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第9話 深窓の令嬢、依頼したい。

 ガタゴトと走る馬車が、シスリー通りに差し掛かる。『アメルン工務店』と書かれた看板は、馬車の窓からもよく見えた。しかしまだ午前中の早い時間すぎて、通りにはまるで人気がない。けれど来てしまったのだから、どうにかベルントの紹介であるウッツ氏を捕まえなければならないとイマはぎゅっと扇子を握った。

 白い壁の小さな建物は庭に丸太や石が積まれ木の香りに満ちている。イマはヨーズアの手を借りて馬車を降り、気合いを入れ、カーテンが閉められているドアへ向かった。


「……ごめんくださいまし!」


 ノックをしてそう声をかけてみた。しかし、そもそもイマの声量が足りない。それに通りも、建物も静けさに満ちていた。困ってしまって、イマはもう一度ノックする。さらに、もう一度。


「ずっとそうしてたってしかたないでしょう。裏に回ってみましょう」


 黙っていたヨーズアが、しびれを切らしたように言った。イマはその提案に「そうですわね」とうなずき、恐る恐る裏へ向かう。ヨーズアが先にずんずんと進んで行った。その背中にイマはほっとする。

 建物の裏側には、続き廊下のようなものがあり、別の建物につながっていた。そちらは住居のようだ。ヨーズアは迷うことなくその家へ足を向けると、ドアのノッカーをゴンゴンゴンと叩きつけた。


「おはよーございまーす、誰かいますかー」


 ヨーズアは張り上げた声でそう言って、また、無遠慮にゴンゴンゴン。なるほどそうやるのかとイマは学んだ。あわてたような返事が中から聞こえて、しばらくの静寂の後ドアが開く。

 出てきたのは、みずみずしい寝癖を金髪にあしらった茶色い瞳の若い男性だった。起きたばっかりなのは、はだけたシャツを着込もうとしているところからもわかる。


「はい、どちらさまでしょう⁉」


 ヨーズアをじっと見て、スラックスの中へシャツの裾をたくし込みながら男性は言った。ヨーズアは「ウッツさんていう方に、仕事を頼みに来たんです。こっちの人が」とイマへ親指を向けた。


「えっ――きゃああああああ!」


 イマの姿を認めると、男性は胸元を隠して叫んで後ろを向いた。イマははっとし、遅まきながら背を向けた。ペペイン度がないに等しかったので、男性の肌を見てしまったという感覚も恥じらいも生じなかったのだ。


「まあっ、いけませんわ!」


 さすがに反省し、イマはつぶやいた。

 少しの後に、男性は身なりをしっかり整えて、応対してくれた。あらためて名乗り合うと、その男性こそがウッツ氏だと判明した。工務店には住み込みの形で勤務しているらしい。まだ就業時間には時間があったが、鍵を開けて作業場へと招じ入れてくれた。


「ベルント様の紹介で参りましたの。フランセン家にある、復元されたペペイン邸はご存じ?」


 扇子で口元を隠しながら、イマはささやくように言った。ウッツ氏は真剣な表情で身を乗り出して傾聴体勢を取る。ヨーズアはまるで興味なさげに丸メガネを外して拭いていた。


「はい、存じ上げておりますが……もしや?」

「――ええ、そういうことですわ」

 

 イマは深くうなずきながら、ウッツ氏はすばらしい逸材だと確信した。なんと、ペペインに対して、イマと同じ情熱を持っているようだ。なにも言わずとも理解してくれるとは。


「なので――お願いしたいのです」


 イマは同志に会えた喜びで震える胸を押さえつつ、そう告げる。さながらそれは信仰告白のようだった。厳かな空気が流れる中、ヨーズアは鞄からハサミを取り出して爪を切っていた。

 ウッツ氏は、どこかほっとしたような表情で「ぜひ、僕でよければ、やらせてください」と言った。


「ありがとうございます! 志を同じくする方とお会いできて、本当にうれしゅうございますわ!」

「あなたも懸念されていたのですね? 僕も数年前から気にかかっていました。そろそろ手をつけないとまずい」

「そうでございましょう? 早ければ早いほど良いですわ。もう職人たちも雇い入れておりますの」

「なんだって? ペペイン邸の遺構は、現在そんなに悪いんですか?」


 驚いた顔でウッツ氏は言う。イマはその言葉の意味がちょっとわからなかったが、たしかにペペイン邸を建てるのが遅れる状況はとても悪いことだ、と納得し、大きく頷いた。


「さようでございます。遅れてしまってはいけません」

「……わかりました。では、すぐに現状調査をいたします。修復作業に関する資料も取り寄せなければ。少し、お時間をください」


 そう言いながら、ウッツ氏は真剣な表情で席を立った。イマは修復という言葉に首をひねった。修復ではなく、どちらかと言えば建造である。

 指先へフーと息を吹きかけながら、ヨーズアがイマたちを見もせず言った。


「あんたら、会話がすれ違ってるのわかってます? お嬢、あんたの考えなんか誰も理解できないんですから、どうしてほしいのかちゃんと言いなさい」


 イマとウッツ氏はヨーズアをじっと見た。そして、互いにまた顔を見合わせる。


「え? ペペイン邸の修復保全のお話では?」

「まあ! 修復しなければならない状況ですの⁉」

「また話が逸れるから、さっさと言うんですよ、自分の依頼を」


 ヨーズアのつっこみに、イマは膝を正した。


「――ライテ丘に、わたくしが今住んでいる屋敷があります。その隣の土地に、ペペイン邸と同じ家を、建てたいのですわ」


 ウッツ氏は立ったまま固まった。少しの後に「なんとおっしゃいました?」と言った。

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