朝陽先輩と私
「――おや、どうしたんだい海紗凪。なんだか元気ないねえ」
「……あ、おばあちゃん。ううん、そんなこ……あ、ありがと」
ある平日の薄明の頃。
心地好い風鈴の音が響く縁側に腰掛け一人ぼんやりしていると、暖かいお茶を差し出しながら柔らかな声で尋ねてくれるおばあちゃん。それほど表面に出していたつもりはなかったのですが……流石はおばあちゃん、やっぱり分かっちゃうんだね。
そして、その理由は今日のこと……ではなく、およそ一週間前――あの体育祭に関してで。
「……うん、美味しいよおばあちゃん」
「そうかい、それは良かったよ」
ともあれ、おばあちゃんの淹れてくれたお茶を嗜みつつ二人縁側に腰掛ける。うん、やっぱりおばあちゃんのお茶は最高です。
「……それで、何か悩みでもあるのだろう? おばあで良ければ、話してみなさい」
「……ううん、何でもないよ。ありがとう、おばあちゃん」
すると、声音に違わぬ柔らかな微笑で尋ねてくれるおばあちゃん。もちろん、その気持ちは凄く嬉しい。だけど……いや、だからこそ心配は掛けたくなく――
「もしかして、朝陽くんのことかい?」
「……っ!! なんで……」
「なんでも何も、それは分かるよ。だいたいは、朝陽くんのことだからねえ。海紗凪が悩んでいる時も、楽しそうにしている時も」
「……そんなに、分かりやすいかな?」
控えめにそう尋ねると、柔らかな微笑のままゆっくりと頷くおばあちゃん。……やっぱり、敵わないなあ。
「……ありがと、おばあちゃん」
「お礼なんていらないよ、海紗凪。私に出来るのは、こうして話を聞いてあげることくらいだしねえ」
「……ううん、それがすごく嬉しい。だから、改めてありがと」
話を終え感謝の意を伝えると、穏やかに微笑み答えるおばあちゃん。言葉の通り、おばあちゃんからすればお礼を言われるようなことなどしていないつもりでしょうけど……でも、私からすれば十分に感謝すべきことで。他の人が聞いてもとりわけ面白くもない話を、こうしていつでも親身になって聞いてくれる……そんな包み込むような優しさに、今までどれだけ助けられてきたか、きっと伝えても伝えきれなくて。
……ところで、こんなふうに優しく親身に私の話を聞いてくれる人はもう一人いるのですが……まあ、流石に本人に話すわけにもいかないですし。
「…………ふぅ」
それから、数時間後。
もうすっかり夜の帳が下りた頃、自室の畳にゆったり背中を預け仰向けになる私。改めて振り返ると、今日は良い日だったと思う。おばあちゃんに話を聞いてもらったのもそうですけど、先輩との鴨川デート自体はすごく楽しいものでしたし。……まあ、彼はデートなどとは認識していないでしょうけど。なんですか、あさいーセットって。……まあ、それはともあれ――
「…………なんで」
ふと、そんな呟きが洩れる。おばあちゃんには、色々と話を聞いてもらいましたが――それでも、全てを話したわけじゃない。いや、正確には……全ての感情を曝け出したわけじゃない。だって……流石にあの優しいおばあちゃんに、こんな感情を見せるわけにはいかなかったから。今も、心の中をぐるぐると渦巻くこんな真っ黒な感情を。
「……なんで、斎宮先輩なんですか。なんで、私じゃ駄目なんですか……朝陽先輩」




