第20話 深窓の令嬢、決断する。
「お会いしたかった、イマお嬢様。今日はまた一段とお美しい。光り輝いていらっしゃるようだ」
「まあ、本日は青いお花ですのね。ありがとうございます」
翌日、わさっとした花束とともにレネ氏は現れた。平日だけれど町役場の仕事はだいじょうぶなのだろうか、とイマはちょっとだけ思った。応接室で、さっそく『作戦会議』に入る。
イマは、自分なりにがんばってこの『作戦会議』に臨もうと思っていた。なので、今日はメイドが言うところの「勝負服」を着た。お気に入りのワンピースで、イマの瞳の色と同じ青翠のレースでできた涼しげなやつだ。それに、白金色の髪の毛も結い上げてもらった。気合いを入れて化粧までしてくれた。
朝食の席で会ったとき、ヨーズアがいっしゅん止まってから、真顔で「どこの舞踏会に行く気ですか」と、聞いてきたくらいだ。
レネ・フランセン氏は、町おこし振興課の若き責任者だ。イブールの祖であるペペイン・スリンゲルラントの末裔でもあり、イブール振興に熱い思いを持っている。よって、町民の信頼も厚い人物だ。さらに言うと、端整な顔立ちと物腰の柔らかさで、イマの屋敷のメイドや女性使用人たちからの人気も高い。
そんな彼は、本当に今回の件について深く責任を感じているらしい。席に着くとき、レネ氏は立ったまま真っ先に「本当に、申し訳ありませんでした」と言って胸に手を当てた。
イマはいったいなんのことかわからず「まあ、なにか謝罪を受けるようなことが、わたくしにありましたの?」と素で聞き返してしまった。
「この度、町長と副町長がイマお嬢様を謀った件……事前に察知できず、食い止めることもできませんでした。全面的に、わたしの落ち度です」
「まああ、そんなことおっしゃらないで! そもそも、わたくしがうかつ過ぎたのです。レネ様に落ち度なんてございませんわ!」
思わずイマも立ち上がってそう言った。そこでレネ氏に謝られてしまうと、なにも考えずに契約書へ署名してしまったイマは、身の置きどころがなくなる。
レネ氏は、本来ならば町議会の決定に関与できる立場ではない。しかし町おこしの中心として動いてきた自負が、レネ氏を責め立てるのだろう。まして、温泉事業を盛り上げるために最初からずっと関わってくれている。
謝り合っていると、ヨーズアが「きりがないんで、そこいらでやめてください」と切り上げてくれた。
ソファに浅く腰掛けた後、すぐにレネ氏は「では、今後のことですが」と本題に入った。
「町議会を、訴えることも視野に入れて動く必要があると、考えています」
その言葉は、イマにとって重々しい響きだった。そして、実際にその内容は重い。
イマはなにを言うべきか考えて、扇子をパチリと鳴らす。ヨーズアはなにも言わず、イマの言葉を待っているようだった。
メイドが三人の前に茶を出して――壁際に下がったところで、イマは顔を上げてレネ氏へ言った。
「……それは、最後の手段にしていただけませんか?」
レネ氏もイマの言葉を待っていたようだが、その内容には驚いた顔をした。
そして「どうしてです? あなたの権利が、実際におびやかされようとしているのに」と前のめりに尋ねる。
「争えば、きっと……いろいろなものが壊れてしまいます。温泉も、町も、町の人たちとの信頼関係も。わたくし、この町――イブールが、好きなんです。壊したく、ありません」
レネ氏は、目を瞬いた。そして、どこかうれしそうな笑みを浮かべる。
ヨーズアは鼻を鳴らし、足を組んで茶を手に取り、おもしろそうに言った。
「……じゃあ、どうするんです?」
その問いかけに、イマは堂々と言った。
「わかりません!」
ヨーズアは爆笑した。メイドも吹き出し、レネ氏も呆気にとられた顔の後、笑った。
そして、ヨーズアは「もうちょっと悪びれなさい、あんたは」と言いながら茶をテーブルに置いた。
「ひとつ提案がありますよ。軽挙妄動ながら、それなりに最近考えているお嬢へ」
「まあ、なんでしょう。良い響きに聞こえませんがケイキョモウドウってどういう意味ですの?」
「あんたが、町民に話すんですよ。これまでのこと、現状、そして、これからのこと。全部。――信じてもらうには、それしかないでしょう」
イマは、言われたことの意味がとっさに理解できなかった。彼女がヨーズアへ尋ねるよりも先に、レネ氏がつぶやいた。
「……説明会か」
その言葉で、イマはヨーズアの言ったことの意味を理解した。ヨーズアは口元で笑いながら「そういうことです」と言う。
レネ氏は口元を片手で覆い、深く考える表情をした。しばらくの後、ちらりとヨーズアを見る。
そして、姿勢を正してイマへ向き直った。
「……非公式な形でなら、場所と人は用意できます。町議会に報告する義務もありません。住民説明会の一環という名目で――やってみましょうか」
レネ氏の水色の目は、まっすぐにイマをとらえて、真剣な光をたたえている。ヨーズアもイマを見ていた。レネ氏とは対象的に、おもしろそうな表情で。
「お嬢、覚悟はありますか」
ヨーズアが、イマの退路を断つように、尋ねた。
「……ええ。やります、わたくしやりますわ」
イマは宣言した。少しだけ、怖いと思う気持ちを奮い立たせて。
「――わたくしの、温泉ですから」
レネ氏はほほ笑み、ヨーズアは「ま、そうですね。やらないって言ったら俺も投げるところでしたよ」と言って、イマをあわてさせた。




