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【2作目】果てしなく廻る日々  作者: あぱ山あぱ太郎
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1-6 魔法と美少女

 ……早くミアを迎えにいかないと。

 

 ミアの部活動が終わるまでほとんど時間がなかった。

 顔に装着していた鬼のお面を外す。視界がひらけたことによる開放感と、火照った顔に風が当たる清涼感が一気に押し寄せてくる。

 最後の仕上げで、俺は投げ捨てた制服のジャケットを着込んで血の跡を隠す。

 ミアに余計な心配をさせたくないからだ。幸いなことに出血の後はジャケットを着ることで隠すことができた。血のついたシャツは帰ったらすぐに捨ててしまおう。

 俺は臆病者だった。今もこうやって現実から目を背け、日常へと戻ろうとしている。

 

 ————殺すことができなかった。

 生かしておいても絶対にイーヴィシュにとって損しかない人間たち。そんな奴らのことすら、俺は殺すことができなかった。

 デイブレイクなんて組織を立ち上げながらも覚悟ができていなかったのだ。

 いざシドという男を殺そうとした時、手の震えが止まらなかった。どんなに正当化しようとしても、どんなお題目をつけようとも殺人は殺人。

 結果、三人組を気絶だけさせてそのまま放置して逃げた。……気分は最悪だ。自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだった。


「あ、お兄ちゃん!」


 ミアの声。顔を上げると、校門の前で待機しているミアの姿があった。

 どうやら待たせてしまったみたいだ。


「悪い、待たせたな」

「うんうん、全然。なんかお兄ちゃん……顔怖いよ? なんかあった?」


 長いこと一緒に暮らしているだけあって、ミアは俺の変化に気づいてしまう。


「……ちょっとトイレを我慢している」

「なっ! そういうことなら待ってるから行ってきてよ!」

「いや、大丈夫だ。家まで……耐え切って……みせる」

「そんな苦しそうな声で言われても説得力ないよ!?」


 ミアを不安にさせないように道化を演じる。せっかくのミアとの時間を暗いものにしたくなかった。


「じゃあ、帰るか」

「え、トイレは?」

「あー、さっきのは冗談だ」

「またそうやって、お兄ちゃんは私のこと揶揄うんだから!」


 ミアはプリプリと怒った表情をするので、俺はただひたすら謝り続ける。

 ……あぁ、これぞまさしく日常といった感じだ。

 心の中がふわっと暖かくなる。これが俺の大切な日常。

 学校ではリンチを受けるし、街を歩けばイーヴィシュ人に害するアンフラグ人にも遭遇する。この世界は狂っている。

 でもだからこそ、ミアとの時間だけは絶対に守りたい。


「もう、次はないからね! じゃあ、このままスーパーに寄ってもいい?」

「もちろん」


 朝食同様に夕食もミアが作ってくれる。せめて買い出しくらい手伝わないと、肩身が狭くてやっていけない。


「お兄ちゃん、今日学校はどうだった?」

「ま、普通かな」


 日が沈み周囲は暗くなり始めている。世界が夜に包まれていく。

 そんな中、俺とミアはスーパーへの道のりを雑談しながら歩いていた。


「普通って、お兄ちゃんそればっかー」


 さすがに、毎日クラスメイトにボコボコにされている————なんて言えない。


「本当になにもないからな」

「でもほら……女の人とか……れ、恋愛とか!」

「まさか」


 ゼントム第一高校に通う女子生徒は全員アンフラグ人だ。……なぜ、イーヴィシュ人の女子生徒が在籍していないのか。それは言うまでもあるまい。

 そして、イーヴィシュ人とアンフラグ人が恋愛関係になることはまず無い。

 人間がチンパンジーと付き合えるか? アンフラグ人の女子生徒にとって、イーヴィシュ人の男子生徒などチンパンジーに等しい存在だ。


「えー、お兄ちゃん絶対モテるよ。……実際、同級生から紹介してって言われるし」

「それは社交辞令ってやつだろ」

「社交辞令で、あんな飢えた獣のような目をしないと思う……」

「ははは、ミアの冗談はおもしろいな」


 イーヴィシュ女学園に通うお嬢様が、そんな目をするわけがないじゃないか。


「……冗談じゃないから困っているのに」

「別に、ミアが困ることはなにもないだろ?」

「そ、それは……だって! うぅ…………も、もぉ! お兄ちゃんのバカ!」


 ミアはなにかと感情の起伏が激しい。

 その理由に皆目見当がつかないので対象のしようもなかった。


「おいおい、待ってくれー」


 へそを曲げたミアは早歩きでぐんぐん進んでいく。

 俺は慌ててミアのことを追いかける。

 いくらこのあたりがイーヴィシュ人の居住区になっているとはいえ、女子高生を一人で歩かせるというのは心配だ。


 ……納得がいかない。元はと言えば、ここはイーヴィシュ人の土地なのに。

 どうしてイーヴィシュ人が、こんなに肩身の狭い思いをしなくてはならない。

 これも全部、イーヴィシュが敗北したからだ。負けたら全てを失う。

 歴史は勝者のもので、勝者側に立てなければ苦汁を嘗め続ける。


「ほら、捕まえた」

「て、て、て、て、て!!」


 先行して行くミアの手を掴んで動きを止める。

 するとミアは顔を真っ赤にして、うわ言のように言葉を繰り返していた。

 

 ————俺は失いたくない。もう負けて奪われるのはこりごりだ。

 だから、勝たないといけないんだ。

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