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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「へっつい幽霊」【志ん朝版】

作者: 霧夜シオン
掲載日:2025/08/13


落語声劇「へっつい幽霊」【志(し)ん朝(ちょう)版】


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約20分


必要演者数:2~3名

      (0:0:2)

      (2:0:0)【性別準拠人数比率】

      (1:1:0)

      (0:2:0)

      (0:0:3)

      (3:0:0)【性別準拠人数比率】

      (2:1:0)

      (1:2:0)

      (0:3:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


熊五郎(くまごろう):渡世人(とせいにん)の男。

    家のへっついがそろそろ耐用年数過ぎて久しいので、道具屋へ

    来たところ、とあるへっついにビビっと来た。

    のちのビビビの熊五郎(くまごろう)…ではない。(鬼太郎ネタです←)

    これがひと騒動の元になるとも知らずに。


道具屋:道具屋のおやじ。

    すぐ売れるが翌朝返品されてくる訳(わけ)ありへっついを店に置いてる

    。というか10回も繰り返したんか。

    意外にうっかり…ではない、ちゃっかりしている。


幽霊:生前は左官の長兵衛。

   へっついにある未練があって死んだあとも取り憑いていた。

   ばくち好き。


語り:雰囲気を大事に。




●配役例

【2人】

熊五郎:

道具屋・語り・幽霊:


【3人】

熊五郎:

道具屋・語り:

幽霊:


※枕は誰かが適宜(てきぎ)兼(か)ねてください。




枕:昔は道具屋さんと言う商売が、大変に民衆の皆さんに利用されたと

  言います。なんかちょっとしたものを買うなんという時には、みんな

  道具屋さんへ足を運んだんだそうで。

  手垢(てあか)のつかない、新しいものを買うなんというのは、よほどのご大家(たいけ)

  でもない限りはそうそうなかったわけです。

  ですから引越しの時には近所の道具屋さんへ家財(かざい)を売って、そして

  越していった先の近所の道具屋さんでまた家具だの生活用品だのを

  整えると、そういう具合にずいぶん重宝(ちょうほう)されたと言います。

  だから道具屋さんというのは、非常に幅(はば)広い品ぞろえがあったそうで

  。


熊五郎:あぁ、いいねこれァ…。

    おうッ、誰かいねえかい!?


道具屋:へい、いらっしゃいやし!

    えー親方(おやかた)、なに差し上げやしょう?


熊五郎:おう、ちょいとこっちに顔貸してくれ。

    そこにあるへっついがいいなァと思ってよ、さっきから見てるん

    だ。


道具屋:ぁっ、ああこれですか!?

    【力強く】

    …ぁっ、え、ぇええ!!!


熊五郎:たいそう力が入るな。

    なんだ?良くねえのかい?


道具屋:ぁあい、いえ、その、良いんです、へへへ…いい事はいいんです

    が…。

    いや、親方(おやかた)の前ですがね、へっついでしたらあちらにもあります

    よ。


熊五郎:ぁいや、見たんだ。

    それでこれが気に入っちゃったんだよ。

    いや、家(うち)にもへっついはあるんだけど、もうだいぶ古くなっちゃ

    ってヒビが入ってるんだ。

    飯を炊(た)こうなんてんで釜(かま)を乗せるってと、ぐずぐずッと音が

    するんだ。もうちょっとで崩れちまうってやつだよ。

    危なくってしょうがねえや。

    新しいものが欲しいなって思ってここ通ったら、こいつが目に

    入った。一目ぼれって奴よ。

    だから売ってくれ。いくらだい?


道具屋:うぅん、困りましたな…実はちょいとわけがありましてね。

    このへっつい、少ぅし変なところがあるんですよ。


熊五郎:なんだい、その変なところてのは。


道具屋:えぇ、その、買った方がね、必ず返しに見えるんですよ。


熊五郎:へえ、そらまたどうして?


道具屋:それが、誰もわけをおっしゃらねえんで。

    親方(おやかた)のお目(め)にとまった通り、これはだいぶうるさい人がああでも

    ないこうでもないって注文を付けてやったもんだと思うんです。

    ある長屋(ながや)を取り壊した時に私が引き取って来たものでしてね、

    店に置いたとたん、すぐに売れたんです。

    ところがあくる朝、こっちがまだ寝ているうちにその買った人が

    真っ青な顔して叩(たた)き起こしてきましてね、わけを聞いたら、

    「あんな薄(うす)ッ気味(きみ)の悪い物はとてもうちには置いとけないから、

    引き取ってくれ」ってんで引き取ってきて店に置いたら、

    すぐに別の人が買っていった。

    ところがまたあくる日になると買っていった人が真っ青になって

    やってきては引き取ってくれと言うんです。

    で、引き取ってまた店におく、すぐ売れる、次の日に引き取って

    くれと駆け込んでくる、これをもう十回はやりましたよ。

    引き取る時に売った時よりいくらか安く引き取りますから、

    差額(さがく)で少しずつ儲(もう)かっちゃっててありがたいと思ってたんです。

    けど、あんまり度重(たびかさ)なってくるとちょいと気になってきましてね

    。

    儲(もう)ける事も儲(もう)けましたし、このへっついで妙な噂(うわさ)を立てられて

    他の品にまで障(さわ)りがあるといけませんから、そろそろ叩(たた)ッ壊して

    しまおうかと、こう思ってたところでして。


熊五郎:いやいやいやもったいねぇよ。

    壊しちまうくらいなら俺が買うよ!


道具屋:いやいやいやダメですよ。

    どうせ明日の朝になったら真っ青になって引き取ってくれって

    言いに来ますから。


熊五郎:いや言わねえ。

    大丈夫だ、俺ァ男だから。


道具屋:へへへ、初めはみなさん考えは男なんですよ。

    あくる朝になるとみんな女になっちゃうんで。


熊五郎:んな事(こた)ァねえ、大丈夫だよ。

    俺が気に入んなかったら、勝手に壊すから。


道具屋:えぇ…本当ですかぁ?


熊五郎:大丈夫だよ!引き取ってくれなんて言いに来ねえから!


道具屋:本当ですか?弱りましたなぁどうも。

    たいがい皆さんそうおっしゃって、翌朝になると真っ青な顔して

    やってきてね、叩(たた)き起こすんですから。

    本当に返しに来ませんね、親方(おやかた)?


熊五郎:大丈夫だよ!


道具屋:そうですか…じゃこうしましょう。

    怒っちゃいけませんよ?

    このへっついね、タダで差し上げますよ。


熊五郎:タダ?そういうわけにはいかねえだろ。

    いくらなんだい?


道具屋:【↑の語尾に喰い気味に】

    いぃえいいんです。タダで構(かま)いません。

    その代わり、どんな事があっても引き取ってくれは無しですよ?

    いいですか?

    親方(おやかた)のところで引き取ってくれが無しだったら、手間(てま)が省(はぶ)けて

    あたしが助かるくらいですからね。


熊五郎:そうかい?悪いなァ。

    よし、じゃあわかった。

    今度また何かあったら買いに来るよ。

    今日のところは、このへっついもらうから。

    じゃあひとつすまねえが、家(うち)に届けてもらいたいんだ。


道具屋:へい、かしこまりました。どちらでございます?


熊五郎:向こうの通りの奥の長屋(ながや)だよ。


道具屋:あぁ~そうですか!ええ、分かりました。

    今からお届けいたしましょう。


熊五郎:おう、頼むよ!


道具屋:っしょ、っしょ…。

    おっと、意外に狭(せま)いとこがありますな。


熊五郎:気を付けて運んでくれよ!ぶつけねえようにな!

    よし、いったん下ろしたら、隅(すみ)の方のへっついを脇(わき)にどかして、

    そこんとこに置いてくれ。


道具屋:こうですかい?


熊五郎:おう、もうちょいケツを振って。


道具屋:え?ケツですか?

    っ、っ…。


熊五郎:いやおめえ達のケツじゃねえんだよ。へっついのケツだ。


道具屋:あっ、へっついですか、へへへ…。


熊五郎:あたりめえじゃねえか。

    へっついの口がまっすぐこっち向いてねえと心持(こころも)ちが悪いからな

    。

    よしよし、それでいいや。

    それからすまねえがな、その古いほうのへっついなんだが、

    いま乗っけてきた車でどっかに持ってって捨てちゃってくんねえ

    かい?

    屑屋(くずや)に頼んだって持ってってくれねえから、頼むよ。


道具屋:ええ、よござんすよ。


熊五郎:あぁそれで親父さんよ、こいつはまことに少ねえが、このへっつい

    を処分する手間賃(てまちん)だ。


道具屋:えっ、いいんですかい?

    へへへ、こいつはどうも…。


熊五郎:なに、新しい方をタダでくれた代わりみてえなもんだ。

    じゃ、頼んだぜ!


道具屋:へい、まいど、どうもありがとうございやした!


    【二拍】


熊五郎:いやぁいいねぇ、見れば見るほどいいよなぁ。

    これだけの物をタダでくれるんだからな、へへへ。

    何かあるって言ってたけど、何なんだろうね。

    何があったってこっちは驚かねえけどよ。

    いい物を据(す)えると辺(あた)りの様子(ようす)がスーッと変わるってのは大したも

    んだな。

    しかし、人間ってのは運が向いてるととことん良いって言うけど

    まったくだね。

    俺も長(なげ)ぇこと博打(ばくち)で飯を食ってるが、ここんところずいぶん勝っ

    てるからな。

    勝てねえ時はどうやっても勝てねえんだよなあ。

    丁(ちょう)と張ると半(はん)って出るし、半(はん)と張ると丁(ちょう)と出やがる。

    悔(くや)しいから丁半(ちょうはん)と張ったらサイコロが重なってやがる。

    それがここんところ俺の思い通りだもんな。

    それでへっついを買いに行ったら、こんな結構(けっこう)なものがタダとき

    た、へへへ。

    明日はタンスでも買いに行ってみるかね。

    またいくらか付けてくれるかもしれねえ…ってんな事はねえか。

    っと、日が暮れて来たな。

    湯に行くかぁ。


語り:上機嫌(じょうきげん)の熊五郎(くまごろう)、独(ひと)り者でございますからそのまま湯へ行って、

   帰りに酒屋で酒を五合(ごごう)ばかり買って来ました。

   布団(ふとん)をひいてあぐらをかいて茶碗酒(ちゃわんざけ)、すっかりいい心持ちになって

   そのまま寝てしまいます。

   草木(くさき)も眠る丑三(うしみ)つ時(どき)と申しますと、いまの時刻で言えば午前二時頃

   でございます。

   屋(や)の棟(むね)も三寸(さんずん)下がる、水の流れも止まる、という事を昔の人は言い

   ました。うまい事を言うもんです。

   八(やっ)ツの鐘がごぉ~~~~ん、と鳴る。


熊五郎:う~~ん…う~~ん……。

    !っはッ!!?


    あ~苦しかった…気持ち悪いね…何だか知らねえが妙に胸苦しく

    って息が詰(つ)まっちまって、そのまま止まっちまうかと思った…。

    それにしても大変な汗だよ。いったいどうしたんだ?

    今まで夜中に目が覚めた事なんてなかったんだけどな。


    あぁそうだ、あのへっついだ。

    なんかあるって言ってたな。なんか始まりやがったってのか。

    何があったって驚かねえけど、やっぱり気にしてたのかね。


    始まるんだったら早く始めろィ!客がダレちまうぞ!


    おっ。始まりやがったな。

    へっついにぼっと火が付きやがった。

    ひとりでに火のつくへっついてのは面白(おもしろ)いな。

    見世物(みせもの)にすりゃ儲(もう)かるぞ。

    お、上から煙がふわーって……あ?人か?


    なんでぃ、てめえはッ。


幽霊:っへっへっへっ……ぅうらぁめぇしやぁあー…。


熊五郎:何をォ!?うらめしい!?

    俺ァてめえに恨(うら)みを買うような真似(まね)をした覚えはねえッ!


幽霊;っお、怒っちゃいけやせんよォ…怒っちゃやだよ、親方(おやかた)ァ…。

   これァね、あっしらの方の挨拶(あいさつ)なんですから。

   これ言わねえとあとが出てこねえんですよ…。

   へへへ、いやしかし驚きやした。

   親方(おやかた)、いい度胸(どきょう)してやすねえ。


熊五郎:なに言いやがんでェ、おだてるなィッ!


幽霊:ぅお、おだ、おだててるわけじゃありやせんよ…ほんとですよ。

   いやね、たいがいあっしが出てくるとみんな、きゃーって目を回し

   たり、慌(あわ)てて表(おもて)へ駆けだしたりしちまうんです。

   面(めん)と向かって口をきいてくれたのは親方(おやかた)が初めてですよ。


熊五郎:おめえのせいだな、あのへっついを買った人が引き取ってくれっ

    て返しに行くのは?

    なんだってそんなイタズラをするんだ!


幽霊:い、イタズラじゃねぇんですよ。

   ちょいと頼みごとがあって出てくるんだけど、誰も聞いちゃくれな

   いんですよ。

   親方(おやかた)なら話を聞いてもらえそうだ。どうかひとつ、相談に乗っても

   らいてえんですけどね。


熊五郎:えぇ…幽霊の相談なんぞあまり乗りたかねえけどな。

    まぁせっかく出てきたんだ。話をするだけしてみな。

    聞くだけ聞いてやるから。


幽霊:ぁありがとうございやす。

   実はあっしは今じゃこんなんなっちゃったんですがね、

   これでも元は左官(さかん)の職人で、長兵衛(ちょうべえ)って言いやした。

   なかなか腕は良かったんですがね、人間てのはいい所ばかりじゃ

   ありやせんね…。

   あっしはガキの時分(じぶん)から博打(ばくち)が好きでしてね、へへ、

   もうのべつ博打(ばくち)をしてやした。


熊五郎:ほお、おめえも博打好(ばくちず)きかい。


幽霊:ええ、親父はうるせえ親父でね、

   博打(ばくち)をしてるところを見つかったりなんかしたら、コテで張り倒さ

   れたりしましたよ。

   その目をかすめちゃあ、鉄火場(てっかば)へ行って丁(ちょう)だ半(はん)だとやってやした。


熊五郎:はは、なかなか筋金入(すじがねい)りときてるなァ。


幽霊:親父がね、そんな事してるとろくな事はねえから早くやめろって

   意見してくれるんですがね、そんなのは夢中になってる時にゃあ

   分からねえもんですよ。

   ある時、親父がぽっくり逝(い)っちゃった、さあ小言(こごと)を言うのはもうい

   ねえってんで、もう今度は毎晩ですよ。仕事も行かねえ。

   けどそのうちにしばらく経(た)って、やっと親父の言う事が分かりやし

   たね。

   親の意見と冷や酒(ざけ)は後で効(き)くって言いやすが、確かにそうですよ。

   博打(ばくち)なんてのは場(ば)で朽(く)ちる、博打(ばくち)で取られたお足(あし)を博打(ばくち)で取り返そ

   うとするからいけねえんで。

   他の事で取り返しゃあいいって事に、あとになってやっと気が付い

   た。

   あぁもうにっちもさっちもいかねえんだ、今夜限りでよそうって

   思ってね、ある晩ちょいと脇(わき)で金を工面(くめん)して出かけた。

   ところが不思議なもんですね。欲がねえから、ひとつ目(め)と出たんで

   すよ。

   一晩にね二百五十両(にひゃくごじゅうりょう)も勝っちゃったんですよ。


熊五郎:に、にひゃくごじゅうりょお!?

    そりゃあまたたいそう取れたなァ!

    で、どうしたんだ。


幽霊:ええ、そんな大金(たいきん)持ったことも無かったんで、いろいろと考えてね

   、で、あっしはさっき言ったとおり左官(さかん)だ。

   商売だからお手の物(もの)、あのへっついこさえてその中に二百両(にひゃくりょう)、

   埋め込んじゃったんですよ。


熊五郎:あの中にか?

    入ってるってのか?


幽霊:えぇ入ってるんですよ、へへ。

   で、五十両(ごじゅうりょう)だけ懐(ふところ)に入れてね、呑(の)んだり食ったりして遊んで暮らし

   てたんですがね、やっぱりそんな事して手に入れた銭(ぜに)なんてのは、

   ロクな事はねえですな。

   ある晩へべれけに酔っぱらったあげく、トントーンとつんのめって

   ね、ドブに頭を突っ込んじゃったんですよ。


熊五郎:おいおい、なにやってんだ…。


幽霊:苦しいから何とか頭を抜こうとしたんですけど、酔っぱらってて

   体がいう事をきかねえ。

   そのうちにああダメだ、このままじゃ死ぬぞ、こりゃ死ぬな、

   と思ったら、やっぱり死んじゃったんですよ。


熊五郎:他人事(ひとごと)みてえに言うなよ。


幽霊:どこの者だか分らねえってんでろくすっぽお経も上げてもらえねえ

   で、そのままあの世へ行けってんですが、どうもへっついの中に

   埋め込んだ二百両(にひゃくりょう)に未練(みれん)が残っちゃってね、あれを買った人の

   ところへ行って出してもらおうとあっしがスーッと出て行くと、

   みんなキャーッと目を回しちまって話ができない。

   きょう親方(おやかた)が初めてお話できたんで。親方(おやかた)を男と見込んで、どうか

   お頼みしやす。

   あのへっつい壊して、中から金を取りだしてほしいんで。

   お願いしやす。


熊五郎:そうか、なるほどな。

    よし、じゃあ物は相談なんだがどうだい、俺が金をへっついから

    出してやるから、出てきた金を山分(やまわ)けってのはどうだ?


幽霊:えぇぇ、そらひどい、ひどいよ親方(おやかた)ぁ。

   いや、そりゃ手間は払いやすよ?手間は払いやすけど、山分(やまわ)けっての

   はひでぇや。取りすぎだよ親方(おやかた)。


熊五郎:ダメかい?ダメだったら俺も嫌だよ。

    高い銭出して買ったんだ。壊すことはねえ。


幽霊:親方(おやかた)、嘘(うそ)は言っちゃいけねえ。

   タダでもらったんじゃねえか。


熊五郎:…知ってんのかい。

    確かにタダでもらったもんだが、ちゃんとしてるもんなんだ。

    なにも壊すことはねえ。

    壊したかったらてめえで勝手にやれ。


幽霊:無理言っちゃいけねえ、この手だから何もできねえんです。

   金槌(かなづち)だって持てやしねえ。

   親方(おやかた)、どうかお願いしやすよ。頼みやすよ。


熊五郎:山分(やまわ)けじゃなきゃダメだね。


幽霊:じゃあ、あっしがこれだけお願いしてるってのに、親方はうんと

   言ってくれねえのかい?


   ふん。

   なんでェ親方(おやかた)親方(おやかた)って、下手(したて)に出てりゃいい気になりやがって。

   よォッ、あまりでけェツラぁするない!

   そっちがその了見(りょうけん)ならな、


   俺ァ、毎晩出てくるぜェ…?


熊五郎:おう出てきな。

    独(ひと)り者(もん)で退屈してんだ。

    よかったら一緒に寝てやろう。


幽霊:いぃぃや、それはいらない!


   しょうがねえなぁ、この人は驚かねえんだなぁ…。

   どうしてもダメですか、山分(やまわ)けじゃなきゃ。


熊五郎:そうだよ、さっきからそう言ってるじゃねえか。


幽霊:あ、そう…。

   しょうがねえや、いいですよ山分(やまわ)けで。


熊五郎:そうか?話は早く分からなくちゃいけねえ。

    よし、いま出してやる。

    よっ!よっ!!ほっ!!


    よしよし、こいつだな?

    じゃ、百両(ひゃくりょう)はいただいて…ほれ、おめえのぶんの百両(ひゃくりょう)だ。

    さ、持って早く帰(けえ)んな。


幽霊:……。

   親方(おやかた)ぁ…親方(おやかた)ぁ、やっぱりダメだ。

   そっちの百両(ひゃくりょう)に未練(みれん)が残っちまって…。


熊五郎:おぉいおいよせよ。

    いくら幽霊にしろ、おめえも男だろ。

    いったん口に出した事だ、今になって未練(みれん)がましいこと言うなィ。


幽霊:あぁいぃえ、返せとかそういう事じゃねえんです。

   どうです、ものは相談ですがね、ここにあるこの百両(ひゃくりょう)とそっちの

   百両(ひゃくりょう)、ひとついっその事、押っつけっこしようじゃありませんか。


熊五郎:あん?勝負しようってのかい?

    ははは、おめえも好きだねえ。

    なにも死んでまでやる事ァねえだろうに。

    まあでも、もともとそっちから出た金だからな。

    よし!いいだろう、受けて立とうじゃねえか!

    で、何で勝負するんだ?サイコロか?札(ふだ)か?


幽霊:へへへ、あっしは実は丁半(ちょうはん)以外やった事がねえんで。


熊五郎:そうかい。じゃ、ここにサイコロがある。

    これでいいな?


幽霊:あ、恐れ入りますが、ちょいとあらためさして下さい。


熊五郎:お、おぅ、疑(うたぐ)り深(ぶけ)ぇ野郎だな…。

    ほらよ。


幽霊:いや、ほらよってそこにサイコロ放り出したって、この手だから

   つまめねえんですよ。

   恐れ入りやすが、サイコロをこの手に乗っけていただきてえんで。


熊五郎:なんだか変な手つきだな。

    ほらよ。


幽霊:ありがとうございやす。

   ぇ~…っとと…。

   …。

   あの、すいやせん、もう一度乗っけて下さい。


熊五郎:お、おう。ほら。


幽霊:へへ、どうも…けど、こういう事やってる時ってのはいい心持ちな

   もんですな。へへへ、あっしぁ大好きだぁ、へへへ。


熊五郎:よし、よろしゅうございます、いいな?

    ツボがねえから代わりにこの湯呑(ゆの)みで我慢しな。

    いいか?入るぜ!

    ふッ!


    さ、どっちだい?

    丁(ちょう)か半(はん)か!張った張った!


幽霊:へへ…あっしはですね、昔から丁(ちょう)にしか張った事がねえんです。

   だから丁(ちょう)でお願いしやす。


熊五郎:なに、丁にしか張った事がねえ?へえ、そうかい。

    わかった、じゃあ俺は半(はん)だな。

    ッ!


    はは悪(わり)ぃな、五二(ぐに)の半(はん)だ。

    さ、もういいだろ、帰(けえ)んな。


幽霊:ぁ、ぁ、ぁぁああ…。


熊五郎:おぉっとっとっとおぉいおい、しっかりしろよ!

    だから止(よ)しなって言ったじゃねえか。

    幽霊ががっかりしちゃったなんてのは、あんまりいい様(さま)じゃねえ

    ぞ。

    これが勝負って奴なんだから、しょうがねえだろ。

    おめえも悔(くや)しいだろうけど、ここはひとつぐっと我慢して、

    あの世へ逝(い)っちまいな。


幽霊:はあぁ……、あの、すいやせん。

   恐れ入りやすがね、もういっぺんだけ勝負しておくんなさいよ。


熊五郎:止(よ)せよおい。

    くちばりは勘弁してくれくちばりは!

    勝負とやっておめえの目と出りゃいいよ?

    俺の目と出たらどうするんだ?

    おめえ、賭(か)ける銭(ぜに)がもうねえじゃねえか!


幽霊:へへへ心配いりやせんよ親方(おやかた)。

 

   あっしも幽霊だ、足は出さねえ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


古今亭志ん朝(三代目)




※用語解説


・渡世人(とせいにん)

定職を持たずに各地を渡り歩き、博打などで生計を立てる人を指す。

特に江戸時代には、無宿渡世人というのが博徒の親分のもとを渡り歩き、

博打をしたり小遣い銭をもらったりして生活する人を指す事が多かった

ようである。


・へっつい

昔でいう、かまどの事。


・屑屋(くずや)

江戸の頃から歴史を持つ、いわゆる廃品回収の事。


・丁半(ちょうはん)

サイコロ博打のひとつ。

ツボ(手のひらサイズの小さな網かごのような入れ物)にサイコロを二つ

入れて振って、合計の目が丁か半かを賭ける博打。

丁が偶数、半が奇数。


・五合(ごごう)

一合が180ml。なので現在の量で900ml。


・屋(や)の棟(むね)も三寸(さんずん)下がる、水の流れも止まる

「草木も眠る丑三つ時」のあとに続く文句。

家屋も眠り、三寸ほど沈み込んでいるようだと形容したもの。


・八(やっ)ツ

午前一時から三時の丑の刻を指す。


・左官(さかん)

壁や床などの表面を、コテを使ってモルタルや漆喰などの材料で塗り

仕上げる職人、またはその仕事のこと。日本の伝統的な建築技術を支える

重要な職種の一つ。


・コテ

左左官工事において土やモルタル、プラスタ、漆喰などの壁材を塗るため

の道具で、素材や形状などが異なる、さまざまな種類が存在。


・鉄火場(てっかば)

賭場のこと。


・お足(あし)

お金、特に小銭を意味する言葉。女房詞(にょうぼうことば)の一つで、丁寧な言葉遣いを好む

宮仕えの女性たちの間で使われていた。


・二百五十両(にひゃくごじゅうりょう)

一両=約八万円。

従いまして、約二千万円なーりー。


・へべれけ

ひどく酒に酔って正体がなくなった様子。


・五二(ぐに)

サイコロの目がそれぞれ五と二だったので合計値七の半。

丁半博打では五の事を「ご」だけでなく、「ぐ」とも読んでいた。

他には出目が五一、五四だった場合は「ぐいち」「ぐし」と読む。


・くちばり

詐欺賭博の「さくら」のこと。

実際に金品を賭けず、口だけで幾ら張ったと言うところからきている。




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