表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空想妓楼 悪鬼人-あきんど-  作者: 桜路 葵
2/5

壹の明け 「人の鬼」

 昨日はどれぐらい酒を飲んだのか覚えてねぇ、家で一日中寝てたのか外はもう暗い。何か変な夢を見てた気もするが、頭が痛くて全然思い出せねぇ。布団でちゃんと寝てることが奇跡なぐらいだ。まぁ毎日毎日浴びるように酒を飲んで、うまいものを食って、女も好き放題にして、自由気ままに生きてるんだ。一日ぐらい寝て過ごしたって誰に何を言われるわけじゃねぇ。なんてったって俺はこの十年、成功しっぱなしだからな。

 覚えてる限り、事の初めは十年前の二月の終わり、いつものように朝起きてパチンコに行った何でもない日だった。その日は馬鹿勝ちだったんだ。他の客たちの羨望の眼差しを目一杯浴びながら楽しんだのを覚えてる。そして高ぇ肉屋で酒を飲みながら飯を食った帰り、何を思ったのか宝くじ屋に寄ったんだ。その場で当たりがわかるやつでよ。そしたらなんと五百万当たったんだ。わかるか?五百万だぜ?やっぱ神様ってやつはいるんだなって思ったよ。

 次の日に銀行に金を受け取りに行って、やっぱり現実だったって再確認した。俺はこの波に乗るしかねぇと思って、持ってる金の半分を使って今度は違う宝くじを買ったんだ。

 そうしたらそれが大当たり!俺は死ぬまで使い切れねぇぐらいの大金を手にした。

 そこからは人生が変わったぜ。これまで俺を見下してきた親とか同級生がよ、みんな俺に媚売って甘い汁を啜ろうとしてきやがる、それが面白くてよ。でも集まってくるのは馬鹿な奴ばっかりじゃなかった。テーブルの上の携帯電話が鳴った。

「もしもし。」

「太宰さん、まずい事になりました。」

 電話の相手は俺が個人で買収したサッカーチームの監督だった。趣味が高じて半分勢い任せで買ったんだが、これが意外と儲かっていた。だがあんまりいい話ではなさそうだ。

「前川のやつ、暴行事件でしょっぴかれました。」

「はぁ?まじかよ。」

 前川とはチームのエース選手だ。性格はいかれた奴だがセンスだけは間違いなかった。そんな奴が暴行事件を起こして捕まった、それはまだいい。まずいのはあいつが薬物に手を出してたってことだ。最初はどうしたもんかと思ったが、結果的にチームが勝つなら別にかまわねぇと思って野放しにしていたのがまずかった。

「すぐに火消ししないとかなりやばいですよ。」

「わかってる、金で解決できるならいくらでも出すからよ、難しいことはとりあえず任せるからなんとかしてくれよ。」

 乱暴に電話を切った。くそめんどくせぇことになりやがって、飲まねぇとやってられっかよ。馴染みの店に電話をかけながら財布を掴んで外に出た。

 店に着くなり俺はがたいのいい黒服連中に囲まれた。何が起こったのかわからないまま店の奥の事務所に連れ込まれ、一時間ぐらい経った頃には俺は血まみれになっていた。

「太宰さん、なんでこんな目に遭ってるかまだわかんないんですかね。」

 俺の頭を床にこすりつけながら白いスーツの男が尋ねる。

「太宰さん、昨日うちの店で飲んだことは覚えてますよねぇ。その時あんた、気に入らねぇからって女の子に酒瓶投げつけて怪我させたんすよ。それ見て止めようとした客とも悶着起こして、店の中めちゃくちゃにして帰ってったんですよ。ここまでやって覚えてませんはさすがに冗談きついですよ。」

「は?」

「は?じゃねぇんだよこのゴミ野郎が!」

 白スーツが俺の顔面を勢いよく踏みつけて、頭の中でぐしゃっと嫌な音が聞こえた。

「あんた金はあるとか言ってさ、金で解決できれば何やってもいいとか思ってない?世の中金で解決できないこともあるんだよね、俺たちみたいな稼業は特にさ。」

 白スーツは胸元から黒く光る物を取り出して俺に向けた。視界が赤く滲んでよく見えないが、これはあれだ、本当にまずいやつだ。

「ま、待ってくれ!俺が悪かった!金ならいくらでもやる!俺の全財産をやってもいい!頼む!命だけは、助けてくれ…。」

 もう泣き出してしまいそうだった。泣いていたかもしれない。流れているのが涙なのかなんなのかもわからないぐらい体中めちゃくちゃだった。

「おい、こいつの金全部搾り出すまでは殺すな。親父に話を通してくる。」

 白スーツは俺に唾を吐きかけて出て行った。助かったと思ったその瞬間、強い衝撃が体を駆け巡った。残った連中がまた暴行を始めたんだ。俺の意識はそこで途切れた。




 目覚めた時、俺は路地裏のゴミ捨て場に転がっていた、そこいらから鉄のような臭いと生ゴミの臭いがする。なんとか動いた右手で携帯電話を探したが見つからなかった。財布も持っていなかった。家の鍵も。全部失って、残ったのはゴミまみれのゴミだった。

「こんばんは、いつまでたっても戻ってこないと思ったら、こんなところに寝ていたんですか。」

 聞き覚えのあるような男の声がする。なんとか顔を動かして男の方を見ると、そいつは黒いスーツに黒いコートを羽織ったにやけ面の男だった。その隣には真っ白な髪に黒い着物の花魁みてぇな女が寄り添っていた。

「あんたは。」

「覚えておりませんか?私ども、空想妓楼あきんど。あなたの願いを叶えた店を。」

 大袈裟な舞台役者みたいに頭を下げるその男はそう言ってまたへらへらと笑った。

「何が願いを叶えただ、結局俺は全部失ったんだ。」

「全部失った?さて、あなたは昨日店に来た時から何も持ってはいなかったと思いますが、一体何を失ったというのでしょう。」

 昨日?こいつは今、昨日って言ったのか?俺は間違いなく十年過ごしたはずだ。全部覚えている、成功したことも、死にかけた事も。今だって実際全身怪我だらけで。

 そう思った時、俺は体が全く痛まないことにようやく気づいた。右手以外もしっかり動くし、血だと思っていたのは犬かなにかの小便だった。

「は、はは、夢でも見てたってのか。」

 催眠術かなにかの類か、何にしたって結局俺は何も変わらずゴミのままってことか。それだったらまだ夢の中の方がよっぽど生きた心地がしたってもんだ。

「あんた、また俺に催眠術かけてくれよ。今度は一生覚めないような夢見せてくれよ。」

 そう言うと男はへらへらとした笑いをやめて歩み寄り、俺の前にしゃがみこんだ。

「催眠術とは少し違いますが、望むのであれば与えるのが私どもの商いでございます。しかしながら、あなた自身が考えや生き方を改めない限り、結局は同じ顛末を迎えることになりますよ。」

 男の目は真っ直ぐに俺の目を見ていた、少しも笑わずに。その目はまるで悪魔か何かのようだった。悪魔か、悪魔なんて信じちゃいないが、この際なんだっていい。この世でゴミみたいに生きるぐらいなら悪魔とだって契約して楽しく生きたほうがいい、例えそれが夢や幻だったとしても。覚めなければ夢は夢じゃない、そこが俺の現実だ。

「俺は二度と失敗しねぇ、こんなゴミ溜めでゴミみてぇに生きるぐらいだったら、あんたみたいな悪魔の言うことだって信じてやるよ。」

 男は少し首をかしげて、後ろの女を振り返る。女はくすくす笑って煙管に火を点けて近づいてくる。そんな二人が纏う空気は、本当にこの世のものとは思えないぐらい冷たくて、俺の背中にひやりとした汗がにじむ。

「せっかくですから冥土の土産に、うちらのことを教えてあげましょか。」

 女は紫煙を纏わせながら、煙を俺に吹きかける。すると頭に靄がかかったようにぼんやりとして、二人の声が遠くに聞こえてきた。

「私どもは、この世に蔓延る悪に対して、悪意を持って善と成すことを生業とするもの。」

 男は立ち上がって言う。

「死んではるのに生業いうのは此れ如何に。」

 女はころころと笑いながら言う。

「悪魔と呼ぶ者もおりますが、私どもはそれらを悪鬼と呼んでおります。」

 男は煙草に火を点けながら言う。

「悪鬼は死いに近いもの、生きる気力をなくしたもの、そんなお人に視えるもの。」

 女も紫煙を燻らせながら言う。

「そして中でも普通の人間にも視ることのできるような、強い力を持った悪鬼。」

「羅刹に最も近いと言はれる鬼の名あは。」

 次第に遠くなっていく意識の中で、二人の話を聞こうとするが、なにがなにやら。言っている事は何一つわからなかったが、なんとなく理解できることもあった。

「その名を『悪鬼人あきんど』と申します。」

 薄ら笑いを浮かべる男の顔を見ながら、俺のような人間はこいつらに関わっちゃいけなかったんだ、と。




 曙色の朝陽を背に浴びながら店に戻って入口の鍵を閉める。仕事終わりの一杯といきたいところだが、今日はなんとなくそんな気分になれず、そのままソファに背中から倒れこむ。その上に瓜も乗って寝そべる。ふわりと触れるひんやりとした肌が心地よい。

「当主はん、本日もおつとめご苦労様でありんした。」

 瓜の声を聞きながら、俺は目を閉じる。この店を始めてもう三年になるが、未だに仕事終わりの気分だけは晴れたことがない。そんな時にいつも頭の中で繰り返す。

 悪鬼とは、死した人間の魂が地獄に行けずに、成仏できずに現し世を彷徨う姿を鬼と呼び、人は畏怖を込めて悪と呼んだもの。人が悪と断じたゆえに、鬼は悪としてしか存在できない。そんな鬼は何を目的とするのか。

 鬼、つまり魂は在るべきところに還りたがる。在るべきところとは極楽浄土か天国か、あるいは地獄か違うどこかか。それはわからないけれど、成仏したいということだ。

 生前罪を犯した人間は、地獄で罪を償って成仏するといわれている。だがそれが叶わない鬼と呼ばれるものは、現し世で土地や人に対して善行を積むことで羅刹という存在となり、土地神として神や仏に仕え、守護するものになるか、成仏することができる。

 しかしながらここに矛盾が生まれてしまう。鬼は人に悪と信じられ、そういう存在だと在り方を定められているがゆえに悪行しか働けない。そんな鬼の中でも善行を成すために頭をひねったのが俺たちあきんどの二人、というわけだ。天邪鬼とはよく言ったものだ。

 俺が生きていた時代、というより土地柄というのもあってか現代とは違い、鬼は必ずしも悪いものと信じられていたわけではなかった。それゆえに鬼の在り方も少し変わっていたのだが、それはまた別の話だ。

 そうやって少しずつ力をつけた鬼は、その存在を現し世に刻みつけていく。善行を積むことによって自分がそこに存在する、人がそこに何かが存在している、と思うことで。そうしていくうちに鬼はどうなるのか、現し世に存在するものとはつまり人間だ。魂であるはずの鬼は、その存在を強くすることで人間に近づいていく。そして人に成せない力を持った人間のことを、人は神と呼ぶ。そうやって神に近づいた鬼のことを羅刹と呼ぶのだ。俺はその過程にある人の姿をした力を持った悪鬼のことを悪鬼人と名づけて自称している。

 まぁ今のところ人に視える鬼は俺の知る限り俺だけで、瓜ですらまだそうはなれていないのだが。世直し、といえばなんとなく笑えてしまうが、悪をもって悪を裁き善と成す。そうして羅刹となることを俺たちは目指している。

「誰に何を噺しておられるのかわかりやあしまへんが、あんまりそないにぶつぶつと、独り言ばあっかり聞かされておりますと、さすがのうりでも眠うなってしまいそうですわあ。」

 俺の肩のところに顎を乗せて、気怠そうに瓜が喋ると、首筋に息があたってくすぐったかった。

「あんまりべたべたくっつくのもどうかと思うんだが。」

「あれまあ、その昔は人に視えないことをいいように、ああんなことやこおんなことをたあんとしましたのに、今更そないにいけずなことをおっしゃるんどすか。」

 記憶を勝手にねじ曲げるな、と言いたいところだが、否定できない部分も無きにしもあらずなので飲み込んでおく。

「それに、十六といえばおなごはもういっぱしの女と言われておりますし、なによりこうなってしもうては、人の世の決まりごとなどどうでもよろしいと思いますけども。」

 俺の髪をくるくるといじくりまわしながら瓜はそう言うが、俺の気持ちの問題であって、俺だって正直そんなことはどうだっていいのだ。

「僕は風呂に入ってくる。」

 これ以上くっついていると健康な俺の人間の部分が反応してしまいそうなので、瓜をべりべりと引き剥がしてソファから起き上がる。

「一緒に入いてお背中流してあげまひょか?」

 くすくす笑う瓜に脱いだコートをばさっとかけて風呂場へ向かった。




 我が家でもあるこの『空想妓楼あきんど』は、表向きはご近所でも名の知れた占い店で、商店街の路地裏にひっそりと構えている。名の知れたと言うと好意的に聞こえるかもしれないが、名声も悪名も、どちらも名には違いないといわれるように、おかげさまで毎日暇には事欠かない。わかりづらいなら言い直すが、閑古鳥ということだ。それでもたまに物好きも居たもので、占いをして欲しいという客がちらりほらりと来ることがあった時は、瓜に任せている。とはいえ瓜が視える人の方が稀なので、瓜が占った結果を俺が伝えるという形になっているのだが。

 店の裏手に連なるように生活スペースがあるのだが、部屋を用意してやっても瓜は居間に寝転んでテレビを観ているか、店のソファで寝ているかのどちらかで、今日は前者のようだ。

「今日は黄門様か。」

 観ているものは大抵時代劇で、日曜の朝にはアニメや特撮を見ていることが多い。珈琲を持って居間に行くと丁度時代劇の始まるところだった。お決まりの音楽が鳴り始めたところで、急に画面がニュース番組に切り替わる。

「当主はん、これからうりの楽しみが始まるというのに、なにゆえにちゃんねるをかえたんどすか。」

「いや僕じゃないよ。」

 画面を見るとニュース速報とあった。市内の大手銀行店に凶器を持った男が強盗に入り、人質を取って立て篭ったが、逆上し錯乱状態になったところを警官によって射殺されたというものだった。

 犯人の名前は太宰団三だざいだんぞう、三十一歳、無職。

「夢と現実の境をなくしてしまうと、その違いにも気付けず、善悪の判断も鈍ってしまう。失敗しないと言っていたが、夢だと信じて揺るがなかったことが、そもそも彼の失敗だったということだ。」

 二度目に太宰に会った時、太宰には瓜が視えていた。いづれこうなるとはわかっていたから、俺たちはあの日、太宰に暗示をかけなかった。

「人間失格と笑うておりましたが、その実、こんお方は人間どころか狢でありんしたか。」

 狢、狸か。確かに団三だんざといえば狸のことだ。

「地獄の沙汰も金次第とは申しますが、葉っぱのお銭じゃ三途の船賃にもなりはしませんでしたなあ。」

 けらけらと瓜が笑う。うまいこというなぁと感心して俺も笑ってしまった。

「今度のお客はどんな夢を見せてくれはりますか、楽しみでありんすなあ、当主はん。」

「無邪気に言うことか、それは。」

「おやおや、邪鬼に向こうて無邪気とは、当主はんもとんちがきいてますなあ。しかしていうならば、さしずめ有邪鬼というたところどすなあ。」


 落ちもついての痛快鬼譚、これにてしばしの幕間でありんす。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ