表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/1

一歩

4月4日生まれ、16歳。

この春から、僕は高校一年生になった。


球技はだいたい苦手で、何か胸を張れる才能があるわけでもない。勉強だって「そこそこ」という曖昧な場所に腰を下ろしている。通知表を色に例えるなら、鮮やかな金でも鈍い灰でもなく、雨上がりのアスファルトみたいな中途半端な色をしていた。


そんな僕が、この春から電車とスクールバスを乗り継ぎ、一時間かけて私立高校へ通うことになった。


その高校は小中高一貫校で、内部進学者も少なくない。入学初日から、教室のあちこちで会話の花が咲いていたが、そのほとんどは内部生同士だった。

「もう仲良くなってるのか」と思えば、大抵そうだった。


坊主頭のいかにも野球部らしい男子と、やたら背の高い内部生が、初日とは思えないテンションで肩を組んで笑っている。教室の空気だけ、もう何週間も前から新学期を始めていたみたいだった。


――一日目でそこまで行けるものなのか。


僕はただ、他人事みたいにその光景を眺めていた。


やがて担任らしき先生が入ってきて、学校生活についての説明を始めた。春休みの宿題を回収され、その内容から出題される「宿題考査」が数日後にあることも告げられる。

“自称進学校”らしい、妙に抜かりのない洗礼だった。


その後、大講堂で入学式が行われた。天井の高いホールには、新しい制服の匂いと、まだ誰のものでもない緊張が漂っていた。式が終わる頃には、僕の肩には知らないうちに疲労が積もっていて、その日の予定は午前だけだったのに、一日分を生きた気がした。


帰り道、偶然同じ高校に進学した中学時代の友達と並んで歩いた。


特別盛り上がる話をしたわけじゃない。けれど、沈黙が気まずくならない相手なんて久しぶりで、春の風に混じるその静けさが少しだけ心地よかった。


翌日。

僕は始発のスクールバスに乗った。


始発組は十五人ほどしかいない。学校に着くのは朝七時半。ホームルームまではまだ一時間もあるのだから当然だった。徒歩通学や自転車通学の生徒もいるし、こんな早起きを好む人間は少ない。


案の定、教室には誰もいなかった。


静まり返った教室は、水を抜いたプールみたいに空っぽで、僕の足音だけがやけに響いた。


暇を持て余した僕は、なぜか床掃除を始めた。入学二日目にしてもう汚れている床を、無言でほうきではく。誰に頼まれたわけでもないのに、そうしていると少しだけ落ち着いた。


三十分ほど経つと、少しずつ人が入ってきた。笑い声や机を引く音で教室が埋まっていく。でも僕は、話しかける勇気もタイミングも掴めないまま、ただ座って時間が過ぎるのを待っていた。


その日のホームルームでは、さっそく部活動紹介があると言われ、僕たちは再び“大講堂”へ向かった。


運動部から文化部まで、部活は五十近くあるらしい。次々に紹介が進んでいくが、どれもいまいち心に引っかからなかった。


――運動部は、もういいかな。


中学では剣道部だった。向いていたとは思わない。でも辞める理由も見つからなくて、三年間をなんとなく完走した。嫌いではなかった。ただ、熱くなれなかった。


文化部には少しだけ期待していた。


合唱部、百人一首部、茶道部、箏曲部。知らない世界の扉を、少しだけ開いて見せられているようだった。


そして、吹奏楽部の番が来た。


ステージ中央に立った部長らしき先輩が紹介を始めた瞬間、大講堂の出入り口という出入り口から、色とりどりのTシャツを着た部員たちが楽器を抱えて現れた。


まるで映画のワンシーンみたいだった。


照明を浴びた金管楽器の色が反射する。

カラフルな中に見える黒い木管楽器たちが目立つ。

大きなフォルムをしている打楽器たち。

「ワーン!ツー!ワンツースリーフォー!!」

掛け声と同時にドラムのスティックが鳴った次の瞬間、一気に音が押し寄せてきた。


流行りの有名曲だった。

ドラム、ギター、ベース、ボーカル

この4つで構成されているはずのその曲は数十種類の楽器によってドラムやギター、ベース、ボーカルの音を担当していた。どれも輝いていた。

けれど、その中で僕の心を真っ先に掴んだのは、低く唸るような音だった。


腹の底を震わせるように響くその音は、派手じゃないのに、確かに全部を支えていた。


ベースだ


その瞬間、胸の奥で何かが小さく跳ねた。


「ベースの音……めちゃくちゃかっこいい……」


気づけば僕は少しにやけていたと思う。客観的に見れば、かなり気持ち悪かったかもしれない。


でも、そのときの僕の頭の中には、もう吹奏楽部のことしか残っていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ