第13話 深窓の令嬢、上手く行きそう。
「問題が生じましたの」
イマは胸元で両手の指を組んで、ベルント氏を見上げた。せいいっぱい瞳をうるうるさせたつもりだ。背後には引き連れてきたヨーズアと、建築士のウッツ氏。
きっとヨーズアはげんなりとした表情をしていることだろう。しかし、自ら温泉事業の管理者になると申し出たのだから、イマに付き添うのは当然のことだ。
イマはウッツ氏の「ベルントさんへ、現状報告に行ってきます」との言葉に「――それは、わたくしの口から報告すべきではありませんの?」と申し出、むりやりついて来た。ペペインっぽいベルント氏に会える機会を、逃すわけがない。
そして、自分の口から説明した。
「温泉が出そうなんですの」
と。
地質調査には数日かかった。ハイモは測量後に簡易の試掘調査をし、熱水脈の兆候を確認した。イマにはわからなかったが、どうやら硫黄の香りがするらしい。そして、そこから掘削作業で確認するとなれば、さらに数カ月を要するとのことだ。
さらに言うと、それで温泉を掘り当てたら……そこに家は建てられない。
ということは――職人たちの直近の仕事がなくなるのだ。
なんという一大事だろうか。これはぜひとも、雇用主であるイマが伝えなければならない重大事項だ。決してペペイン度の高い男性たちがたくさんいる事業所へ行ってみたかったとか、そういうことではない。イマが負うべき責任なのだ。
ベルント氏は、しっかりとしたヒゲあごをなでてイマを見た。ステキすぎてイマはドキドキした。とにかく、掘削作業によって確認する必要があり、家を建てる土地は他に探す予定であることをどうにか伝える。ペペイン邸のレプリカは、建てる。これはイマの中で決定事項だ。変更はない。
「そっかー。じゃあ、新しい土地をこれから探すってんで、オレらに仕事振れなくて、困ってるんだな? そういうことだろ?」
「さようでございます。お待ちいただくことになってしまい、本当に心苦しいのですわ」
心苦しさは本当過ぎるので、イマの瞳のうるうるも本当になってきた。せっかく身近にペペイン度の高い男性たちがたくさん働く幸せな環境を作れそうだったのに、なんたることだろう。
ベルント氏が「んー」と言いながら、事業所の奥を振り向いた。木材の山と工具が積まれ、ハンマーの音がどこかから響いている。
そして、ベルント氏は大声で「おい、イーフォ!」と怒鳴った。ちょっと怖くてイマは後ずさりをしそうになったが、そこもかっこいい、と思い胸が高鳴る。ペペインもきっとこんな感じだったに違いない。
「あい、なんすかー!」
二階あたりから、怒鳴り声で返事がある。もしかしたら彼らにとってこれは、怒鳴りではないのかもしれない。びくっとしてしまうが、ぜひともがんばってこれに慣れなければとイマは決意する。
ドンドンドン、と大きな足音を立てて職人作業服姿の若い男性が降りて来た。
「イーフォ、おまえ、掘削できるんじゃなかったか?」
「あー、はい。前職がそれ系だったんで。基礎工事の掘削」
「よし、じゃあ今回おまえが指揮とってやれ」
ベルント氏が、イーフォ氏へそう述べる。そしてイマへ向き直って笑った。
「調査の試掘、オレらでやりゃあいいんじゃねえか? それで、オレらにも仕事が回る。そういうことだろ?」
ウッツ氏が「えっとー、専門業者を呼ぼうと思ったんですが……」とつぶやくと、ベルント氏は「いらん、いらん」と大きな声で笑った。
「こう見えてもな、オレらはけっこう頭使って仕事してるんだよ。オレも十代のころは外で修行してきて、こうやって看板持ったんだ」
そう述べるベルント氏の余裕のある笑顔に、イマはくらりとした。――大人の男性の色気! ステキ!
「測量も、掘削もひととおり経験はある。よかったら、任せてくれや、お嬢」
「もちろんですわ! 最高です!」
「あー、はい。イマお嬢様がよければ、はい……」
ウッツ氏が気弱な声で言った。ヨーズアが盛大なあくびをしたのが聞こえた。
「あの……すみません」
事業所の入り口ドアが、小さなきしみ音を上げて開いた。そして声がかけられる。どこかで聞いたことのある声だ、と思ってイマが振り返ると、癖のある黒髪を整えた男性が立っている。
彼は――
「――あら、まあ。レネ・フランセン様。おひさしゅうございます。わたくしの第一回聖地探訪以来でございますわね。こちらでお会いするとは思いませんでしたわ」
ペペインの子孫で、町役場で働いているレネ氏だ。なんと、ペペインっぽい男性たちと、ペペインの末裔の邂逅である。これはすばらしい場面に居合わせることができた、とイマは心で神に感謝した。
「イマお嬢様、おひさしぶりです。……お会いしたかった」
そう言いツカツカと近づいてきて、イマの手を取り口づけるレネ氏は、あいかわらずあごが細いが、以前よりちょっとだけ厚みが増したようにも見える。ペペインに近づこうという志をしっかり形にしようとしているらしい。すばらしい。なんて見込みある若者だろう。イブールの未来はとても明るい。
レネ氏は「あの……お嬢様のお屋敷へ、試掘の申請に関する要項で伺う途中だったのですが……」と言いながら、困惑した様子でベルント氏の事業所内を見渡す。
「――この会社の前に、イマお嬢様の馬車があったので……どうされたのですか? なにかいざこざが?」
「まあ、我が家へ向かわれるところでしたのね! 行き違いにならずようございました。いざこざではございませんのよ。むしろ、今とても良いお話がまとまったところですの!」
にこにことしながらイマが言うと、レネ氏はまぶしそうな表情をしてイマを見た。そして「良い話とは?」と尋ねる。
「こちらの職人のみなさまに、すぐにお仕事をしていただけるのですわ! わたくしの屋敷の隣の土地を、掘削していただきますの!」
「ああ、話がそこまで進んだのか。業者がまだ決まっていないとのことでしたので、その件をお話ししたかったのです。――ところで、掘削して、どうされるのですか?」
レネ氏が離さないので、手を取られたままイマはその問いかけに答えた。イマ自身、最高の笑顔になったと感じた。
「温泉ですわ! 『ペペイン温泉』を作るんですのよ!」




