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第4話 深窓の令嬢、判定する。

 わっと歓声が広場に響き、女性の高い声が飛び交う。提灯の赤や黄が夏の風に揺れ、観客たちが身を乗り出し演台を見つめる。

 イマは周囲を見回し、どきどきしながら埃っぽい演台へ目を戻した。何が起きるのだろう! 司会の男性がメモを手に、にこやかに「それでは、始めますよ!」と宣言した。


「――みなさん、飲み物は持っていますね? 前回同様、あなたのお気に入りの『ペペイン』の番号へコップを返却してください。もちろん一杯だけでなくてもいいですよ! 全部の番号へ返却してもいいし、勝たせたい『推し』番号へたくさん返却したっていい」


 ――お気に入りペペインとは⁉ ペペインは、すべてがお気に入りではないかしら⁉


 イマは聞いた内容が理解できず、しかしすばらしい出来事の予感に打ち震えた。人生初のわくわくに動悸が激しく、胸に手を当てて身を乗り出した。――先ほど黒髪の青年から受け取った飲み物のこのコップが、鍵となるのはわかった。飲み残しを一気に干し、両手でしっかりと握った。


「では、審査番号一、南町内会代表! ノルベルト・ボート!」


 名が呼ばれると同時に、一部の女性たちが黄色い声をあげた。木の演台にガタガタと音を立てて上がってきたのは――


「――なんですって!」


 思わずイマは小さく言った。


 ――なんと! 開拓時代のペペインと同じ、狩猟服の男性! ベルトの締め方とベストの色が肖像画と同じですわ!


 彼は演台のきしむ板を歩き回り、革のベルトの房飾りを揺らしてしなを作り、観客へ向けて片目をウインクした。イマは首を振る。――違う。解釈違い。これはない。

 しかし一部の女性たちにはとても人気な人物のようだ。金髪の今どきの細面の男性で、イマにはどこがいいのか皆目見当もつかない。


 次いで二番目の男性。こちらはイブールが開拓民村から町へ昇格したときの記念画のペペインを模した服装だ。惜しい。黒髪のかつらをかぶっているのはとても好感が持てる。しかし懐中時計は左手に持たなくては。それに線が細すぎる。ない。スーツが小さくてぴっちぴちになっているのがいいのに。彼の体つきならば子ども向けの上着がちょうどいいだろう。


 そして三番目。もっとなかった。奥様といっしょの肖像画の、少し気取った蝶ネクタイの服装だ。ダメだ。この服装のときは前髪を上げるのが基本中の基本だろうに。せっかく落ち着いた茶色の髪なのだから、そこは似せるためにこだわってほしかった。愛が足りない。


「――以上、今年の『ペペイン』たちです! みなさん、投票先は決まりましたか」


 ――なるほど。これはペペインに似た人を決める会なのですわね。町おこし事業としては当を得ています。すばらしい。発案者は叙勲されるべきですわね。


 イマとしては金一封を町議会へ届けるのはやぶさかではない。……しかし、参加者がお粗末では目も当てられない。

 演台の袖から、汗ばんだ額の運営者らしき男が慌てて走り出て、司会者にこそこそと耳打ちした。司会者は少し驚いた顔をした。


「――みなさん、驚いてください! ここで飛び入り参加者です! これは、町役場代表になるのかな? 特別に審査番号四! 町づくり振興課係長――レネ・フランセン!」


 観客がどよめいた。イマは呼ばれた名前に目を見開く。観客の中から「レネー!」と男性の声が響く。演台に現れたのは先ほどの――


「――きゃああああああああああ」


 イマは思わず立ち上がる。周囲の視線が集まった。あれは、あの衣は! もしかして、幻の……!


「コーゾ三号……!」


 イマが叫ぶと、司会者がそれを拾って説明した。


「――お嬢さん、お目が高い! おっしゃる通り、身に着けているのはかの有名な猛獣『コーゾ三号』の毛皮です! 町役場にて展示されている本物! 町役場職員特権! これはずるい!」


 ――コーゾ三号はペペインによって討伐された熊だ。幾人も人を食い殺した伝説がある。ペペインは家でくつろぐとき、素肌へその毛皮をまとったらしい。その姿の肖像画はないが、ベストに似た仕立てだと資料にあった。町役場の入り口に立つ銅像は、まさしく、そのコーゾ三号を身に着けた姿だ。


 ――なんと……ペペインが実際に着用していた本物……!


 イマは周囲を見回した。多くの視線が自分に集中している。そして、急ごしらえの『四番』の紙を掲げた窓口を見るや、そちらへ駆け寄った。――文句なしの優勝。最高。

 イマがコップを返却したのを見届けた人々は、おもむろにそれに続く。男性は四番に行く人が多く、女性は一番だった。

 イマはお金の使い方がいまいちわからず、追撃票のため、煙と香ばしい匂いの漂う屋台へ恐る恐る近づいた。屋台の若い男性が鍋をかき回し、子どもがコップを手に騒ぐ中、汗ばむ手で懐から財布を取り出し紙幣を一枚出した。


「……これで足りるかしら?」


 イマは懐から紙幣をそっと取り出した。するとコップを渡され「すみません、お代要らないです。勘弁してください。そんなのにお釣り出せません」と言われた。しかたなく二票でがまんした。

 集計の間、観客がざわめき、子どもが屋台へ残りの菓子をねだり、提灯が風にカタカタ鳴った。しばらくして、四人のペペイン候補者が立つ埃っぽい演台に、司会者が元気よく戻ってくる。


「――では、発表です! 第四回ペペイン杯の優勝は――!」


 ダルルルルルル、と小太鼓が打ち鳴らされる。そわそわと祈るような気持ちでイマは言葉の続きを待った。


「――審査番号一番! ノルベルト・ボート!」


 きゃあああああああああ、と女性たちの声が上がり、同時に他の観客もどっと沸いた。


 ――解釈違い! 違う、ペペインはあんな軟派で軽薄じゃない!


 コーゾ三号は二位に終わり、イマは悔しくて扇子を握った。今晩は枕を涙で濡らしそうだ。

 なんとかボート氏が黄色い声の中で、司会者から商品券を受け取る。それを彼が客席へ高く掲げると、「ノルベルト!」と名を呼ぶいくつもの声が広場に響き渡った。


 観客が笑い合い、荷物を抱えて帰路に散り、広場に夕暮れの風が涼しく吹き抜けた。町民が演台の板をガタガタと外し、屋台の鍋や看板を片付け、汗と埃の匂いが漂い始める。本当に、これですべての祭りが終わってしまったのだ。放心して、イマはしばらく椅子から立ち上がれなかった。


「――あの、お嬢さん」


 そのまま呆けていたときに声をかけられ、振り向くと――コーゾ三号がそこにいた。

 イマはすぐさま地に膝を着き、拝み伏した。

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