2.森の住民
ベルデコリーナ村の近くの森の中には、円形に作られた広場があり、そこには小さな教会と墓地があった。
5年前、あの無残な事件の後、クロウが領主に無許可で木を切り倒し広場を作ったのだ。深い森の中で村の者しかやって来れない場所だ。クロウはあの日の翌日、荷車にクロウの両親、アダミノの両親とティムの死体を載せ、赤ん坊の弟カーンと、麻袋を抱え続けているアダミノを乗せ、ここへやって来た。そして、荷車を置き、10日間不眠不休で木を切った。アダミノはカーンが泣き出すと潰れた木苺を与え、それ以外はクロウが木を切るのをただぼうっと眺めていた。その時のクロウに何か計画があった訳ではない。怒りをぶつける場所がなく、ただ、ただ、樵の息子は木を切り続けたのだ。荷車に載せた死体は10日間そのままだった。死体が腐乱し悪臭を放つと、初めてクロウの腕が止まった。クロウは次に棺桶を作り始めた。
「都の奴らや王の手下の目の届く所に家族の墓を置きたくはないんだ。ここに埋めて、俺たちもここで暮らそう」
クロウとアダミノは一緒に墓を作り、3人で暮らす家を作った。小さな丸太小屋だが、神様に見守ってもらえるように、アダミノは屋根にクロスを付けた。
「あんな目に遭っても、まだ神を信じるのか?」
クロウは気に入らないようだったがそのままにした。そして、ある日、森の中でボロの聖職者の服を着た若い男が倒れているのを見つけた。その男はサンと言った。アダミノが水を与えると彼は元気を取り戻した。サンは都から来た聖職者だった。反ウィル王体制の貴族たちを抹殺する為に都にも火が放たれ多くの人が死んでいると言っていた。
「私も落着くまでここに居させてもらいたい」
サンは子供たちだけで暮らすこの地に腰を落着けた。サンは貴族で王の幼なじみだったそうだ。王の剣の相手もしていたそうだが、やはりウィル王のやり方に疑問を持ち、貴族としてそのうち刃を罪のない者に向けることになるのではと懸念して、聖職者になったのだそうだ。
そして5年の間、4人の森の住民は誰の抑圧も受けずに生活して来た。クロウはいつかウィル王に復讐すると言い、アダミノと共にサンに剣を習った。サンは剣よりも学問が大切だと2人に両方を教えた。カーンはまだ6歳だと言うのにサンの持っている聖書に夢中になった。アダミノは森の美しい空気で育った為か、森の精霊に愛された為か、柔らかい栗毛色の髪、美しい強気な瞳、麗しい唇の美女に育った。クロウの剣の相手をしているので傷が絶えないが野生的にスルリと伸びた肢体を持っていた。クロウは樵の父譲りの強靭な筋肉を持ち、闇のように黒い瞳と髪を持った若者に成長した。サンはやっと30歳を過ぎた年齢だったが、若者たちに自分の知識を教え、森の精霊たちの気を吸収していくにつれ、隠者の物静かさと、悟りを持った者にしか現れない優雅さを身に付けていた。クロウは復讐に取り付かれ、アダミノもそれに洗脳されていた。2人の剣の稽古は激しく、サンを既に超えていた。彼らはサンに言われなければ美しい森の木々や空を見上げることはなかった。カーンだけがサンと共に耳を澄まし、木々の音を聞き、鳥たちの鳴き声の変化に気が付いた。サンは時々、国の政情を知る為に旅に出た。
サンが出掛けて留守のある朝、カーンが言った。
「人が大勢こちらに向かってくる」
アダミノもクロウもそんな事は信じなかった。ここに来てからと言うものサンが迷い込んで来ただけで、誰も来た事がなかった。その日もアダミノとクロウは剣の稽古に夢中だった。カーンは森の中から広場のアダミノとクロウを見ている大勢の人たちを感じていたが、小屋の扉に寄り掛かり、静かに彼らを見守っていた。クロウが手に汗をかいて剣をわずかに滑らせた。その隙にアダミノは鋭くクロウの頬の横に剣を刺した。その瞬間、拍手が起こった。その拍手はだんだんと大勢の音になった。2人は驚いて見回した。木々の間から馬に跨った男たちが湧いて出て来た。カーンはうれしそうに2人に近づいた。
「僕の言った事、本当だったでしょう?」
クロウはカーンを引き寄せ、アダミノと背中合わせに剣を構えた。装束から見ると貴族たちであろう。狩に来たようで、皆、弓矢を背負っていた。その中で1番美しい濃紺の服に身を包んだ男が部下らしい男に何か小声で囁いた。部下の男は馬から降りると3人に近づいた。
「ここで暮らしているのか?」
クロウはじっと睨み答えない。
「僕たちは修行しているの」
カーンが落着き払って言った。
「何を修行しているんだい?」
「サンの知識をすべて教わるの。そしていつか復讐・・・」
カーンの口をクロウは押さえた。アダミノはカーンの代わりに話し出した。
「村で病気が流行り、家族が死に、残った者だけで病気から逃れる為にここまで来たのです。今は出掛けていますが、聖職者がここに住み着いてくれましたので、私たちは救いを求めて、そちらの方面の修行をしているのです。救いを求める事が家族を奪った病気への復讐なんだと、この子には言って聞かせているのです」
濃紺の服の男が前に出て来た。
「それでは剣は必要ないであろう」
クロウは上目遣いに男を睨んだ。
「その聖職者は剣が出来ますので教わりましたら私たちは夢中になってしまい、今のようにしているのです」
濃紺の男は穏やかな視線でクロウの鋭い眼光を見た後、アダミノに視線を移した。
「女剣士よ、なかなかの使い手と見た。私は城に住む者だ。なかなか物騒でね。もし良ければ、私の后の護衛になってくれないか? 君がいれば安心だ」
クロウの手に力が入るのを感じた。アダミノは素早くその手を押さえた。
「もしや、あなたはウィル様?」
「いかにも。狩場でこんな娘と出会えるとは思っていなかった。突然の申し出ですまないが、考えてはくれぬか? それから、そちらの若者、君もなかなかの腕だ。城に来て、護衛官になってはくれぬか?」
「俺は樵ザクの息子。王に仕える言われは無い」
「王に向かってなんて口を利く」
従者の1人がクロウに駆け寄ろうとしたが、ウィルはそれを制した。
「女剣士よ、そなたはどうする?」
ウィル王の言葉にクロウはアダミノを見た。クロウの瞳には憎しみしかなかった。
「私はお供します」
クロウはアダミノの胸倉を掴み小声で言った。
「何を言い出す? 親の敵に身を売ると言うのか?」
「いいえ、ねえ聞いて。復讐するにはまず近づかないと」
アダミノはクロウの腕を強く掴んだ。
「若者よ、女性に手荒なまねはしてはいけない。人それぞれに道を選ぶ権利はあるものだ。剣の相手が欲しければ、時々、城へ来ればよい。女剣士よ、決して悪いようにはしない」
ウィル王の言葉にアダミノは笑顔を向けた。そして、クロウに囁いた。
「私はうまくやるわ。あなたはカーンと一緒に時々は私に会いに来て。私は絶対にうまくやる」
アダミノは剣だけを持つと、従者の馬に跨った。




