肆の夜「無垢と無知」
無知は罪と言った人が居たそうな。正直なところ私だって常識知らずな人や、余りにも知性に欠けた人は好きとは言えないし、学ぶ努力を怠るということは罪と言ってもいいのではないだろうかと思ってしまうこともある。それでも今更になって無知は罪という言葉と向き合っているのは、私は私が知っていること、知らなかったこと、知るべきこと、知る必要のないこと、知ってしまったこと、それを踏まえて自分がするべきことについてわからなくなってしまったからである。
最近私の身の回りに起こった様々な非日常の出来事を周りの人が知れば、多分『関わるべきじゃなかった』とか『忘れた方がいい』とか言うと思う。でももう私は関わってしまったし、忘れようと思って簡単に忘れられるものでもない。だってあの二人に出会っていなかったら私はばあちゃんと出会えていなかったし、私が関わろうと思わなくても怪異としての『鬼』は視えてしまうのだから。
だから結局これは私の気持ちの問題でしかないのだ。勝手に感謝して、勝手に関わって、勝手に付きまとって、勝手に幻滅して。
私は私に視えているものが何かを知りたかった。それが鬼という存在であると知ってからは、鬼という存在について知りたくなった。鬼という存在について知ってからは、どうすればいいのかわからなくなった。いやそもそもどうするもこうするもないのはわかってはいるのだ。だって私は別に視ること以外に特別な力があるわけでもないし、視えてしまう理由や、それによって私に出来ることについての答えを期待しているだけに過ぎない。
私の抱える問題の解決策を持っているかも知れない二人に、正義のヒーローだと思った二人に、自分たちは悪だと明確に思い知らされしまって、どうすればいいのかわからなくなってしまっているだけなのだ。結局人任せなくせに、勝手に失望している自分に辟易してしまっただけなのだ。知ってしまったことで思い悩むことがあるのなら既知もまた罪なのではないだろうか。
「焦げ臭いぞ。」
その声で私は目の前で焼かれていた目玉焼きが炭になりそうなことに気が付いた。
「あぁすみません、ぼうっとしてました。」
私刑人の件から一週間、相変わらず私は毎朝あきんどに通いつめている。あんな事件を目の当たりにしたら普通なら距離を置いたりするのだろうけれど、他に知人もいない私からすれば、この日常は簡単に捨て去ることはできないものになってしまっている。ばあちゃんの時の恩という理由をつけて自分の居場所をなんとか繋いでいるだけかもしれないけれど、頼ることのできる人がいない寂しがりな私はこの二人から離れることができなくなっていた。
「そういえば腕の調子はどうですか?」
朝食をちゃぶ台に並べながら瑠璃さんの腕を見る。事件の後三日間は欠損したままだった腕は、どういう理屈かはわからないけど四日目の朝には元通りになっていた。それでも感覚が鈍いと言っていたので少し気になっていたのだ。
「あぁ、もうだいぶ本調子だな。といってもこの間みたいな大立ち回りは滅多にするもんじゃないから動きさえすれば問題ない。」
「おやおやそれは残念どすなあ、これで当主はんの『お世話』もお役御免でございますか。」
「お世話というのを強調するな。」
そんな二人の会話を聞きながらエプロンを外そうとした時、ふとポケットに入れていたもののことを思い出した。
「そういえば裏の郵便受けにこれが入ってましたよ。」
取り出した白い封筒を瑠璃さんに渡す。それを受け取ってまじまじと見る瑠璃さんは怪訝な顔を浮かべていた。
「これは開くべきか?」
瓜に封筒をひらひらとさせながら問うてみるが、当人はこちらを片目でちらりと見て鼻を鳴らすと、また食事に戻っていった。食事ができる体になったと知ってからは割りと食に関して貪欲になったようでなによりである。もちろん皮肉だが。
「月美はこれがどう見える。」
「どうと言われても、差出人もこちらの住所も一切書いてない真っ新な封筒ですよね。」
そう見えているのか。中には一枚紙が入っている様子で、おそらくは手紙なのだろうとは思うが、封筒自体には切手すら貼られていないところを見ると、直接誰かがここに届けたということだろう。現し世と半分切り離されているこの場所に手紙を送るような人間はまずいない。であればこの手紙の差出人はそれ以外の何かということになる。そして月美には見えなかった文字が封筒には書かれている。『竜宮殿へ』と。月美が封を切っていなかったことにとりあえず安堵した。
「月美、竜宮への手紙って知ってるか?」
「竜宮?ってあの浦島太郎の?」
「あぁ、その竜宮だ。」
封筒をちゃぶ台の上に置いて触るなよと念を押してからキッチンの換気扇を回して煙草に火を点ける。
「浦島太郎にそんな手紙出てきましたっけ。」
「確かに竜宮というのは御伽噺としての竜宮城を指してはいるんだが、竜宮への手紙は空想上のものではなく逸話だな。」
「逸話ってことは実際にあったってことですか?」
月美が居住いを正して聞く。月美はこういう時きちんと食いついてくれるから話し甲斐があるというものだ、誰かさんと違って。
「実際にあったかどうかは知らないが、実際にあったと言われているものが逸話と言われるものだ。そしてこれは豊臣秀吉の逸話の一つ。」
秀吉は小田原征伐のため船を出す際に現地の船頭たちの噂話に頭を抱えた。その地では船に馬や馬具を乗せて航海すれば、船や道具や人に事故が度々起こったとされていて、これは海の祟りだとされていた。このままでは船を出すことができないと思った秀吉は、竜宮への手紙をしたためて、これで問題ないはずだと船を出させた。噂を信じきっていた船頭たちは半信半疑のまま船を進めると、途中までは順調だったが天候が悪化し始めて海は荒れた。そこで船頭は秀吉から預かった手紙を海に投げ込んだところ、海は静けさを取り戻したというものである。
「そんな手紙がこれとどんな関係が?」
月美が不思議そうな顔で手紙を見ながら言う。
「お前には見えないんだろうが、そこには竜宮殿へと書かれている。こういう使い方は俺は想像もしなかったが、呪いとしては十分成立はしている。」
「まじない、ですか。」
「直接的な意味に捉えると一見意味のわからない手紙のように思えるが、そうだな、浦島太郎の話を思い出して欲しい。」
浦島太郎は助けた亀に連れられることで竜宮城へと至った。つまり竜宮城とは外界からは招待されることでしか入ることのできない異界、結界のようなものと考えられる。そして竜宮城とは水晶宮とも呼ばれる。水晶を孕んだ異界、つまり占い館を連想させることができる。そんな場所へ送られた竜宮への手紙だ。おそらく中には『難なくお通しください』みたいなことが書いてあるに違いない。
「え、そんなこじつけみないな感じでいいんですか?」
「呪いや陰陽術なんて大体こじつけみたいなもんさ、鬼や信仰も人が信じることでその姿を変えるのと変わらない。当人がそうだと信じること、周りがそうだと思い込むことで現し世に刻み付けるものだ。」
そのためにわざわざわかりやすくも『竜宮殿へ』なんて書いて寄越したんだろう。
「はぁ、まぁ竜宮への手紙というのがどういうものかはわかりましたが、結局これはなんなんですか?」
これ、とは目の前にある竜宮への手紙のことである。
「つまりだな、この場でそれの封を切ればここの結界が切れるというそういう類のものだ。」
善なる人と悪なる鬼を寄せ付けないこのあきんどの結界を切ることで得をする『人ならざる者』から送られてきた竜宮への手紙。その意味を知るにはこの封を切ってみるしかないだろう。結界自体は瓜が結び直せば元に戻るだろうから、その人ならざる者の真意を知るべきかどうか、という意味で瓜にこの封筒を開けるべきかと尋ねたのだ。
「それをどないにするかは当主はんにお任せはいたしますが、もし開けるのでしたら仕事の時間に、とだけ申しておきます。」
話の間に俺の分まで朝食を平らげた瓜は煙草に火を点けながら言う。それを聞いて溜め息を吐き、月美に目を向け釘を刺しておこうと思ったがやめておいた。
「何時に来ればいいですか?」
こいつはこう言う奴だからだ。
そろそろ夜中の零時を回るという頃、あきんどの店内では煙草を吸う三人がいた。煙草屋なのに煙草を吸わないのはどうかという月美に対して、百害あって一利もないぞと言っておいたのにも関わらずどうやら吸い始めてしまったようだ。
「この間みたいなのは勘弁したいもんだな。」
イージーチェアに体を沈めて天井に煙を吐きながらぽつりと呟いた。
その言葉を聞いて瓜と二人でソファに座っていた月美の肩がぴくりと跳ねて、それを見ていた瓜がくすくすと笑う。
「当主はんは意地悪いお人ですから、そないにいちいち気にして付き合ってはると、疲れてしまいますよ。」
俺に聞こえないように小声で言っているように見せて、しっかりとこちらまで届く声量で言っているあたり、どちらの意地が悪いというのか。
「そういう意味じゃない、この間のは事故みたいなもので、そうなる以前にあんな大立ち回りはごめんだと言っているんだ。」
「そうなる予定でもありはるんですか?」
「そうなるかわからないから困っているんだ。」
考えうる結論は二通りある。単純に差出人の善悪の話ではなく、この手紙を書いたのが差出人本人かそうでないのかということだ。あきんどに迷い込む人や鬼は多くはないが、決してゼロではない。しかしながら自ら望んで手段を問わず何としてもあきんどに足を踏み入れたいと思っている者がいるかと問われれば、首をかしげてしまうだろう。それぐらいにこの店は異界であり、俺たちは異質なのだ。では仮にそんな者がいたとしたら、一体その目的は何か。
「一生懸命に考え事をしてらっしゃるようでございますけれど、当主はん。そのふかあいお考えを、うり程度がはかり知ることはできませんが、頭が頑固になってしまう前に釘は刺させていただきまひょうか。」
気が付くと目の前に俺に冷ややかな目を向けながら煙を薫らせている瓜が立っていた。言い振りからして俺の考えが丸ごとわかっているようだが、つまりはここには頭が三つもあることを忘れるなよと言いたいわけだ。
「どうでもいい独り語りしか出ない口なら必要ありまへんなあ。」
言い方にいつも以上に棘があるのはきっと、月美の心中を思ってのことなんだろう。なぜなら瓜が怒る時は決まって他人のためだからだ。
「すまない、自分の考えばかりで相談しないのは僕の悪い癖だったよ。」
「わかってらっしゃればええんです。」
瓜はそう言ってにっこりと微笑むと、再びソファに戻って月美の膝に頭を乗せた。
「俺が考えていたのは、昼間も話していたが、この竜宮への手紙を誰が何のためにどのようにしてここに届けたのかということだ。」
咳払いをひとつして話し始める。
「でもそれは開けてみればわかるって話でここに集まったわけじゃないですか。」
月美がすかさず突っ込みを入れてきたが、それを手で制す。
「目的の方に関してはそれはその通りだ、だがその前に俺たちは考えなきゃならないことがある。目的ではなく手段の方だ。」
竜宮への手紙。月美がそれを知らなかった様に、一般的にあまり知られている逸話ではないだろう。それをあきんどが異界であると理解している者、つまり人ならざる鬼が都合よく知っていて、それを呪いとして利用するなどということがあり得るのだろうか。それほどの知恵や能力を持った鬼ならば、わざわざこんな回りくどい真似をするとは思えない。
「つまり当主はんの言いたいことは二つ通り。何らかの目的と能力を持ってらっしゃる『人間』の仕業か、その人間の力を借りた『鬼』の仕業か、ということでありんすな。」
そしてどちらの場合も俺たち悪鬼人に対して悪意を持っているかもしれないということだ。
「悪意を持っている、というのはどうしてそう言い切れるんですか?」
膝の上の瓜の髪を撫でながら言う月美に対して、瓜がまたくすくすと笑いながら答える。
「当主はんは『可能性がある』という話をしてらっしゃってるんですよ月美はん。でも賢い月美はんはそないなことを聞きたいわけやあらしまへんやろなあ。」
瓜がこちらに視線を向ける。その鬼灯色の目にはもっとわかりやすく説明しろ、と書かれていた。
「時々忘れているようだから改めて言うが、俺たちは悪鬼、つまりは人間から見れば悪霊と呼ばれるモノだ。」
所謂その道の『専門家』の人間からすれば、羅刹となり人間を超えた存在に成り得る可能性を持った『悪霊』が存在していると知ってしまった場合、どの様な行動に出るかという話である。そしてその『専門家』の力を借りようとする『鬼』もまた然り。己が積むことのできない善行によって成仏に至ろうと思う鬼を知ってしまった場合、どの様な行動に出るか。
「…なるほど…。」
「だが他の可能性もないわけじゃない、全ては仮定の話であって、結局はこの手紙の封を切ってみるのが結果への最短の道だってことだ。」
昼間この封筒を見た時点でここまで考えていたであろう瓜が、なぜこの時間を設けたかといえば、この考えを月美にも共有すべきだと思ったからなのだろう。そして本来ならばそんな危険の可能性を秘めたこの場に月美を置くこと自体避けるべきなのだろうが、きっと月美にとって何か必要なことだという瓜のなんらかの意図があるのだろう。多分きっとおそらくそうなのだろう。少なくとも俺にはさっぱりわからないが。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、柱時計がぼおんと鳴って零時を知らせた。
俺は封筒をひょいと摘まみ上げ、入口の正面である自分の仕事机に軽く腰掛けた。
「鬼が出るか蛇が出るか。」
跳梁跋扈か勿怪の幸いか。結局はどんなに考えを巡らせようが、結果を見てしまえば過去は過程に過ぎない。考えることは人間に与えられた権利であり美徳だが、他人の考えに振り回されてしまうのも人間らしさなのだろうか。思い返してみれば、ここ最近は想定外な事がよく起こる。そんな人間らしさに触れる機会が多くなってきているということは、俺たちが人間に近づいているということなんだろうか。
そんなことを思いながら封筒の封を切る。中にはやはり紙が一枚入っている様で、俺の様子を見ていた二人はその内容が気になっているようだ。開いた封筒に指を二本突っ込んで紙を引っ張り出そうと摘まんだ瞬間、ドアの方からカランとベルの音がした。
「御免下さい…。」
そう言っておずおずと入ってきたのは、女性だった。
そしてその姿を見て、瓜はやっぱりと呟いてため息を吐いた。
俺は客を椅子へと案内し、自分も仕事机に着く。正直気が進まない、面倒事だと分かり切ってしまっているからだ。下を向いて小さくため息を吐く。そんな俺たちの様子を見て月美は頭の上に疑問符が浮かんでいるようだが、それでも黙って様子を見ている所を見ると、何か感じ取ってはいるようだ。
「さて、こちらは空想妓楼あきんど。現し世と夢の境でございます。」
決まりの台詞を吐いたが、いつもの様な作り笑いは作れない。少ししてから女性は長い黒髪を揺らして頭を下げて口を開いた。
「あの…依頼書は読んでいただけましたでしょうか…。」
声に力はなく、目を合わせるとすぐに逸らしてしまったりするあたり、自分に自信がない方なのだろう。瓜ほどではないが顔立ちは整っていそうなのに。
いや、そんなことよりも今この客は依頼書と言ったのか?いつからこの店は依頼を受けるような場所になってしまったというんだ。ここは探偵事務所でもなければ駆け込み寺でもない。また増えてしまった謎に眉を寄せそうになっていたところで正面に座る不安そうな女性の顔が見えた。俺は精一杯の作り笑顔で話を続ける。わからないことは考えるのではなく確認すればいいのだ。
「丁度読もうと思っていたところでした。ただその前に、いくつかお聞きしてもよろしいですか?」
「な、なんでしょうか。」
「あなたに名前はありますか?」
質問に少し戸惑った後、女性は『沙織』と名乗った。
「沙織さん、あなたはどのようにしてこの店のことを知ったんですか?」
少し考えた後、ぽつりぽつりと沙織さんは話し始めた。彼女はどうしても解決しなければならない問題を抱えていたが、その解決方法に悩んでいたところで『専門家』を名乗る女性と出会った。その女性に教わり、あきんどを訪れようとしたがどんなに探しても店のドアに辿り着くことはできなかった。そこで専門家に相談に戻ったところ、彼女から渡されたのがこの竜宮への手紙だったそうだ。この依頼書を黒いポストに投函すれば、きっと辿り着けるだろうと。
「黒いポスト?」
「黒いぽすというんはきっと、こん国の郵便制度ができた当初使われていた黒塗柱箱のことを指してはるんと違いますか。」
紫煙と共に流れてきた突然の鶯の声に沙織さんは驚かされていたが、俺は気付けば机の隣に立っていた瓜の吐いた聞き慣れない単語の方に疑問が浮かぶ。
「ちなみにそれはいつ頃の話なんだ?」
「明治初期から三十年程の間の話でありんしょうか。まぁもちろん今日では使われているものではございませんし、あるとしても普通なら博物館に置かれているようなものかと思いますけれど。」
俺の記憶にあってもおかしくない物と一瞬思ったが、自分の人生には世間と隔絶されていた十三年の空白が存在していることを思い出して言葉を吞んだ。
「それで、その現代に存在しないであろう黒いポストと、竜宮への手紙と、あきんどに、どんな関係があるんだ。」
存在しないポストには手紙を投函することができない。仮に存在していたとして、そこに投函した宛名も送り先も書いていない手紙がなぜ本人の意思通りに届くのかということだ。
「ふうむ、そんお人はきっとそんなからくりまで説明を受けたわけではないでしょうし、その専門家ご本人様がここにいらっしゃらない以上、あくまで推測とこじつけの話にはなってしまいますがよろしいでっしゃろか、当主はん。」
瓜の話に頷くと、興味を持ったのか沙織さんも食い入るように瓜の方を見ていた。そしてそれは瓜の後ろで大人しくしていた月美も同様だった。
「『文車妖鬼』という妖怪を耳にしたことはありんすか?とはいえたぶん、当主はんも含めて初耳だとは思いますが。」
瓜の言葉に各々が首を傾げる。その様子に肩をすくめながら瓜は続ける。
「文車妖鬼という妖怪に関する記録というのは、天明初期に刊行された『百器徒然袋』という妖怪画集にのみ記載されております。そして重要なのは、文車妖鬼という妖怪に関する伝承や解説というものはこれ以外に一切存在しておりんせん。」
「うん?それってつまり、創作上の妖怪…?」
月美の呟きに瓜が軽く目を伏せて肯定する。
「文車、つまりは手紙を運ぶ黒い箱から生まれた怪異。付喪神に近いものとして語られていますが、月美はんも今となっては理解できると思いますが、妖怪や鬼という怪異の類は、その伝承や言い伝え、人の信仰や意思によって形を変えるものでありんす。ましてその数の少ない怪異ともなれば、尾ひれだけでなく足まで生えて、独り歩きしていてもおかしくないというところでござんしょう。ですがそこに強い意志を持った者の影がちらりと見えた時には…。」
「誰かがそういう存在に『成る』ように意図的に独自の解釈を加えた、ということか。」
煙草の煙をゆったりと吸って吐いた瓜がこちら見て軽く微笑む。
おそらくその誰か、というのは沙織さんの言う専門家のことだろう。しかし簡単に言ってみせたが、意図的に付喪神を造るということは、物に神を降ろしている様なものだ。ただの人間にできるような芸当だとはとても思えない。その専門家とやらは一体何者なんだ。
「この際その専門家について言及するのは止めておいた方がよさそうだな、あまりに謎が多過ぎる。」
瓜の話が一段落して沙織さんの方を見ると、ぽかんと口を開けたまま瓜を見て固まったままだった。瓜の人間離れした美しさのせいだろうか、それともその幼さの残る顔をした少女が喫煙していることに驚愕しているのだろうか。でも大丈夫だ、仮に俺たちのことが本に載ることがあれば、きっとこんな風な注意書きがされることだろう。
※この作品の登場人物は成人済み、もしくは人間ではありません、と。
「少し脱線しましたが、まずはこの依頼書とやらを読ませていただきますね。」
俺の声に、はっと沙織さんはこちらに向き直り、頭を二度三度縦に振った。
竜宮への手紙、専門家からの依頼書にはこう書かれていた。
『先ずは占い館の館主様にこちらのお嬢様を難なくお通しくださいましたことの感謝を申し上げます。もうご存じでしょうが、彼女は沙織という名を持っております。お気付きかとは思いますが、この方は既に人の身ではなく、貴方がたの言うところの鬼に該当する存在ですが、彼女自身にはその自覚がない様子です。不仕付けではありますが、どうか彼女の探し物の手伝いをしていただけることを切にお願い申し上げます。解決の折には、不肖なこの私から謝礼をさせていただきたいとも考えております。重ねて宜しくお願い致します。』
丁寧な文章の様に見えるが、要するに顔の知らない人間から丸投げされたということだ。専門家という仕事もきっと探偵事務所や駆け込み寺とは違うものなんだろう。だが俺たちと全く違うということもわかった。俺たちあきんどは待つことが仕事だが、こいつは自分から関わりに行っている。でなければ沙織さんはきっとここまで辿り着いていない。頭を下げて頼み込んでいるように見せかけて、腹の内ではこちらのことを試している。油断できない相手だな。
「沙織さんはこの手紙の内容をご存じでしたか?」
手紙の文章の面を沙織さんに見せながら尋ねる。
「えっと、そこに何か書いてあるようには見えないんですが…。」
なるほどな。
沙織さんは不思議そうにして、また不安そうな顔を浮かべていた。
「あぁ申し訳ありません、この紙には一種のおまじないの様なものがかかっていて、受け取った本人にしか読むことができないようです。」
もちろん適当な嘘だ。文面を見せようとしたのは確認の為で、この鬼に向けての手紙は、俺だけでなく瓜も読むことができるだろう。そして人間である月美には封筒の外側同様に読むことはできないはずだ。そこから導き出される答えは。
沙織さんは鬼でありながら人間の体を持っている、ということだ。




