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深窓の令嬢、ご当地令息に出会ったけれど。~恋より推し活に専念します!~  作者: つこさん。


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第39話 深窓の令嬢、もやもやする。

 次の日の朝、イマは目覚めても、しばらく体を起こせなかった。

 胸の奥、心臓のあたりが固くなっていた。ぎゅっと、内側からしぼられているようで、寝台の上でひとつ深く息を吐いても、なにも抜けていかない。

 夢を見ていたような気がした。けれど思い出そうとしても、音だけが残っていた。だれかが怒鳴っていた。だれかが、だれかに、何かを言っていた。 ――イマのことで。


 ゆっくりと身を起こし、身繕いをすませても、胸の奥の重みは変わらなかった。


 側仕えのメイドが、めずらしく心配そうにイマの髪を結ってくれる。けれどイマは、たぶん笑えていない自分に気づきながらも、どうにもできなかった。


 食堂へ、行きたくないな、と思う。ヨーズアとレネ氏がどうして争っていたのか、その理由が知りたいのに、当人のヨーズアと顔を合わせるのが怖い。イマは、自分でも甘えだな、と思いながら、メイドへ「部屋で朝食をとってはダメかしら?」と小声で聞いてみた。少し考えるような間の後、メイドは了承した。


 ひとりでとる食事は、味気ない。


 メイドが食器を下げるとき、イマもいっしょに部屋を出た。廊下へ出たときにイマはぎょっとして立ち尽くす。

 ヨーズアが――こちらを向いて立っていた。


 イマとヨーズアの視線がぶつかる。 その瞬間、ヨーズアの口元が、なにかを問いかけるように、わずかに動いた。そしてイマの方へと歩いてくる。

 でも、イマは目をそらした。

 そしてそのまま、少し駆け足でヨーズアの隣をすり抜けて――階段を下った。


「お嬢!」


 ヨーズアの声が追いかけてくる。

 思わず走り出した。寝間着でも、スリッパでもなかったけれど、まるで着の身着のままで逃げているような心もとなさだった。

 屋敷の庭を抜け、馬丁のところへ向かう。馬丁は、御者の仕事も兼任してくれている。朝のあいさつとともに帽子を取る彼へ、深呼吸してからイマは言った。


「――ねえ、イブールを巡りたいの! 馬車を出してくださる?」


 もう、何周だってしたイブールだ。いまさらイマがあらためて見て回るほど広くもない。なので馬丁は一瞬きょとんとしたが、快く応じてくれた。

 馬車は軽快な蹄の音を響かせながら、屋敷の門をくぐり、町へと進んだ。

 いろいろなところへ行った。パン屋さん。定食屋さん。最近気合いが入っているお土産屋さんに、イマが買い物したことはない八百屋さんやお肉屋さんまで。どこに行ってもイマは大歓迎された。午前中だけで四杯もお茶をごちそうになって、昼食はいらないと感じるほどだ。

 ――こういうとき、自分はここで、イブールでちゃんと生きているのだ、と感じられる。

 けれどその安心が、壊れてしまいそうな予感があって――ヨーズアと話すのが、怖かった。


 少しだけ足を伸ばして、市街地の外に広がる牧場にも行ってみた。みごとに牧場で、牛と羊がたくさんだ。牧羊犬が柵の外から眺めるイマに気づいて突進してきた。手を出したらベロンベロンなめられてしまった。とても手を洗いたいが、ベロンベロンされた直後に洗うのは牧羊犬に失礼ではないだろうかとイマは思った。せっかくの親愛のベロンベロンなのだ。

 なのでベロンベロンされた手のひらを開いたまま、どうにか馬車に乗り込んで、ついでだから全身も洗ってしまおうと思い、ペペイン温泉『和み苑』へ向かった。


 平日の午後なので、和み苑の内風呂の洗い場には、仕事帰りの人もたくさんいた。みんな同じ町の住人ばかりで、観光客はいない。なので響いている話題はイブールに関することばかりだ。イマは反響するみんなの会話を聞くともなしに聞きながら、ぬるい方の湯船でうとうとした。親切な方に揺り起こされたのは、夕方になるころだ。

 しっかり茹だって、脱衣所でしばらくぼーっとして、水分補給後に浴衣を着て休み処で横になる。これではまったく、家に帰りたくない子どもみたいだと思った。しかし一日中動いて回った疲れがどっと出て、イマはそのまま眠りこけてしまった。


 そして、ゆるゆると目が覚めた。和み苑の天井の風と花吹雪の模様が見え……たのではなく、ぼんやりとした視界では、横になって本を読んでいる人の横顔が見え――


「――起きたんですか。こんなところで寝っこけるんじゃないですよ、不用心な」

「……んぇ……?」

「あんた若い女性で、いいところのお嬢さんなこと自覚なさい。なんかあったらどうするんですか」


 そう言って起き上がったのは――「……ドク」


「……朝からほっつき歩いて――気は済みましたか」


 寝ぼけているイマは、一瞬自分がヨーズアを避けて歩いていた事実をわすれていた。なので自分へ向けられたそのヨーズアの問いかけの意味がわからず、そしてわかったときに、あわてて起き上がった。

 起き上がったのはいいものの、イマはヨーズアの方を向けなかった。昨日のレネ氏とのいざこざの内容を、知りたくはある。だが、それよりも前に――


 ――……わたくし、たぶん……恐れているんですわ。……ドクのことを。


 それが、どういう理由なのかは自分でも言語化できない。ただ、頭の中でぐるぐると巡るのは――ヨーズアがラフィニア公女とともにいる様子。

 まっすぐに向き合えば、なにかが壊れてしまう気がする。

 それがイマ自身なのか、それとも、他のなにかなのか、あるいはこのイブールでの生活そのものなのか――それすらわからなくて。


「……着替えて、屋敷に戻りましょう。それからちょっと、話があります」


 びくり、とイマの体が強張った。座ってうつむいたまま、なにも言えない。

 イマは、ヨーズアからなにも聞きたくなかった。それに、なにも聞かれたくなかった。なので立ち上がって女性脱衣所へ向かいながら、ヨーズアの方向を見ずに「ひとりで戻りますわ」と言った。自分でも、冷たい口調になってしまったと気づいた。

 ヨーズアはぜったいに待っていると確信があって、イマはこっそり着替えを持って、浴衣のまま露天風呂へ向かった。そこにも脱衣所があり、着替えができて、イマの屋敷の者だけが用いられる裏口から屋敷へ戻れるのだ。

 そこまではよかった。が、靴は和み苑の玄関にある。裏口から外へ出ようとしてどうしようと思っていたところへ「裏をかいたつもりでしょうが、あんたはわかりやすすぎるんですよ」と声がした。置いてきた靴を足下に置かれる。


「なんで逃げるんですか」

「……逃げてません」

「じゃあ俺の顔見てください」


 イマは、きゅっと唇の端を横に引いて、ヨーズアの顔を見上げた。彼はいつものように、どこか退屈そうな無表情だった。

 もう一度下を向いて、靴を履く。ヨーズアのはっきりとした声が降ってくる。


「――フランセン君から。泣いていたと聞きました。お嬢が」


 その声は、いつもの無愛想とは少し違っていて……もっと、かしこまったものだった。

 だから……顔を上げられなかった。

 イマはなにも言わなかった。泣いた理由だって自分ではよくわからないのに、なにを問われても答えられない。だから「知りません」とつぶやいて、うつむいたまま屋敷の裏門へと歩いた。ヨーズアがいつものようにイマと歩調を合わせてついてくる。


「俺の態度がなにか嫌だったんですか?」

「そんなことありません」

「じゃあ、なんで怒ってるんです」

「怒ってません」


 厨房の窓から、美味しそうな匂いがしてきた。たぶんトマトの煮込み物だ。夕食の席は、ラフィニア公女もいるので外すわけにはいかない。

 厨房の裏勝手口の前まで来て、イマはヨーズアを振り返って、言った。


「怒っていませんし、泣いてもいません。なので、ドクが心配するようなことは――なにもないです」


 そう言って、イマは厨房へ入って後ろ手に扉を閉めた。ヨーズアの表情を確認せずに。

 やっぱり、羊肉のトマト煮込みだった。

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