3.城へ
ウィル王の1団は50騎はいるだろう。その1番後ろに付いたアダミノは森からの道すがら従者にウィル王について色々聞き出そうとした。暴君なのだから従者もさぞ不満だろうと思っていたのだ。しかし、若い従者はウィル王に使えて3年だが、とてもいい王で身分の低い自分たちにも気を掛けてくれる優しい人だと言うのだ。
「でも、5年前は大勢の罪の無い人たちがウィル様の命令で殺されたと聞いています。私はずっと恐ろしい王様だと思っていました」
「ええ、確かにそんな事があったと私も聞いております。側近を皆殺しにしてしまったらしい事も聞いています。私はそれが信じられないくらい良い方ですよ」
従者は先頭を走るウィル王の背中を眩しそうに目を細めながら見ていた。
「ああ、そう言えば、ウィル様が変わったのはクラレッタ様のお陰だと聞いた事があります」
「クラレッタ様って?」
その時、視界が開けた。薄暗い森から出て前には広大な麦の畑が広がっていた。その金色の平原の向こうには城壁が見えた。その城壁の奥にはアダミノが幼い頃に夢見た城があるのだ。アダミノは早く城に行きたくて、思わず馬の腹を蹴った。馬が大きく前足をあげていななき、隊列からはずれて走り始めた。
「何をするんです」
「ごめんなさい。つい興奮してしまったわ。私は都に行くのが初めてなので」
従者が急いで馬を制したが、既に先頭のウィル王の真横まで走ってきてしまった。
「はは、そんなに楽しみなのか? では先頭を行くが良い」
ウィル王が馬の尻を鞭で叩いた。アダミノと従者の乗った馬はスピードを上げて黄金の大地を進んでいった。アダミノはもう夢中であった。早く早くと馬を急き立てた。城壁の門が開かれてアダミノは驚いた。大勢の人が道いっぱいに溢れ、道の脇には店が続いていた。果物や野菜、肉に酒、衣服や壷、武器などが店先に連なっている。人々は陽気に言葉を交わし、笑顔が広がっていた。アダミノは馬を制止させ、この穏やかな光景をただ呆然と眺めるだけであった。
「どうした? 我らが目指すは正面にある城ぞ。後ろがつかえている。さあ、進みなさい」
ウィル王が追いついて来て正面を指した。アダミノはその指す方向に目を向けた。ああ、城だ。父も母もその昔、あそこに行った事があるのだ。なんとりっぱな城だろう。
「さあ、城にはクラレッタ様が待っていらっしゃる。クラレッタ様にお仕えするとはなんと幸せな事でしょう。行きますよ」
従者も笑顔で城を指し、馬を走らせた。アダミノが近づくと城の門はゆっくりと開いた。そこにはアダミノが夢見た美しい城が間近にあった。庭は色とりどりの花が敷き詰められ、その奥に城の入り口があり、そこには数人のりっぱな服を着た男女が立っていた。その中央にとても品のある女性が立っていた。
「麗しきクラレッタ様ですぞ」
従者は馬を脇に寄せ、ウィル王を待った。ウィル王はすぐ後ろからやって来て、まっすぐに中央の女性の前に進んだ。
「お帰りなさいませ。狩はいかがでしたか?」
「お前の護衛を連れてきた」
ウィル王はアダミノを手招きした。
「狩に行って私の護衛を連れてきたなんて、また不思議な事」
クラレッタは、微笑みながらアダミノを見つめた。
「アダミノと申します」
アダミノは進み出て挨拶をした。王の后がこんな優しい目をしていることに驚いた。
「森の中で若い男と剣の稽古をしていたんだ。なかなかの腕前だ。お前はよく忍びで城外に出るからな、彼女を付ければ私も文句は言わん」
ウィル王がそうに言うと、クラレッタの横にいた小柄な男が一歩前に出た。
「森の中で見つけてきたなどと、素性をきちんと調べないといけません」
「モリス、病気で両親を亡くしたかわいそうな娘だ。それで十分だろう」
ウィル王はモリスと言う男に面倒そうに言った。その言葉を聞いたクラレッタがアダミノに近づき手を取った。
「かわいそうな方なのね。身内の方はいないの?」
「はい、弟も両親と同じ病気で亡くなりました」
アダミノは久しぶりに最後に見た弟の寝顔を思い出した。あの時、無理やりにでも起こして一緒に木苺を採りに出かけていればと悔やんでいた。不意に、アダミノはクラレッタに抱き締められた。
「まだ、お若いのにね。かわいそうだわ」
アダミノは、久しぶりに人の温もりを感じた。サンはよくカーンを抱き締めていた。人の温もりを感じ、鼓動を感じることは大切だと言っていた。クロウはそれを拒否し、アダミノにも人の温もりを感じることを拒否させた。人の温かさを知ると復讐心が薄れてしまうと思っていたのだ。アダミノはクラレッタの心臓の鼓動を感じた。そして、母を思い出した。
「王の言うとおり、私を守ってくださいね。今日から城の皆があなたの身内よ」
「お、お言葉、ありがとうございます」
アダミノはこの言葉を発するのがやっとだった。
アダミノは表向きは侍女として働き、クラレッタの護衛をすることになった。城にはたくさんの侍女がいる。まずはクラレッタの第1侍女の二ナに付き、侍女としての仕事を覚えることになった。二ナは侍女になって30年のベテランである。アダミノは二ナと同じ部屋を与えられた。古いがきれいに整えられた部屋だ。
「今日は疲れたでしょう。湯で体を洗い、休みなさい」
二ナもまた優しそうな母のような人だった。二ナはお湯を持ってきて、たらいに入れてくれた。二ナに言われるがままに湯を浴びた。
「傷やアザだらけだこと」
二ナはアダミノの体を拭きながら驚いていた。アダミノは二ナが両親を知っているかもしれないと思いながら黙っていた。アダミノの頭にはいろいろなことが渦巻いていた。ウィル王に復讐をすることが目的でやってきたはずであった。しかし、憧れていた城に入り、優しそうなクラレッタに会った。ウィル王を殺すとクラレッタを悲しませることになると思い、心が揺らいだ。ここに長居したらクラレッタの情に流されてしまうであろう。ウィル王を殺害するのは急がなければならない。
「あんたに似た人を知っている」
ふと、二ナが言った。
「えっ!」
「ノア様は、もう生きてやしないだろうけどね」
二ナは母ノアを知っているのだ。アダミノは唇を噛み締めた。涙が出そうだった。私は母に似ているのだ。でも、気が付かれてはいけない。ウィル王に反対して去った者が両親だと気が付かれてはいけない。
「クラレッタ様とウィル様は仲が良いのですか?」
アダミノは話題を変えようとした。
「ああ、仲が良いことは国中に拡がっていると思っていたが、あんた知らないのかい?」
「ええ、今まで森の中で人にあまり会わないで暮らしたものですから」
「へえー。そりゃあもう、ウィル様がベタ惚れだよ。ウィル様は5年前までは他人の言うことなんか聞かない人だったけれどね、クラレッタ様に会われてからお優しくなった。私も5年前まではいつ殺されるかと思っていたからね。今じゃ、いい国王様になられたわ。この国の民は皆、幸せだろうよ」
「そうなんですね」
アダミノは更に複雑な気分になった。
「さあ、きれいになったよ。明日からは早く一人立ちできるようにがんばってもらうからね」
「ありがとうございます」
アダミノは服を着て与えられたベッドに横になった。
これから城での生活が始まる。「そうだ、侍女をしながらウィル王を殺せるチャンスをうかがおう。確実に殺せるように、ウィル王の護衛官の隙を狙えるようにしなければならない。クロウによくやったと言わせてやるわ」そんなことを考えながら、アダミノは城での初めての眠りについた。




