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声にならない想いを乗せて  作者: 暦海


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……ほんと、悩みが尽きないなぁ。

「――ありがとうございました、またお越しくださいませ!」



 ある休日の15時頃。

 琴乃葉月にて、一組の若い男女のお客さんを笑顔で見送るあたし。きっとカップルだろう。すごく仲良さそうだし、何より腕を絡めてるし。……いつか、あんなふうになれるのかなぁ……あたし達も。


 ちらと、厨房の方へと視線を向ける。このお店の構造上、厨房の中はホールから見えないようになっているので、ここからじゃその姿までは見えないのだけど――それでも、今も真摯に仕事に向き合っている姿はありありと想像できて……うん、あたしも頑張ろう!



「……それにしても、夏乃かのちゃんも朝陽あさひくんも、ほんとに良いの? まあ、ほんと今更だし、お店としてはすごく助かるんだけど」

「はい、大丈夫です蒼奈あおなさん! それと、新里にいざとも大丈夫ですよ。あたし達、普段から勉強してますから!」

「……ありがと。二人とも偉いね」


 少し手が空いたタイミングで、ふと申し訳なさそうに尋ねる蒼奈さん。何の話かと言うと、もうすぐ――具体的には、二日後の月曜日から期末試験なのにこうして勤務してることについてで。


 だけど、申し訳なく思う必要なんてない。彼もあたしも希望して――まあ、流石に普段より時間は少なめにしてもらってるけど――それでも、こちらが希望して働いてるわけだし。それに、こう言っては反感を買ってしまうかもしれないけど……テスト前に完全に仕事を休みにしなきゃいけないのって、普段から勉強してないからだと思うし。



 ともあれ、そういうわけで勉強も仕事も頑張るあたし達なのだけど――



「――こんにちわ〜、あの子いる?」

「……えっと、そうですね」


 不意に届いた、あたしのやる気に水を差すような猫なで声。いわゆるロリータファッションに身を包む、あたしと同年代くらいの女の子だ。……いやまあ、声に対して気が削がれてるわけじゃないんだけど。でも、この子は――


「……申し訳ありません、お客さま。新里は本日、不在でして……」


 すると、たどたどしいあたしに代わり彼女の応対をしてくれる蒼奈さん。ところで、蒼奈さんが彼を新里と呼ぶのは中々に違和しかないけれど……どうやら、こういう状況においてはそれが正しい作法とのこと。なので、仮にこういう状況であたしが蒼奈さんのことを話す場合は、『申し訳ありません、水無川みながわは――』などと言うことに……うん、ほんと違和感しかないね。


 ――まあ、それはともあれ。


「……ほんとに〜? なんか、向こうにいるような匂いがするんだけど〜」

「……ご期待に添えず、申し訳ありませんお客さま。ですが、先ほども申し上げたように新里は本日、不在でして……」


 なおも猫なで声で尋ねるお客さんに、顔を引き攣らせ返答をする蒼奈さん。先ほど、声に対し気が削がれたんじゃないとは言ったものの……うん、やっぱりちょっとウザいかな。そして、この感じでまた彼に近づくようなら……うん、いよいよ出禁かな。



 ともあれ……まあ、このように彼目当てに来るお客さんが結構な数いるわけで。と言うのも――彼は基本ずっと厨房に籠もりっきりで、ホールに出てくることはほとんどない。そういう稀少性も相俟ってか、ごく稀に姿を見せる調理担当の美少年が何やらちょっとした噂になっているようで。……うん、彼には申し訳ないけど、こんな状況が続くようならちょくちょくホールに出てきてもらって……いや、止めよ。それはそれで、どうせ人気出そうだし。



 その後、どうにか蒼奈さんがごまかし切ってくれたようで、その子は不服そうに店を後にしていった。……まあ、折角来てくれたのに申し訳ない気がしないでもないけど……でも、彼と会うことを目的に来られても困るわけで。そもそも、彼は接客が苦手だから厨房に籠もってるわけだし。


 そして、申し訳ないといえば、蒼奈さんに対しても。結局、一人で応対してもらったわけだし……でも、仕方ないのかな? 二人で応対してたら、他のお客さんの応対が出来ないわけだし……蒼奈さんがごまかしてくれてる間に、今は厨房から絶対に出ないよう彼に伝える必要もあったし。その際、彼はありありと疑問符を浮かべていたけど……まあ、そりゃそうだよね。理由を説明してないんだし。





「――お疲れさま、朝陽くん、夏乃ちゃん。今日もありがとね」

「「いえ、お疲れさまです蒼奈さん」」


 それから、数時間経て。

 蒼奈さんの言葉に、いつもながら息ぴったりで答えるあたし達。あの件でどっと疲れたものの、やっぱりここでの仕事は楽しい。下手に長期休みなんて入れちゃったら、むしろ勉強が捗らないと本気で思うくらい。


 ともあれ、オレンジ色が疎らに映る空の下を歩いていく。他愛もない話に花を咲かせながら、彼と共に歩いていく。こんな何でもない時間が私はすごく好きで、大切で……彼も、同じように思ってくれてると良いな、なんて思ったり。


 ……ただ、それはそれとして――



「――ちょっとモテるからって、調子に乗らないこと! 新里なんて、全然大したことないんだからね!」

「急にどうしました!?」



 突如そう言い放つあたしに、目を大きく見開きツッコむ彼。……まあ、実際はちょっとでもなければ、大したことないこともないんだけど……ほんと、悩みが尽きないなぁ。





 

 

 

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