……うん、分かってるよ。
それから暫しして、再びこちらへ向き直る斎宮さん。心做しか頬がほんのり朱に染まっている気がしなくもないけど、それはともあれ――
【ときに斎宮さん。こうして些か怪しげに先輩方の様子を窺っている僕らですが、何か分かったことはありましたか?】
「うん、些かどころじゃないけどね。……でも、そうだね……今のところは、なんにも」
【……まあ、そうですね。見たところ、恐らくは平時と同様の活動をなさっているだけでしょうから。
それにしても……改めてですが、生徒会の方々は日々こうして、僕らの見えないところで学校をより良くすべく尽力してくださっているのですね。一方……僕らときたら、そのような素晴らしき方々をまるで張り込むような浅ましい真似を――】
「いやそっちが言い出したんだよね!? ……いや、だからあたしは悪くないってわけじゃないけど……それでも、よもや発案者にそんな呆れた表情で言われるとは思わなかったよ」
僕の言葉がよほど心外だったのか、目を大きく見開き不服を述べる斎宮さん。それでも、努めて小声で話す冷静さは流石だと思う。まあ、彼女の言うように実際僕が言い出したんだけど。……うん、今更ながらちょっと罪悪感。
――ただ、それはそれとして。
【……ところで、斎宮さん。僕から提案しておいてなのですが……どうやら、周囲に生徒も増えてきたようですし、ひとまずはこの場から離れた方が良いかもしれません。このような僕ら二人の様子を誰かに目撃されてしまえば、それこそ不都合な噂が流れてしまうかもしれませんし】
「……不都合な噂って……例えば?」
「……えっと、それはほら、あの……」
些か逡巡を覚えつつ提案すると、どこか窺うように尋ねる斎宮さん。……えっと、口では説明しづらいといいますか……いや、文字でもしづらいけど。
と言うより……そもそも、僕などが言わずとも斎宮さんならとうに理解していそうなものだけど。意中の人に想いを伝える過程で……その、他の人とそういう噂になってしまうのが甚く都合の悪いことくらい、彼女ならとうに理解していそうなものだけど。……それに、郁島先輩の件を除いても……その、僕なんかとそういう関係だと思われるのは頗る心外のはず――
(……まあ、あたしは良いけどね。別に、噂になっても)
【……えっ、それは駄目でしょう。郁島先輩に誤解を受けてしまいます】
「いや聞こえてたんかい!! そこはほとんど聞き取れずに『えっ、なんて?』『……ううん、なんでもない』ってなるのが定番の流れじゃないの!?」
「……いや、そう言われましても」
すると、どうしてか目を見開きそんなことを尋ねる斎宮さん。……いや、だって聞こえちゃったのに『えっ、なんて?』は流石におかしいし……そもそも、良くはないよね?
「……えっと、何と言うか……ほら、仮に噂になったとしても、所詮噂は噂っていうか。どこの誰が流したかも分からない、まるで信憑性のない戯言なんて会長はきっと信じないかなって……」
「……ああ、なるほど……」
少し目を背けつつ、どこか覚束ない口調で話す斎宮さん。彼女にしては些か珍しい様子かと思えるけど……だけど、その言葉自体は一定の納得を得るもので。
確かに、あの会長さんなら……いや、会話どころか目を合わせたことすらないであろう僕がこんなふうに語るのもどうかとは思うけども……それでも、あの会長さんなら確固とした証拠もない噂など、全く以て相手にしない気もするし。……まあ、そうは言ってもやはり、彼の耳に余計な情報など入れないに越したことはないけど。
ともあれ、その後も暫し二人怪しげに室内の様子を窺っていたものの、これといった収穫もなくこの日はお開きとなった。帰り道、隣を歩く斎宮さんのどこかホッとしていた様子が気になったけど……まあ、分からないでもないか。例の噂――郁島先輩に恋人がいるという噂の真偽が明らかにならなかったことに、ひとまず安堵を覚えているのかも。
「……ふぅ、ちょっと一息」
帰宅後、リビングにて。
横長のテーブルにそっと鉛筆を置き、だらんと後ろに倒れそっと目を瞑る。……うーん、どうにも苦手なんだよね、ベクトル。
そっと窓の外へ視線を移し、茜色に染まる空をぼんやり眺める。それにしても……やっぱり、楽しいな。斎宮さんとお話しするの。明日も、明後日もこんな日が続くと良――
『……実は、告白したい人がいるの』
ふと、胸の奥が疼く。……うん、分かってるよ。彼女のために、僕に出来ることがあるとすればきっとこれくらい――彼女の恋を、微力ながら全力で後押しすることくらいだって。だから……だから――
「……僕なりに、頑張るから……ちゃんと、応援するから……だから……これからも、どうかよろしくお願いします……夏乃ちゃん」




