借り物競争
「――さて、次は私の番です。しっかり応援お願いしますね、朝陽先輩?」
【はい、もちろんです織部さん】
それから20分ほど経て。
徐に立ち上がり、軽いウインクと共にそう口にする織部さん。次は彼女が出場する競技、借り物競走です。そして、僕にとっては少し苦い思い出のあるあの借り物競走です。なので――
【……あの、織部さん。余計なお世話かとは存じていますが……その、もしお題が友達で途方に暮れてしまったら、是非とも僕――】
「いやほんとに余計なお世話ですよ。これでも、ご友人くらいいますから――先輩と違って」
【……そ、そうですか。それなら良いのですが】
すると、僕の言葉に被せる形で呆れたように話す織部さん。……うん、そうだよね。僕と違って……いや、僕だって今はいますよ? ご友人。……いるよね?
まあ、それはともあれ……うん、やっぱり失礼だったよね。ただ、それでも――
「――それに」
それでも、心配で――そんな僕の思考を遮る形で前置きをする織部さん。そして、少し歩みを進めた後、さっとこちらを振り返り――
「――それに、朝陽先輩が友達なんてまっぴらごめんですので」
「……まっぴらごめん、か……」
「ん? 何か言った? 新里」
「あ、いえ何でも……」
それから、10分ほど経て。
競技前の集合場所へ向かう織部さんを見送った後、E組所定の場所にてそんなやり取りを交わす僕ら。10分ほど前まで織部さんと話していた、E組所定の場所にて。
……うん、正直だいぶ迷った。わざわざ聞かなくてもいいと思うし、そもそもまだ聞いてないのだから今から留める選択肢もある。……ただ、それでも――
【……あの、すみません。その、つかぬことをお伺いしますが……どうして、斎宮さんがこちらに?】
そう、控えめに尋ねてみる。すると、隣に――先ほどまで織部さんがいた位置に、いつの間にやら悠然と腰掛けているボブカットの美少女は、
「あれっ、来ちゃ駄目だった? 別に、他のチームのスペースに入っちゃ駄目なんてルール、なかったと思うんだけど」
そう、悪戯っぽく微笑み告げる。まあ、確かにそんなルールはないし、僕としても斎宮さんが隣にいてくれることは嬉しいのだけど……うん、良いのかな?
あと……繰り返しになるけど、彼女が隣にいてくれるのはもちろん嬉しい。もちろん、すごく嬉しいのだけども――
「――ふふっ、仲良しだねお二人さん」
「はい!」
ふと、前におはする女子生徒――応援団の練習でもお世話になったE組の先輩が、何とも楽しそうな笑顔でそう口にする。そして、そんな彼女に負けないくらいの眩い笑顔で答える斎宮さん。……うん、やっぱりちょっと恥ずかしいね。
――まあ、それはそれとして。
『――それに、朝陽先輩が友達なんてまっぴらごめんですので』
10分ほど前、織部さんから告げられた言葉。……まっぴらごめん、か。まあ、好き好んで僕と仲良くしたいなんて人はそうそういないと分かっているけど……それでも、多少なりともショックなのは否めなくて。僕の思い上がりだったのかもしれないけど……こんな僕とでも、彼女は仲良くしてくれていると――
「――朝陽先輩」
「…………へっ?」
沈んだ思考の最中、不意に届いた声にハッと顔を上がる。すると、そこには何処か悪戯っぽい笑顔を浮かべる織部さんの姿が。そして、徐に手を差し出し――
「――貴方を借りに来ました。是非、一緒に来て頂けますか?」
「……へっ? あ、はい……」
唐突な織部さんの申し出に、戸惑いつつ承諾の意を示す僕。……いや、もちろん良いんだけど、いったいどんな――
「……ねえ、織部さん。一応、紙を見せてもらえないかな? お題の書かれた紙を」
すると、僕と同じ疑問を抱いたのか、隣からそう問い掛ける斎宮さん。だけど、その表情は何処か険しく……えっと、どしたの?
「……別に、斎宮先輩にお見せする義務はないと思うのですが……まあ、良いですよ。どうぞ」
すると、そんな斎宮さんに怯む様子もなく悠然と微笑み紙を手渡す織部さん。当競技のお題が記されているであろう、四つ折りの紙を。そして、未だ険しい表情のまま紙を開き中身を確認する斎宮さん。それから、少し間があった後――
「何か、仰りたいことはありますか?」
「……ううん、何にも。ごめんね、競技の邪魔して」
「いえ、お気になさらず。それでは、改めてご同行お願いしますね、朝陽先輩?」
「……あ、えっと、はい……」
そう言って、そっと僕の手を取る織部さん。僕は未だに戸惑いつつ、徐に立ち上がり彼女と共にゴールへと向かう。……えっと、何がどうなったの?
「――ありがとうございます、朝陽先輩。お陰で助かりました」
【いえ、織部さん。少しでもお役に立てたのなら幸いです】
ともあれ、数分後のこと。
競技を終え、所定の位置へと戻る最中そんなやり取りを交わす僕ら。結果は、7チーム中3位――うん、凄いです織部さん。
……ところで、咄嗟のことだったし、ポケットにメモとペンを入れたまま走っちゃったけど……まあ、大丈夫だよね? あくまで僕は借り物であり、出場者は織部さんなわけだし。なので、それはそれとして――
【……あの、織部さん。その、お題は何と記されていたのですか?】
そう、逡巡しつつ尋ねてみる。友達……はないよね。あれだけ否定してたし。だとしたら、僕に当てはまりそうなお題とはいったい……例えば、地味で陰キャラでコミュ障な二年E組の男子生徒、とか――
「――そうですね……内緒、です」
「……そう、ですか」
すると、ウインクと共に口に指を立てつつそう口にする織部さん。……ひょっとして、それほど言いにくいお題だったのだろうか。例えば、僕の悪口とか――
……まあ、何でも良いか。ともあれ、少しでも彼女の役に立てたのならそれで良いわけだし。
(……まあ、別に内緒にする理由もないのですが……でも、貴方のことですし、言ってもどうせ信じてもらえないでしょう?)




