4.城の生活
城で迎えた初めての朝、アダミノは、夜明け前に目が覚めた。城に来たと言う昨日の興奮がまだ続いていた。
「身体が動かしたいわ」
まだ、ニナは眠っていた。剣を持ち、そっと部屋を抜け出した。勝手口から裏庭に出た。昨日の朝、クロウと剣を合わせていた事が、ずっと前の事のように思えた。アダミノは独り、剣を振った。
「あなたは誰?」
突然、背後から声を掛けられた。振り向くと小さな男の子が、勝手口に座って頬杖をついていた。
「私はアダミノと申します」
男の子は寝巻き姿だったが、堂々とした態度からドゥルフ王子だとアダミノは悟った。
「あなたを知らない。どこから来たの?」
「私はベルデコリーナの西方の森から昨日、来ました。今日からクラレッタ様の侍女として仕えます」
「ふーん」
ドゥルフ王子は、頬杖をついたまま、目線を地面に移した。アダミノはどうしていいかわからず、ドゥルフ王子を見つめた。
「続けていいよ。続けて」
ドゥルフ王子は顔を上げ、にっこりと笑った。
「では、続けさせていただきます」
アダミノはお辞儀をして、続けた。少し経つと、下女達が働き始めた。いつの間にかドゥルフ王子はいなくなっていた。アダミノは部屋に戻ると、ニナは起きていた。
「起きたらいないんですもの驚いたわ。剣の稽古かい? 女なのにすごいねえ」
ニナは、アダミノの剣を見るとその使い込んだ柄をマジマジと見つめた。
「さあ、支度を整えて、仕事を教えるから」
ニナは笑顔をたたえ、アダミノに優しく服を渡した。
「ありがとうございます、ニナさん。先ほど、ドゥルフ様にお会いしました。ドゥルフ様はおいくつですか?」
「ドゥルフ様は、また勝手口辺りにいらっしゃったのかい? 今年4歳になるよ。下男下女の働く姿が大好きで、いつも調理場や馬小屋辺りにいるんだよ。お世話係にいつも怒られているんだ」
「そうなんですね。かわいらしい方でした」
アダミノは、弟のティムを思い出し、ドゥルフ王子にまた会いたいと思った。
アダミノはニナの言う事をよく聞き、仕事をすぐに覚えた。王室の決まりや作法がいろいろあり、それを覚えるのが少し大変だったが、森にいた時、サンが、クロウとアダミノにいろいろな作法を身につけさせていた。それに、母ノアから受け継いだ仕草が、今思うと王室で通用するものであった事に気がついた。それが役に立ち、森で過ごしていたにしては品があると皆に褒められた。アダミノは少し警戒し、時々わざと、田舎育ちの振りをした。お城での生活は順調で、ウィル王の側近のモリスが、時々鋭い目をこちらに向けてくる以外は、アダミノに敵などいなかった。本当に血にまみれた5年前の出来事が嘘のような日々が過ぎていった。アダミノは、このまま幸せに生活出来たらどんなに良いのだろうと感じた。クラレッタは時々、城下に忍んで行き、庶民の生活を見て回った。その時には、ニナとアダミノも変装をして付いて行った。クラレッタは、庶民の食べ物を食べ、時には畑まで行き作物の様子を見た。アダミノがウィル王に会う機会は多く無かった。クラレッタがウィル王に会いに行く時は、部屋の外まではついて行くが、部屋の中にはニナしか入らなかった。庭先や廊下でウィル王にすれ違う際は、ウィル王にも多くの付き人がいて、少し遠くで会釈をする程度だった。朝の剣の稽古は続けていて、ドゥルフ王子は毎朝、アダミノの剣を見ていた。輝くような瞳でドゥルフ王子はアダミノを見ていた。
そして半年が経った。ドウルフ王子は5歳の誕生日の祝いにとウィル王から小さな剣を渡された。ウィル王も5歳から剣の練習を始めたと言う事で、ドゥルフ王子に剣の指導係が付いた。屈強な大男のガースだった。皆、大いに喜び、ドゥルフ王子の剣の上達を願った。
ドゥルフ王子は誕生日の翌日からガースに剣を教わった。ウィル王とクラレッタは、息子の始めての剣の練習を見に来た。アダミノも一緒について来た。ガースは優しい男だったが、手が大きすぎて細かくドゥルフに教えるのが大変そうに見えた。ドゥルフ王子はガースの教えたように握ろうとするが、少し違っていた。それを直そうとガースはドゥルフ王子の手を優しく握り直そうとする。しかし、ガースの大きな手は大雑把にしか直せない。四苦八苦している様子を見て、クラレッタはケラケラと笑った。
「ガース、あなたにはその小さな手を思い通りにするのは難し過ぎるわ」
クラレッタはウィル王にお辞儀をした。
「あなた、失礼ですが、アダミノをガースの助手にしてはいかがでしょう? アダミノはもともと私の護衛兼侍女として仕えていますが、剣を振るう機会はほとんどありません。ドゥルフ王子のお身体がもう少し大きくなるまでは、アダミノぐらいの背丈の者がいた方が、より細かく教えることが出来るのではないでしょうか?」
「そうだな。それが良いかも知れぬ。私も剣を見込んで連れて来たのだから、少し剣を振るう機会を与えてあげなければだな。アダミノ、前へ」
「はい」
アダミノは城へ来て以来、久ぶりにウィル王の前に進み出た。
「我が王子、ドゥルフの剣の相手をしてくれるか?」
「はい、幸せな事でございます。お受けいたします」
「ガース、これよりドゥルフに稽古をする時は、アダミノを助手としてくれ」
ガースは、ウィル王の前に進み出た。
「恐れながら、女性に剣の助手をさせるとは、私は納得できませぬ」
ガースは、お辞儀で顔を下に向けているが、その表情は蒼白であった。
「アダミノは私が、見込んだ女剣士だ。そなたも私が見込んだ剣士だ。女剣士が気に入らぬと申すか?」
ウィル王の顔が、冷徹さを帯びた。クラレッタはそっとウィル王の腕に手を置いた。ウィル王はその手を眺め、表情をやわらかくした。
「アダミノ、剣を取るが良い。ガース、アダミノの腕を確かめよ」
ガースは剣を抜かなかった。アダミノは剣を抜き、ガースへ間合いを取った。
「私は、剣を抜かずにその女の剣を奪いましょう」
ガースは静かにアダミノを睨んだ。
間合いを取ったまま2人は睨み続けた。アダミノが先に動いた。ガースはアダミノの剣先を静かに避けた。アダミノは再び間合いを取った。今まで、アダミノの相手はサンとクロウだけであった。アダミノは、戦場で鍛え上げた肉体を持つ男に怯みそうであった。「怯んではいけない。私が前に出なければ、前に」アダミノは再び動き、1打目を避けられたのを確認し、すぐに2打目を出した。
「カキーン」
鋭い、剣と剣のぶつかる音が響いた。ガースが剣を抜いたのだ。アダミノは一度下がり、すぐに間合いの中に入っていった。ガースが、間髪入れずに攻めるアダミノの剣を避けるのにいっぱいいっぱいになるのが見て取れた。「ここで引けば、今度はガースが攻めてくる。その隙を攻めよう」アダミノは、ふっと下がった。読み通りガースは攻めてきた。「今だ」アダミノは攻めて空いたガースの脇腹を突いた。
「ザザッ」
アダミノの剣先がガースの脇腹のすぐ手前で止まったのと同時に、ガースの剣先がアダミノの脇腹のすぐ手前で止まった。「しまった。相打ち」
「そこまでじゃな」
ウィル王は、手を叩いた。
「よい剣であった。相打ちだ。ガース、良いな? アダミノを助手にする」
ガースは頭を下げて、頷いた。




