第17話 深窓の令嬢、やらかす。
2025/07/18 12:29 追記
申し訳ありません、間違えて前話に18話を投稿してしまっていたため、16話に上書きしました
失礼いたしました
「――ぜひ、イブールをあげて『ペペイン温泉』を盛り上げて行きたいのです」
ペペイン温泉が一般公開されるようになって、一週間が経過したころ。
町議会の偉い人から『内々にお話ししたい』という連絡があり、イマは屋敷の応接間にて彼らを迎えた。
イマは『内々に』という言葉の意味がわからなかったので、辞書で調べた。
「……「『内々に』……『ないない』って、いったい何が『ない』のかしら。――あっ……『こっそり』という意味ですの? まあ、では――ドクにはおつかいに行ってもらいましょう!」
だれに対してこっそりするか考えたとき、イマには、ヨーズアしか思いつかなかった。なぜなら、イマの生活に隠し事などなにもなく、そのうえヨーズアはイマの主治医であるため、体調すらも把握されているからだ。
こっそりしたことなど、これまでただの一度もなかったイマは、その誘いにとてもドキドキした。
なので、偉い人を迎えている現在――ヨーズアには銀行へ行ってもらっている。偉い人が来ることは、ヨーズアに告げていない。
これできっとこっそりだ、とイマは上機嫌だった。
「――まあ、まあ! みなさんも、ペペイン温泉を応援してくださるのですね!」
イマは扇子を口元に当ててほほ笑んだ。
心の中で「さすがペペインが開拓した土地の偉い人たちですわ、心がけがすばらしい」と思う。町長と副町長とのことだったが、イマは名前を忘れてしまった。太っている男性が町長で、痩せている男性が副町長だ。
「もし、ペペイン温泉によって、大量の観光客を呼び込むことができれば――国からの支援も厚くなります」
ハンカチで汗を拭きながら町長が言った。イマは国から支援が厚くなるのは、現状とどう違ってくるのかわからなかったが、重々しくうなずいておいた。
副町長が続けて言う。
「そうすれば、流通が一気に拓けるでしょう。それによって、イブールが中央の経済圏へ届くようになるかもしれない」
やはり、それがどういうことなのかイマにはよくわからなかった。しかし、イブールが良くなることには賛成なので「それは、きっとすばらしいことでございましょうね」と言っておいた。
「――この町の歳入のほとんどは、昔ながらの田畑の収穫と細々した取引税で賄われているのです。ですが、それだけでは限界がある。国に予算を申請しても、他の自治体に遅れを取ってしまう。観光地化が成功すれば、それも変わるでしょう」
「さようでございますか」
「そうなんです、よって――」
汗を拭き拭き、町長が副町長を見た。
副町長はカバンから、何枚かの書類を取り出した。
「――中央に出す書類には、ペペイン温泉を『町と一体となった地域振興』と位置づけたいのです。つまり――あくまで主導は『町』である、と」
なんだかよくわからなかったが、イブールのためになる話だろう、とイマは納得した。
イマは求められてそれらの書類に署名したが、いったいこれはなんだろう、と首を傾げた。
署名が終わると、お偉い二人は「ありがとうございます!」とイマへ握手を求め、ひとしきり盛り上がってから席を立った。
機嫌よく馬車に乗り込んで去っていく二人を見送ると、入れ替わりで屋敷の馬車が戻ってきた。
銀行へ向かわせたヨーズアが帰って来たのだ。ヨーズアはにこにこと馬車を降りてイマの元へ現金入りバッグを持って来た。
「ただいま戻りました、イマお嬢様」
「おかえりなさいまし、ドク。ありがとうございますわ」
「ところで、この金はどうするんです?」
にこにこのままでヨーズアが尋ねてきたが、イマは特に使い道を考えていなかった。ただヨーズアにこっそりしたかっただけなのだ。
なので正直に「なにも考えておりません!」と言った。
「ん? ペペイン温泉関連事業に使うんじゃないんですか?」
「そうですわね、そうしましょう!」
イマが扇子をパチンと閉めて言うと、ヨーズアはじっとイマの顔を見た。そして言う。
「……お嬢、なんか俺に隠し事してませんか」
イマはその場で盛大にびくっとした。なんでバレたのだろうか。
目を逸らして「そそそそそ、そんなことはありませんわ!」とイマは言った。
「さっきすれ違った馬車。町役場のモノでしたね」
断定的な口調でヨーズアが言った。イマは扇子を開いて顔を隠し、視線を四方八方へ散らしながら「まあああああ、そうだったかしら?」と述べる。
「だれが来ていたんです」
「……きっ、来ていませんっ」
「ほほーう。ではなぜ、メイドのミンケが、応接室から三人分のカップを下げているんでしょうねえ」
「ああっ、ミンケ、タイミングが悪いわ!」
イマがあわてて言うと、メイドはきょとんとした顔で首を傾げた。ヨーズアはメイドに尋ねる。
「で、だれが来ていた?」
「町長さんと、副町長さんです。温泉のことで」
「だめー! 言っちゃダメ! ミンケ! こっそりなのよ!」
メイドが言ってしまった後で制しても意味がない。ヨーズアは「ほほう」と笑顔になった。怖くてイマはその顔を直視できなかった。
ヨーズアは大きな歩幅で応接室へと向かった。イマはあわててその後を追う。
さきほど署名を求められた書類の控えが、そこに置きっぱなしなのだ。まずい、と思ったが、すでに遅い。
「――お嬢。お偉いさんと、なに話したんですか。温泉事業のことで」
書類を手にしてざっと眺めてから、ヨーズアがそう言った。声色がぜんぜん変わらないのでなおのこと怖い、とイマは思った。
ヨーズアは、いつもイマを叱りつけることはあるが、そんなときは怒ったような声を出すだけで本当には怒っていない。知っている。
が、今の様子はそれとはぜんぜん違う。
ヨーズアは笑顔のまま、イマに一歩ずつ詰め寄り「温泉事業のことは、俺に一任するって、言いましたよね、お嬢?」と言い募る。
イマはどうして問い詰められているのかわからず、反発を覚えた。
「でっ、でも! ペペイン温泉は、わたくしの温泉です!」
「そうですよ。でも、事業に関してはあんたはまるで素人で、金勘定ひとつできない。だから俺がぜんぶ取り仕切ってるじゃないですか。それをわかってますか?」
「できますっ、わたくしだって、できますっ」
イマは、思わずそう言ってしまった。そして言ってから少しだけ後悔した。
ヨーズアの笑顔がスンッと消えて、無表情になったのだ。
事実、イマは事業のことをなにもわかっていない。いちおう、ヨーズアから適宜報告は受けているし、現在どのようなことをしているのかも、ざっくりとは把握している。
けれど、ほとんどの事務仕事や現場での細かな指示はヨーズアから出ている。イマは、自分が思い描いていることをヨーズアへ伝えたら、後はときどき現場へ行って「ようございますわ! その調子でお願いいたしますわね!」と言うだけで済んでいる。
そこに、どんなたいへんさがあるのかも知らない。
「――そうですか。町長と副町長が直々に来て、お嬢といっしょになにかをやるって言うんですね」
そのヨーズアの声が、あまりにも冷静なものだったので、イマは怯んでしまった。
そして――謝り損ねてしまった。
「……ペペイン温泉のことは、フランセン君と何度も話し合って、やっと少しずつ形にしようとしてたところだったんです。最大限、お嬢に利する形で。あんたもそれは承知していたはずだ」
知っている。イマは何回も話し合いに同席したし、ヨーズアは難しいところについては別に時間をとって説明もしてくれた。
ぜんぶ、イマのためを思ってなされている、とわかる仕方で。
レネ氏も「これから、たのしみですね!」とさわやかに笑っていた。
「それも反故にするなら、そうすればいい」
書類と、銀行から持って来たカバンを応接テーブルに残して――ヨーズアは部屋を出て行ってしまった。
イマは、とんでもなく取り返しのつかないことをしてしまったことに、気づいた。
「――だって、町の偉い人たちが、わたくしを頼りにしてくれるなんて――それが、なんだかうれしくて……」
イマはつぶやいたが、その言い訳はだれの耳にも入らなかった。
どうしていいかわからず、少しだけイマは泣いた。




