第8話 深窓の令嬢、見通しが甘い。
「まずは地ならしからだな。草抜いて、石を取り除く」
なにはともあれ、イマは彼らを雇い、来てくれたのだから作業をしようということになった。
すべてが無計画な現状だが、なにかを建てるならば整地は必ずするものだ。よって、ベルントの提案でそういうことになった。職人たちが鍬でコツコツ土地をならし、雑草や小石をシャリッと抜き取る。
「うーん、お嬢、これからどうするんだ?」
ベルントはヨーズアを真似て、イマをお嬢と呼ぶことにしたようだ。ペペインっぽい人から気楽に話しかけられるのは最高に気分が上がるものだ、とイマは気づいた。
イマは自分も草を抜こうとしたところで、にこにこと答えた。
「どう、とは?」
「このあと、どうやって家建てるんだ?」
「みなさんといっしょに建てますわ!」
ベルントは黙ってじっとイマを見た。ヨーズアが脇から「あー、その人絶対なんにも考えてないんで、聞いてもムダっすよ」と言った。なんて失礼なことだろうか。
「んー。たとえばさ、ペペインのあの、復元された家みたいの、建てたいんだろ?」
「みたいのではなくて、同じものを建てたいのです!」
「設計図は? それに、資材と工数の見積もり」
「なんですの、それ?」
イマが首を傾げると、ベルントはまた黙り、じっとイマを見つめる。
太い手で髭を撫で、救いを求める視線でヨーズアを見たが、彼はカバンを握り明後日の方向へそっぽを向いていた。
イマは職人たちの見様見真似で、ベルントの鍬を握ろうと手を伸ばしたが、肩にベルントの大きな手をポン置かれて止められる。
彼は「ちょっと、お嬢と打ち合わせしてくるわ!」と快活に叫び、職人たちが笑う中、なぜかヨーズアの腕をもガッチリとつかんでライテ丘を下った。
「どちらへ行きますの?」
「あいつらに聞かれないところだよ」
「つーか俺を巻き込まないでください」
ライテ丘から、町の目抜き通りに通じる太い街道へ下る。古い木のベンチが野花のそばに佇み、遠くの川のせせらぎが聞こえる。ベルントはイマを座らせ、その隣に渋い顔のヨーズアを座らせた。
「あのなあ、お嬢ちゃん。お金持ちの道楽だっていうのは、オレたちも承知の上で雇われたんだ。あんなに金払いがいい上客なんか、逃したくないからな」
「ちょっと待ってください、あんた一体いくら払ったんですかお嬢」
「だけどな、先の見通しがなにもないのに、仕事しろってのは、さすがにないぜ。オレたちは、これでも仕事に矜持を持って職人やってるんだ。道楽だとしても、それなりに体裁整えてくれや」
イマは、なにを言われているのか本当にわからなかった。家とは、家を建てる職人が建てるものだと思っているので、職人を雇えばいいのだと思っていたのだ。
なので、イブールの一番大きな建設会社へ金一封とともに手紙を送った。ライテ丘の屋敷の隣に、家を建てたいと。そしたらすぐに返信があり、すぐにでも仕事に取りかかれるとのことだった。
よって、すぐに来てもらった。それではだめなのだろうか?
「――お嬢。あのですね、あんたみたいな世間知らずが、なんかわかったかのように行動したらこういうことになるんですよ。家を建てるにはまず測量が必要だし、どんな家を建てるかの設計図を作らきゃならない。それは職人の仕事じゃない。あんたが他の人に発注しなければならんのですよ」
ヨーズアが珍しく長いセリフを口にした。ヨーズアが珍しく長く語り、カバンを膝に抱える。金にも息すらケチる彼が意見を言うとはと、イマは扇子を口に当て、ちょっとだけ感動した。
「あの、わたくしに不足があるのは承知いたしましたわ。では、どうすればいいのでしょう? 今ヨーズアが述べたように、どなたか他の方へ依頼すればいいのですね?」
「ああ、そうだな。まさか全くなんの見通しもないのにこっちへ話が来たとは思わなかった。そこを確認しなかったオレも悪い。すまん」
「いえ、思い込みでお願いしましたわたくしが悪いのです。どうか、よろしくお導きいただけませんか?」
イマは、なにをどうすればいいのか本当にわからなかったので困惑してそう述べた。ベルントは少しため息をつき、髭を撫でる。
「とりあえず、どうにかさっさと、家の設計図くらいは作ってくれ。うちの伝手の工務店に、建築士がいる。そいつに頼むといい」
「承知しました。今から参りますわね」
「あー……ちょっと早いが。まあ、そうしてくれると助かる。シスリー通りのアメルン工務店だ。ウッツってやつがいる。オレの名前を出してくれ」
「いっしょに行ってくださいませんの?」
知らない人を尋ねるのだ。心細くてイマはそう尋ねた。ベルントは「そんな顔するなよ」と眉尻を下げて笑った。
「オレは他の男どもを見てなきゃならんだろ。設計図すらないのに家を建てろと言われてるなんて、思われちゃならんだろ、あんたも?」
別に思われても構わないのではないか、と思ったのだが、そういうわけでもないらしい。よくわからないながらイマは頷いた。
「さようでございますか。では、ドク、参りましょうか」
「いやですよ……」
「特別手当を厚くする意向はありましてよ」
「すぐに馬車を手配して参ります。こちらでお待ちください、お嬢様」