――だって、貴方が悪いんだよ?
「……うーん、ちょっと休憩」
まもなく三学期が始まらんとする、一月上旬のある小昼の頃。
リビングにて、一時間ほどの勉強を終えぐっと身体を伸ばす。冬休みの宿題は年内に終わらせているけれど、そもそも勉強というのは自主的に向き合うものだと思ってる。
さて、休憩とは言ったもののこれからどうしよう。もちろん、引き続き勉強でも良いんだけど……でも、折角だし――
――トゥルルルル。
「……ん?」
折角だし――そんな思考の最中、ふと電子音が耳に届く。誰だろうと思いつつ画面を確認すると、表示された名前は――
「――うん、明けましておめでと彩華。それで、どうしたの――」
「――じゃあな、夏乃」
「また学校でね」
「うん、またね」
夕さり頃、交差点の辺りで軽く手を振り別れを告げる小林くんと彩華。そんな二人に、あたしも軽く手を振り答える。
小昼の頃――彩華から遊びの誘いがあり、別段予定もなかったので快諾した。そして、小林くんと彩華以外にもクラスメイトが三人――あたしを含め、計六人で先ほどまでボーリングに興じていた。そして、この辺りまで帰り道が同じだった二人と今しがた別れ今に至る。
明日、筋肉痛になりそう――ぼんやりそんな思考を浮かべつつ家路を歩いていると、右手に見慣れた公園が視界に映る。……うん、ちょっと寄っていこうかな。急いで帰る理由もないし。
「――あっ、ごめんなさいお姉ちゃん!」
「ううん、大丈夫だよ少年。どうぞ」
「ありがと、お姉ちゃん!」
木組みのベンチに腰掛け、茜色に染まる空をぼんやり眺めていると、ふと右足に何かがコツンと当たる。直後、恐らくは小学生低学年くらいであろう男の子が、少し慌ててこちらへ走ってきて謝罪を述べる。あたしは軽く首を振り、笑ってそれを――サッカーボールを手渡す。すると、男の子は感謝を告げニコッと可愛らしい笑顔を浮かべ戻っていった。
ただ、それにしても……うん、少年って呼び方もどうよ。なんで無駄に気取っちゃったんだろ、あたし。
ともあれ、そんな自分に今になって恥ずかしさを覚えつつ、再びぼんやりと空を見上げる。そして――
「……今、何してるのかな」
ポツリと、そんな呟きが洩れる。ふと脳裏に映るは、少し気が弱いけど凄く優しい、あたしにとって一番仲の良い男の子。……今、何してるのかな。
冬休みに入ってから――いや、正確には年末辺りからほとんど彼に会えていない。冬休みであるからして、当然ながら学校は休みだし、更には年末辺りから一月上旬――具体的には、丁度あたし達高校生の三学期が始まるくらいまでの間、琴乃葉月もお休みだから。
ところで、この長期休暇に関し蒼奈さんやご両親に謝罪をされてしまったけど……いやいや、謝る理由なんてどこにもないよ。ただでさえ、纏まった休みの取りづらい飲食業――こんな時くらい、家族水入らずの時間が欲しいと思うのはごく自然なことだし、大いに羽を伸ばして欲しいと心から思う。きっと、彼だってあたしと同じように思っているんじゃないかな。
ともあれ、そういうわけで――学校とアルバイト先という、あたし達の主たる接点の双方とも頼れない今の状況であるからして、次に会うのは……いや、まあ今日の彩華みたく、普通に連絡して会えば良いと言われてしまえばそれまでなんだけどね。……ただ、何と言うか……こう、改めて連絡するのは、どうにも気恥ずかしく――
……うん、それを思えば……ほんとにあの日、会えて良かったよ。こう言ってはほんとに失礼だけど……数多の名だたる神社でなく、まさか住宅街にひっそり佇むあの小さな神社に来てくれようとは……まあ、よくよく考えれば彼らしいかも。
ところで、それはそれとして――自分で巻き込んでおいてこう言うのもなんだけど……やっぱり、似合いすぎじゃない? 女装。ちょっとメイクしただけで、あんな美少女になるとかもはや反則でしょ。分かってはいたけど、やはり素材が良すぎるのだと改めて認識する。
それと、これまた自分で巻き込んでおいて言うのもなんだけど……正直なところ、仕事に関しては些か不安な部分もあった。と言うのも、彼は声を発することが頗る苦手だから。なので、ああいった接客業はやはり荷が重いのではないかと……うん、だったら最初から巻き込むなという話ではあるんだけどね。
――だけど、蓋を開けてみればそんな懸念はほぼ杞憂だった。筆記で応対する巫女さん――それはそれで雅な雰囲気があって良いと、あたしも彼もまるで予想だにしない形でお客さん達に好印象を抱いてもらったから。……まあ、でも言われてみればちょっと平安時代っぽい感じもしなくはないか。
「……今、何してるのかな」
再度、そんな呟きが洩れる。……いや、会えてないといっても実際ほんの数日なんだけども。なんだけども……そんなほんの数日さえ、今のあたしにはもう――
――ピロン。
「……ん?」
沈んだ思考の最中、ふと控えめな電子音が鼓膜を揺らす。誰だろう。彩華がなにか言い忘れてたとか――
「…………え?」
瞬間、思考が止まる。メッセージアプリの通知に表示されていた名前もそうだけど……それ以上に、なんとも意外なその内容に、驚きを禁じ得なくて――
――だけど……メッセージには返事をせず、代わりに通話ボタンへそっと指を添え――
「――へぇ、そんなにあたしに会いたかったんだ? 全く、しょうがないなぁ新里は」
『……へっ? あっ、いえそういうつもりで送ったわけでは……』
「ふーん、じゃあ会いたくないんだ?」
『あっ、いえそういうわけでも……その、お会いしたい、です……』
少し揶揄うように尋ねると、たどたどしくもきちんと気持ちの伝わる答えが届く。彼にしては、随分と声が出ていたんじゃないかな――そんな我ながらなんとも上から目線な感心を覚えつつ、再び口を開く。
「それじゃ、今からあの公園で会おうよ。待ってるからね?」
『へっ、あっ……はい、承知しました』
突然、なんとも一方的な要求を伝えるあたしに、スマホの向こうから困惑を含んだ返答が届く。あたしって、こんな嫌なタイプだったっけ――自分で言っておきながら、すっとそんな思考が過ったけど……まあ、今回は良いことにしよう。
――だって、貴方が悪いんだよ? まさに今このタイミングで、こんなメッセージを送ってくる貴方が悪いんだから。だから……もう、三学期なんて待ってらんないよ。
「……さて、早く来ないかなぁ……朝陽」




