第14話 深窓の令嬢、ちょっと仲間外れ。
「ステキですわぁ……」
イマは今、屋敷の二階にある自室のバルコニーからの展望の美しさに目を奪われている。ライテ丘の野花が香り、そよ風がイマの白金の髪を揺らす。
眼下に広がるのは、ペペインっぽい男性たちが汗水流して器材の搬入作業をし、試掘場所として選定された三箇所の整地を始める姿である。笑い声と、注意を促す掛け声がさざめく。
先日イマが町役場へ提出した試掘計画は、町議会で満場一致の賛成だった。イブールの観光資源が増えるかもしれない一大事なのだ。可及的速やかに可決された。
急いで審議してくれた働き者の町議会の人々には、ぜひ美味しい物でも食べてゆっくりしてほしいものだ。先日イマから贈った町役場への寄附は、なにかの役に立っただろうか。
そうした流れゆえに、事業を請け負ってくれた職人たちが、昨日からイマの屋敷の隣りの土地へ通って作業に当たってくれている。すばらしい。とても眼福だ。もうここが楽園でいい。
イマは視力が良くてよかったと思いつつ、やはり最新鋭の双眼鏡を入手すべきではないかとも思ったが、それを口にするとヨーズアに「あんた、そんな気色悪いことする気なんですか」とドン引きされたのでやめた。ちょっと悔しい。
ときどきいろんなペペインっぽい男性がふと上を見て、イマへ手を振ってくれる。もちろん全力で振り返す。至福だ。最高以外の言葉がみつからない。どうしたらいいだろう。幸せすぎる。
掘削作業には、もちろんイマも参加しようとした。が、いろんな人からやめるように説得され、見学するに留めている。
たくさんのペペインっぽい男性たちから「やめなよ、お嬢」と心配そうな眼差しで言われてしまったら逆らえない。ヨーズアには端的に「じゃまです、お嬢」と言われた。
それならば、しかたない。しかたないから見学である。ああ、幸せだ。ここが楽園でいい。ここをライテ丘ではなく楽園に名前を変える提案を町議会へ提出しようとイマは誓った。
「お嬢様、レネ・フランセン様がおみえです」
メイドがしずしずとやって来て、そう伝えた。イマはこのすばらしい眺めの場所から移動したくなかったが、未婚女性が親族でもない男性を自室に入れることは、はしたないことだという感覚は持ち合わせている。
よって、不承不承ながらも客間へと向かった。ヨーズアは別だ。彼はイマにとって、親族のようなものなのだ。具体的に言うと従兄弟のお兄ちゃんという感じだ。実際にはイマに従兄弟のお兄ちゃんはいないが、そういう感じなのだ。
文句を言うヨーズアも引きずって客間へ行くと、わさっとピンクと黄色の花束を持ったレネ氏が部屋の中央、応接ソファの横に直立不動で立っていた。メイドが茶を出しあぐねてオドオドしている。座ればいいのに。
レネ氏は入室したイマを見ると「お会いしたかった」と駆け寄って来た。そこまで広くない部屋だ。歩けばいいのに。
「イマお嬢様。あなたをイメージした花です。受け取ってください」
「まあ、ありがとうございます。かわいらしいですわね」
「あなたは、もっとかわいらしい」
「ありがとうございますわ!」
花束をメイドへ渡しつつ、イマは「本日は、どういったご用向きですの?」と尋ねた。
「町議会で、イマお嬢様の掘削調査工事の町役場担当官として、わたしが専任されました。そのご挨拶に」
「まあ、そうですの。ごていねいにありがとうございます」
ヨーズアがイマの背後で「あれ、フランセン君は土木事業部所属だったっけ? 町おこし振興課じゃなかったか?」と言っていた。
聞こえていたであろうレネ氏は華麗にスルーを決め込もうとしたが、イマが「そういえばそうでしたわね?」とレネ氏を見ると、小声で「……振興課の、試掘工事における観光資源調査とその広報担当になりました」と白状した。
イマが笑顔で「そうでしたの!」と言うと、レネ氏はまぶしそうに目を細める。
「もし温泉ができたら、イブール観光にも良い影響がありましょうね!」
「はい。町おこし事業にぜひ温泉の広報も、と考えています。きっとイブール経済にも一石が投じられる」
「――そのことだがね、フランセン君」
メガネを押し上げながらずいっとヨーズアが割って入った。彼は経済という言葉が大好きなのだ。レネ氏はのけぞってヨーズアを見る。
「はい、なんでしょう?」
「温泉事業はイマお嬢様から、この私ヨーズア・メールディンクがお預かりしていてね。権利関係のお話も、私が引き受けることになっている」
「はあ、そうですか」
「よって、今後すべての儲……話は私を通してくれたまえ」
レネ氏が「えっ」とひるんだ。そして「そんな、せっかく担当になったのに」と、なにやら言い募ろうとしたが、ヨーズアはチッチと舌を鳴らして人差し指を振った。
「甘いな、フランセン君。これは――革命だよ」
『革命』
イマとレネ氏の声がかぶった。
ヨーズアはレネ氏につかみかからん勢いで言う。イマはなんだかとてもすごそうな話にどきどきした。
「そうとも。この、畑と牛と羊しかないようなイブールに、革命が、起こる。――温泉が湧き、そうすれば、それを目当てに人が来る」
「はい。町おこし振興課でも、そこから観光客の流入を見込めると話題になっています」
「流入なんてもんじゃない。君たちが本気になれば――イブールを『市』にすることだって――夢じゃないかもしれない」
はっ、とレネ氏が息をついて、ヨーズアをまじまじと見た。ヨーズアはギラリとメガネを光らせて言う。
「……色恋なんかで目を曇らせてもらっては困るんだよ、フランセン君。これは、我々の、本気の戦いだ」
ずっと立っていたレネ氏は、一呼吸の後にスタスタと応接ソファへ向かった。そして座り、前傾姿勢でヨーズアに言う。
「……詳しくお話を伺えますか」
ヨーズアは満足そうにうなずき、レネ氏の正面に座った。そして二人で難しそうな話を始める。
イマはなんだかよくわからなかったが、二人が仲良しになったのはいいことだと思うので、メイドへ「いいお茶を出して差し上げて。お菓子もよ」と頼んだ。




