勉強会
「――さて、どれからにする? やっぱどら焼き? それとも――」
「いや食いもんのことかよ。どれからって言うから教科のことかと思ったわ」
【……あはは、まあ、腹が減っては戦は、とも言いますしね】
それから、数日経て。
ニコっと微笑みそう尋ねる斎宮さんに、少し呆れたような微笑でツッコむ日坂くん。本日も楽しそうで何よりです。
さて、僕らが今いるのは空き教室でもカラオケでもなく――なんと、斎宮家の中。そして、その二階に在する本物の斎宮さんお部屋で……いや、偽物とかいないけども。
――ともあれ、事の経緯はというと。
『……ねえ、新里。その……もし良かったら、今からあたしの家に来ない?』
『…………へっ?』
数十分ほど前のこと。
空き教室にて、不意にそう尋ねる斎宮さん。そんな思いも寄らない問い掛けに、僕は――
【……あの、斎宮さん。ですが、僕はまだ斎宮さんのお家に伺う資格を取得していなくて……】
『いやいらねえよ。あたしの家に来るための試験なんてねえよ』
控えめにそう尋ねると、何とも呆れたように答える斎宮さん。話を聞くに、どうやら彼女のご自宅で一緒に勉強――来週の期末試験に向けての勉強をしないかとのご提案で。うん、それなら納得……なのかな?
ところで、斎宮さんの中では彼女と僕の二人で、というつもりだったらしいのだけど……日坂くんを誘っても良いかと、僕の方から尋ねてみたわけで。それは、日坂くんがいたらいっそう楽しいだろうという気持ちもあったからだけど……それ以上に、そうしなければならない理由があったから。斎宮さんと日坂くんの復縁を後押しする――それが織部さんとの約束だし、それ以上にきっと僕がその展開を望んでいるから。
ともあれ――僕の申し出に、最初は少し複雑そうな表情を見せた斎宮さん。だけど、少し間があった後ニコっと微笑み承諾してくれた。そんな彼女に対し、僕は――チクリと、身勝手な胸の痛みを覚えて。
「――さて、ひとまず腹拵えもしたことだし……次は何する?」
「いや勉強だろ。そのために呼ばれたんじゃなかったっけ、俺」
「ああ、そうだそうだ。いやー基本勉強って一人でしてるから、こうして人がいると勉強って発想にならないよね」
「いや、じゃあなんで呼んだんだよ。まあ、気持ちは分からなくもねえけど」
【……はい、僕も少し分かります。僕も、基本勉強は一人でするイメージなので】
ともあれ、20分ほど経て。
出して頂いたお茶菓子を嗜みつつ、他愛もない話に花を咲かせていた僕ら。うん、ほんとに美味しかった。特に、あのどら焼きはあんの甘さが絶妙で……いや、勉強しにきたんだけどね。尤も、こうして三人で一緒にいるだけで十分楽しいので不服なんてないんだけども。
「――では、問題。平安時代中期に成立した、日本を代表する古典文学『源氏物語』の作者は?」
「……なんか、随分と簡単じゃね? そりゃ、む――」
「――紫式部、ですが……1001年に亡くなったとされる、紫式部の夫の名前は?」
「それって試験に出んのか!? あと、まだ答えてねえんだけど俺」
【……えっと、藤原宣孝、でしたっけ?】
「おお、正解!」
「いや分かんのかよ」
その後、ほどなくして。
何とも和やかな雰囲気で、本来の目的たるテスト勉強を始める僕ら。折角なので複数でなければ出来ないことをしようという話になり、誰かが問題を出して、二人が答えるという定番かつ僕にとっては頗る新鮮な時間を過ごすことに。……うん、すっごい楽しい。
その後、問題を出し合ったりお茶菓子を嗜んだり他愛もない話に花を咲かせたりと本当に充実した時間を過ごし、数時間後――
【……そろそろ、お暇する時間でしょうか】
「だな、もう日も暮れてきたし」
「ありゃ、ほんとだ。もっと話したかったけど仕方ないね」
そんな僕の言葉を皮切りに、本日はこれにてお開きとなる流れに。もちろん、僕ももっと話していたかったけど……でも、あんまり遅くまでお邪魔するわけにはいかないしね。
それから、日坂くんと僕、そして玄関まで送ると言ってくれた斎宮さんの三人で一階へ降り――
「――おや、巧霧くんかな?」
ふと、耳に飛び込んできた柔らかな声。少し驚いて視線を向けると――
「……その、お久しぶりです……博人さん」
「ふふっ、やっぱり少しくすぐったいね、若い子からそう呼ばれてしまうと。うん、久しぶりだね巧霧くん」
少し緊張した様子で挨拶をする日坂くんに、声に違わぬ柔らかな微笑で答える男性。丸眼鏡のよく似合う、知的な雰囲気の男性だ。そして、何処か斎宮さんと重なる雰囲気を感じるけど……あながち、気のせいというわけでもないだろう。彼は、他でもない斎宮さんのお父さまなのだし。
まあ、それはそうと……うん、すごいね日坂くん。他の人の親御さんを、よもやファーストネームで呼ぶなんて。僕なんかじゃ絶対にできな……まあ、他にどう呼べば良いか分からないからという話であれば、僕も重々理解でき――
「……あれ……ひょっとして、朝陽くんかい?」




