゥルフ王子はウィル王とクラレッタの話をしていた時、そんなことを聞いてきた。
「いないのよ。皆、死んじゃったの」
「かわいそうだね。僕がアダミノの家族になってあげる」
ドゥルフ王子は悲しそうな表情を浮かべてアダミノを元気づけようと笑顔になった。
「ありがとうございます。でも恐れ多いですわ」
アダミノはやさしく言った。
ある日、クロウがアダミノに会いに城へやって来た。アダミノが城門まで迎えに行くと、上質ではないが小綺麗な服を身にまとったクロウは、似合わない笑顔をたたえて立っていた。アダミノは幼馴染で、5年間一緒に暮らしたクロウをまっすぐに見れなかった。アダミノは調理場の一角にクロウを座らせ、スープと肉を用意した。
「食べ物が欲しくてここに来たと思っているのか?」
「いいえ、でも食べてもらいたいの」
クロウは肉を見つめながら言った。
「お前がいなくて剣の相手がいないんだ。サンは弱いし、カーンは剣を絶対に持たない。最近は仕方ないから弓矢を訓練している。だから肉も結構食べているんだぜ」
クロウは寂しそうに笑った。
「今日は剣の相手をしてもらおうと来たんだ。お前をここに連れて行く時、奴も言っていたろう? 剣の相手が欲しければ時々城へ来いと」
アダミノはクロウを裏庭へ連れて行った。クロウは上着を大切そうに脱いだ。
「俺の一張羅だ。汚れたら大変だ」
クロウはそうに言うと、剣を構えた。アダミノもそれに応じた。2人はどちらも引かなかった。激しく剣が触れ、それを楽しむかのように2人は続けた。そして、アダミノが根を上げた。
「腕をあげたわね」
「お互い様だ」
2人は倒れ込み、空を見上げた。しばらく黙って空を見上げていたが、やがてクロウが起き上がった。アダミノの顔を覗き込み、アダミノに小さな瓶を握らせた。そして、耳元で囁いた。
「ウィルを殺すと言っていたのはどうした? 2年経ったぞ。俺が今夜潜んで殺そうか?」
「馬鹿な。そう簡単に近づけないわよ」
「じゃあ、簡単に近づけるように、お前がなるんだろ? そしたら、これを奴の飲み物に少しずつ混ぜろ。心の臓が弱くなっいく」
アダミノは握らされた小瓶をクロウの手のひらに戻した。
「毒などでは殺さない。殺すなら剣で殺すわ」
アダミノは立ち上がり、クロウに背を向けた。クロウは追ってアダミノの腕を掴んだ。
「では、殺せ。お前が殺さなければ俺がやる。狩に行く日を教えてくれりゃあ、木の上に隠れて弓矢で殺すよ。それなら近づかなくてもいいから俺にも殺せる」
アダミノは振り向き、クロウの耳元に囁いた。
「私が殺すの。あなたを罪人にはしない。あなたにはカーンがいるもの。私には誰もいない」
「わかった。でも、カーンの事は気にしなくていい、サンがいれば大丈夫だ。カーンはきっと修道士になる。俺がいなくても良いんだ。俺の助けが必要ならばいつでも言え。これからは時々来る」
アダミノはクロウの顔を見て笑顔を見せた。
「わかったわ、時々来て。ところでカーンとサンは元気?」
クロウの顔がやっと少し和らいだ。
「元気さ。あの2人は森をこよなく愛している。森にいるだけで幸せなのさ」
「そう、よかった。ねえ、クロウ、やっぱり少しスープを飲んでいって」
アダミノは、クロウを再び調理場へ連れて行った。クロウは今度はスープと肉に手をつけた。
「クロウ、これを少しだけれど持って言って」
アダミノは銅貨の入った袋を渡した。クロウは袋を返そうとしたが、アダミノは受け取らなかった。
「クロウが来る時の費用よ。服も必要だし、馬を1頭買えば来るのに楽でしょ? それにカーンも来て欲しいわ」
クロウは袋を握った。
「わかった。俺はこれで帰るよ」
クロウはアダミノの耳元にまた口を近づけた。
「お前がここにいる目的を忘れるなよ」
アダミノはクロウの瞳を見つめた。
「わかっているわ」
「それならいい。じゃあな」
クロウは、そうに言うと帰っていった。
それから数日後、クラレッタが倒れた。貧血が酷くなったと言う事だった。二ナとアダミノは交代でクラレッタの看病をした。ウィル王は毎日見舞った。アダミノはウィル王に近づける事が多くなった。ウィル王に後一足で触れられる場所に立つと、アダミノはいつもドキドキした。このまま剣をウィル王へ突き刺すことが出来るのだ。「今なら、いつでも殺せる」アダミノはそうに思うのだが、どうしてもドゥルフ王子の顔を思い出してしまう。「父上を亡くされたら、さぞ悲しむであろう。ここで殺したら、ドゥルフ王子は私のように私を恨むのだ。まだ幼い王子を悲しませるのは酷過ぎる。それに今は、母上も病にふしてしまっているのだもの」そんな思いがあって、アダミノは決行できなかった。
ある日、クラレッタが眠りについた時、ウィル王がやってきた。二ナもいなく、アダミノがおそばにいるだけだった。
「今、寝つかれました」
「そうか、そのままゆっくり眠らせてあげよう」
ウィル王は、近くの椅子にかけ、クラレッタの寝顔を眺めた。
「城にはすっかり慣れたようだね」
ウィル王は、アダミノに話しかけた。
「はい。皆さんとてもいい方なので、居心地が良いです」
「ドゥルフの剣も伸びた。それにしっかりしてきた」
「はい、聡明な王子様ですわ」
アダミノは頭を下げたまま、ウィル王の少し後ろに立っていた。そしてしばらく沈黙があった。
「……王妃は私の命だ。王妃がいなくなる事は考えられない」
アダミノはウィル王が優しく王妃の手を撫でるのを見た。
「私の心を変えてくれた。誰も信じられなかった心をだ」
その後、静かな時間が流れた。ウィル王の背中からクラレッタへの愛情が伝わってくるようだった。
「あなた、王の事をどう思う?」
ある時、回復してきたクラレッタが、いきなりアダミノに聞いた。アダミノは王妃の髪をとかしていた。
「立派でお優しい方です。クラレッタ様の事をとても大切に思われていますね」
「……そうね。私がいなくなったら、彼はどうなるのかしら? 心配なのよ」
クラレッタはそうに言うと哀しそうに微笑んだ。
「何をおっしゃるのですか?」
「この前のように寝込んでしまうとね、時々思うのよ。私はそう長くは生きられないと」
「そのようなお心ではいけません。お医者様は回復されたとおっしゃりました。病はお心から来るのですよ」
「そうね。心配するより、元気になる事を考えるわ」
クラレッタは、アダミノに明るい笑顔を向けた。




