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深窓の令嬢、ご当地令息に出会ったけれど。~恋より推し活に専念します!~  作者: つこさん。


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第10話 深窓の令嬢、間違いに気づく。

「まずは測量から始めなければなりません」


 アメルン工務店の木の壁は朝露に濡れ、窓からそよ風が野花の香りを運ぶ。机には図面や定規が散らばり、えんぴつの削りカスが床に落ちている。

 イマが「職人さんたちが、ライテ丘で待っておりますのよ」との現状を伝えると、少しの沈黙の時間を挟んでからウッツ氏は噛んで含めるように言った。その真剣な様子に、きっとその言葉はペペイン邸のために重要なことなのだ、とイマは身を乗り出した。


「――ソクリョウとは、なんですの?」

「そこかー、そこからでしたかー」


 ウッツ氏は唇を動かさずにそう言った。なんて器用な人だろうか。ヨーズアが「俺もう帰っちゃダメっすかね?」と言い始めたので、イマは彼のカバンを引っ張って自分の手元まで持って来た。けっこう重い。

 ウッツ氏は測量の意味と重要性について訥々と語ってくれた。なるほど、測量は必要不可欠だ、とイマは納得した。


「では、測量に参りましょう」

「えーっと、それは測量技師という専門職の者がですね」


 ウッツ氏は「どうしたものか」とつぶやき、額に手を当て考え、なぜかすがるような瞳でヨーズアを見た。ヨーズアは完全にそっぽを向いて寝たふりをしている。朝陽が机を照らし、そよ風がカーテンを揺らす。

 なにかを決心したかのような表情で顔を上げて、彼は「ぜんぶ、最初から流れを説明しますね」と言った。


「家を建てるのは、夢を形にする大事な仕事ですが、順序が肝心です」

「順序」

「ええ。まず、ライテ丘へ行き、建築士である僕ではなく、測量技師が測量をします」

「なんですって、ウッツ様ではいけませんの?」


 ウッツ氏はイマへ向き直り、そして言葉を選ぶように「建築士は、言うなれば家の設計図を作る仕事ですが――」と言う。


「――どのくらいの土地面積があるか。土の硬さを調べたり、寸法や傾斜度を調べる。ライテ丘ということですね? であれば傾斜で、ここともまるで地盤が違う。それを見極めるには特殊な技術が必要なんです。測量技師はそういう、重要な役割です。僕のような建築士は、彼らが見極めた土地の状態を把握してからでなければまったく仕事になりません」

「まあ、たいへん!」


 イマは自分の無知を恥じつつ、決然と立ち上がった。そして宣言する。


「イブール中の測量技師を雇用しましょう!」

「いえ、ひとりで十分です。多くても三人」


 そう言って、ウッツ氏は立ち上がった。そして「ちょっと待っていてください。連れて来ますから」と、工務店から出ていく。

 しばらく手持ち無沙汰になったイマはヨーズアを扇子でつついたが、寝たふりを継続する模様だった。なので彼の仕事鞄を開けて中を覗こうとしたところ「あんたなにするんですか⁉」と起き上がって取り返された。なんだろう。なにが入っているのだろうか。


「……おまたせしました。こいつなら、ひとりでもいけます」


 ウッツ氏がドアを軋ませて戻り、ひょろひょろの男性を引きずって連れてきた。男性は分厚い茶色の前髪が目を隠し、作業着はシワだらけで、枕をしっかりと抱きしめている。寝たふりではなく、グーグーと寝息を立てる。


「ハイモです。こんなヤツですが、腕は確かです。このまま引きずって行きましょう」

「まあ、ハイモ様、イマ・ファン・レーストと申します。よろしくお願いいたしますわ」


 いちおうイマはあいさつをした。返事はいびきだった。イマが疑問を口にするよりも早く、ウッツ氏が「測量場所に着いて、機器を渡せば、ちゃんとやります」と言った。測量とはそういうものなのだろうか。


「こいつからもらった情報を元に、僕が図面を引きます。建てたいのはペペイン邸のレプリカとのことだ。普通の家を建てるわけではないので、少々調査も必要です」

「さようでございますか」


 ハイモ氏は、ガッとひとつ大きな音を出し、静かになった。息が止まったように思えるがだいじょうぶなのだろうか。


「一週間で初案を描きます。図面なしで建てるのは無謀の極みで、倒壊や法令違反の危険があります。建築士として、安全と責任は譲れません」

「承知いたしましたわ。よしなに」

「それらの準備がすべて整ってから、やっと資材や職人の手配、予算の見積もりです」

「えっ」


 ヨーズアが、ハイモ氏につられたのか大きなあくびをした。イマは聞いたことがちょっと信じられなくて耳に髪をかけた。

 現場には、ベルントを始め、二十名ほどの職人がいる。


「全体の工期は……そうですね、数カ月を見てください」

「数カ月! そんなにかかるんですの?」

「もちろんです。ケーキを焼くのとは意味が違います」


 頬に手を当てて、イマは困惑した。そして、つぶやく。


「まあ、どうしましょう!」


 イマは、このときになって初めて理解した。自分の物知らずと、それゆえにあまりにも早まった行動をとってしまった、ということを。だからペペイン度が高いかっこいいベルント氏は、あわてて自分をウッツ氏のもとへやったのだと。


 つまりはこういうことだ。

 職人だけで家は建たず、そして、職人に来てもらうには早すぎた。

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