緊張が解れるおまじない?
【……ふぅ、緊張してきました。こういう時は、あれですね、人という字を書いて飲み込めば良いといいますよね……それでは――】
「いや物理的に飲み込まないでください。人という字を書いた紙そのものを飲み込もうとするのは控えてください。病気になりますので」
「…………はっ! あっ、はい……」
昼休みを終え、数十分後。
グラウンド隅の方にて、メモ用紙に手を掛けた僕の手をさっと掴みそう話す織部さん。……うん、よく分かったね。僕が用紙ごと飲み込もうとしたことを。
【……ところで、織部さんは緊張などなさってないですか? 人という字を飲み込まなくても大丈夫ですか?】
「どんだけ信用してるんですか、そのおまじない。生憎ですが、私はそういった眉唾物にはさほど関心がないので」
「……そ、そうですか」
そう尋ねるも、言葉の通り関心がないといった様子で答える織部さん。……うん、僕も言いながらそうタイプかなとは思ったけど。
ただ、それにしても……凄いな、織部さんは。僕なんて、こんなに緊張してるのに彼女は――
「……私も、緊張していますよ」
「……へっ?」
すると、僕の心中を読んだかのようにそう口にする織部さん。そして、そっと僕の手を取り……へっ?
「……なので、手を握っていて頂けませんか? 朝陽先輩の温もりを感じていれば、きっと緊張も解けてくれると思うので」
「……織部さん」
そう、柔らかな微笑で尋ねる織部さん。……正直、僕なんかにそんな素敵な能力が宿っているなんて到底思えない。それでも――
【……分かりました、織部さん。貴女の緊張が解けるまで、決してこの手は離しません】
「……ふふっ、ありがとうございます先輩」
そう伝えつつ、その華奢な手をそっと握る。すると、少し驚いた表情を浮かべた後、花のような笑顔で謝意を告げてくれる織部さん。……うん、こんな僕でも少しでも役に立てるのなら……まあ、僕の緊張はむしろ高まっちゃってるけども。
ともあれ、いったい何をそんなに緊張していたのかというと――
『――それでは、クラス対抗による応援合戦を開始します。参加者の皆さん、所定の位置への移動をお願いします』
ふと、そんなアナウンスが鳴り響く。――そう、次の種目は応援合戦。去年は傍観するだけだったけど、今年はこのために日々練習に励んでいた。不安や緊張は頗るあったし、今だってそうだけど――それでも、参加して良かったと心から思えるほど充実した日々だった。なので、それは良かったのだけど――
「――ねえ、朝陽先輩。折角ですし、このチーム……いえ、全チームの中で一番目立ってやりましょう」
そう、僕の手を握ったまま悪戯な笑みで告げる織部さん。……うん、そうなんだよね。何故か、先頭の列という甚だ目立つであろう位置で踊ることになっちゃったんだよね、僕ら。
「――すっごく良かったよ、新里! ほんと、いつものおどおどキョドキョドした新里とは思えないくらい」
【……あ、ありがとうございます斎宮さん。その、斎宮さんも凄くかわ……素敵でした!】
「……うん、なんかごめんね? 出来ればツッコんでほしかったんだけど……うん、一応言っとくけど冗談だからね? あと、その言いかけた言葉がもの凄く気になったり」
それから、一時間ほど経て。
僕の返答に、どうしてか謝罪を――そして、最後に何処か不満を覗かせつつ話す斎宮さん。織部さんには言ったくせに――心做しか、ポツリとそんな呟きが聞こえた気もするけど……えっと、何のことだろう?
さて、何のお話かというと――まあ、言わずもがなとは思うけれど、先ほど終えた応援合戦に関してで。
「ところでさ、新里。どこのチームもほんとに良かったし、こんなこと言うのも無粋だとは思うけど……もしこれが勝負だったら、どこが勝ってたと思う?」
【……えっと、そうですね……】
すると、逡巡した様子でそう問い掛ける斎宮さん。彼女自身が言ったように、無粋な質問だと思っていることが窺える。でも、別に無粋だとは思わない。むしろ、何に対しても真剣に向き合う斎宮さんらしいとすら思うくらいで。
さて、今しがたの彼女の言葉からお察しかもしれないけど――当校の体育祭のおいては、応援合戦による勝敗はつかないことになっている。尤も、その理由は定かでないのだけど……でも、仕方がないのかな、とは思う。他の競技――リレーや玉入れのように明確な勝敗の基準があるわけじゃないから、誰かが自身の判断で決めることになるのだろうけど……うん、正直決めづらいよね。正直、僕だったら丁重にお断りしたいし。
「……それでさ、新里。もし嫌じゃなかったら、一番良かったと思うチームをせーので一緒に言わない? もちろん、嫌じゃなかったらだけど」
【はい、嫌じゃありませんよ斎宮さん】
「……そっか、良かった。あっ、一応言っとくけど自分のチームもオッケーだから」
そう、言葉通り安堵したような表情の斎宮さん。別に気にしてくれなくて良いのに、優しいなぁ斎宮さん。
ともあれ、一番良かったと思うチームだけど……先ほど彼女が言ったように、どのチームも本当に良かった。手前味噌ながら、自分のチームも。なので、一番を決めるというのは本当に難しい。難しいのだけど――
「――E組!」
「――B組!」
せーのと言う掛け声の後、それぞれ口にしたのは互いのチーム。斎宮さんがE組を、僕がB組をそれぞれ――
「――ふふっ。正直、なんかそうなるかなって思った。あっ、別に気を遣ったわけじゃないからね?」
【……はい、僕もです】
すると、可笑しそうにそう話す斎宮さん。僕も少し可笑しくなりお互い笑い合い、そしてお互いに感謝を告げる。そして――
「……ねえ、新里。来年は、同じチームでやりたいね」
――そう、太陽よりも眩しい笑顔で告げた。




