10.歓待
アダミノは再びサンが来ることを心待ちにしていた。10日後にサンは現れた。前回と同じように、監視がいる中で面会した。
「弟子との別れは、辛かったでしょう?」
「いいえ、神に仕えることが出来る弟子に対して、辛いとは思いませんよ。むしろ、恨みを抱き続けて生きて来た私の友人たちを、どうにもしてあげられない方が、私には辛いです」
「クロ……、牢に入っている男の事ですね」
「いいえ、牢の男も気になりますが、私が、もっとも気になるのは、10歳の時に出会い、15歳の時に突然いなくなった少女の事です」
サンは静かな微笑みをたたえながら、アダミノの瞳を見つめた。
「彼女がいなくなってから5年後、彼女の様子を知りたくて、昔、意見の食い違いで仲違いをした友人を訪ねたのです」
「昔の友人の所には、彼女はいましたか?」
「いいえ、いない事は知っていました。既に彼女はそこから去っていました」
アダミノはサンが何を言いたいのかがわからなかった。サンはアダミノがこの国に来てからウィル王に会いに行ったのだ。
「では、なぜ、会いに行ったのですか?」
「友人が、彼女を取り戻す意思があるのかを知りたかったのです」
「それは確かめられました?」
「ええ、友人はいろいろ考えていました。ただ、確実に彼女を取り戻すのはかなり難しいようでした」
「それは残念ですね」
「はい、しかし、私は先日、彼女を見かけたのです。私は少し驚きました。私も友人も彼女が動けない身だと思っていたのです。彼女は制約はあるものの、ある程度は動くことが出来るようでした。そのことを友人に手紙で伝えると、友人は彼女に会いに行こうと決心したようです」
「修道士様は、友人が彼女を取り戻せるとお考えですか?」
「はい、愛があれば可能と思いますよ」
「そうですか。良いお話を聞きました。修道士様はいつ出立されますか?」
「はい、このまますぐにお城を出て、帰路を急ごうかと思います」
「そうですか。そう言えば、帰路の途中に山城がありますよね。あそこで見る月は格別ですよ。次の満月の辺り、あの辺りで月見をされる事をお勧めしますわ。出来ましたら、お話に出ていた友人でも誘って」
「ありがとうございます。お勧めのところならば、ぜひ、言ってみましょう」
その数日後、ニカの誕生日を祝う式典があった。皆が酒を飲み祝った。その夜も、ニカはアダミノの部屋にやってきた。ニカは、酔ったままアダミノのベッドにごろんと寝転び、寝息を立てた。アダミノはそのニカにそっと剣先を向けた。
「ニカ様、ニカ様、起きて下さい」
アダミノはニカを起こした。
「何を」
「今日は護衛の兵も皆、酔いつぶれていますでしょうから、あなたの首を持って逃げようかと思っています」
「そなた、私にあれだけ従順であったのに」
「私はあなたに従順だった記憶は無いですわ。すべてはこの日の為」
アダミノはあっさりとニカの首を取った。アダミノはニカの首を手にしたまま、部屋の外に出た。そこにはフールがいた。
「何をしている?」
「ニカ様があなた様の部屋にいる時は、フールはいつもここに居りました。アダミノよ、私を王にする為にここまでしてくれるとは」
フールはニタニタと笑った。アダミノは冷たくフールに剣を向けた。
「私がけしかけていたのに、王の座を奪う度胸など微塵もなかったくせに。私はハッシュの娘。将軍ハッシュを覚えているか? お前がガースにブノフを殺すように命じた時、匿っていた父、母、弟も一緒に殺された。私はお前を殺す」
フールはアダミノの言葉に、驚いた顔をしながらわめいた。
「何を勘違いをしている。ブノフを殺すように命じたのはウィルだ。私は命じていない」
「でも、そのように育てたのはお前だ」
アダミノは剣先をフールの鼻へ当てた。フールはその剣先を掴み、自身の顔をアダミノの顔に近づけた。
「でも、命じたのはウィルだ」
フールが必死に訴えたが、アダミノは一歩下がるとフールの首を切った。アダミノは2つの首を掴んだまま台所に行き、首を麻袋に詰めた。城中が酔い潰れていたが、廊下に落ちる血を誰かが気がついたようだ。アダミノが馬に跨り外に出る頃には、大騒ぎになっていた。裏門に数名の兵士とともに王妃が立っていた。王妃の目は釣り上がり、口はわなわなと震えていた。
「裏切ったな、そなた」
アダミノは馬上から答えた。
「裏切った覚えなどない。私はもとよりこの国に従属したことなど無い」
「相手は1人ぞ、やってしまえ」
アダミノに数十本の剣が向けられたが、すばやく馬を走らせ、逃れた。兵士たちが馬を用意して追ってくる前に出来るだけ遠くに逃げなければだった。アダミノはさすがに一国の王を殺して逃げおおせるとは思っていなかった。しかし、なんとしても、ウィル王にこの首を見せたかった。
「王よ。私の王よ。待っていてください。」
アダミノは走り続けた。追っ手が近づいて来たが森に入り木々に隠れながら一晩中走り、夜明け頃、追っ手をまいた。小川を見つけ、そのほとりで馬から降り、少し休息した。アダミノは、ずっと握り締めていた麻袋から手を離した。見ると麻袋からは、2つの首の血が滲み出て固まっていた。
その時だった。アダミノは、遠い過去を昨日の出来事のように鮮明に思い出した。
木いちごを来客に食べさせようとたくさん摘んだ。
麻袋に木いちごを入れ帰る途中、村から煙のにおいがしてきた。
麻袋を握り締め、必死に走った。
家に着くと父、母、弟がすでに動かなくなって横たわっていた。
麻袋を握り締めた為に、木いちごが潰れた。
真っ赤な、真っ赤な果汁が、麻袋から滴り落ちていた。
「ああっ」
アダミノは嗚咽した。両親と弟を殺された出来事は忘れていなかったのに、感情は風化していた。それが今、自身が殺した人間の血により、鮮明に蘇ってきた。
「ああっ。なんて私は愚かだったのだ。そうだ。フールが言っていた。ウィル、あの男の命令で、私が私の王と呼んだ、その男の命令で家族は殺されたのだ。いくらフールに操られていても、あの男が命令したのは間違いないのだ。私はその男を愛し、そしてこんな危険な事をしている。私は愚かだ。私は愚かだ」
アダミノは、声をあげて泣いた。その声は追っ手を引き寄せた。何頭もの馬の蹄の音が聞こえ、数本の矢が放たれた。アダミノは再び馬に跨り、小川を渡り走った。矢は常に放たれ、いつ当たってもおかしくなかった。アダミノは嗚咽したまま走った。明け方の冷たい空気の中、アダミノは夜着の薄いドレスのままだった。森の木々はアダミノの身体を容赦なく傷付けた。そのまま昼中、走り続けた。夜になりまた少し休息した。ニカの誕生日は十三夜だった。明日は満月である。アダミノは馬がもってくれることを願った。夜明け前に出発した。昼間また走り続け、夕方近くに、あの北の山城が見えてきた。もうすぐ国境であった。アダミノが私の王と呼ぶ男の印が入った旗が多数ひしめいていた。
「王よ、私の王よ」
アダミノは麻袋を頭上いっぱいに掲げた。「憎しみもあるが、私は彼を愛している。そうだ、そうなのだ」と思いながらアダミノは走り続けた。国境近くにはさすがに兵士が詰めていて、再び、アダミノは追われ、矢が雨のように飛んできた。ふと、追っ手の矢が止まった。ウィル王の軍勢が一斉に前進し、瞬く間にアダミノを囲み、そして追っ手の方へ進んだ。アダミノが味方に囲まれた途端、馬は衰弱して倒れた。その拍子にアダミノは大地にたたき付けられた。動く事が出来なかったアダミノを誰かが抱え込んだ。アダミノは目を開けてその人を見た。ウィル王であった。
「私の王……」
アダミノは、静かに握り締めた麻袋を掲げ、王に渡した。そして、気を失った。
その後、ウィル王の兵は攻め続け、一時はマーロ国を滅ぼす勢いだったが、ウィル王はそこで講和を結んだ。アダミノを許す代わりに領土を元の状態に戻すことで決着が付き、戦いは終わった。マーロ国の王家は滅び、ウィル王が指定した人物が王になった。
アダミノはその間、山城で休養をした。もう、そこから動かせる状態で無いほど身体が弱っていたのだ。致命傷は無くても木の枝と矢はアダミノに傷をいくつも負わせていた。ウィル王は、王妃の元侍女の二ナを呼び寄せた。二ナはアダミノの看病をしてくれた。ウィル王は、山城で戦いの指揮を取りながら、アダミノの様子をよく見に来た。そして、戦いが終わり、アダミノも少し回復したタイミングで凱旋をした。
凱旋の途中、民衆はウィル王にひれ伏し、同時にアダミノを称えた。アダミノは馬車の中でまだ寝た状態だったが、民衆の声が聞こえてきた。
「二ナさん、私、帰れて良かったわ」
「私も良かったよ」
二ナは涙を流して喜んでくれた。




