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【2作目】果てしなく廻る日々  作者: あぱ山あぱ太郎
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1-3 魔法と美少女

 体を引きずるようにしてなんとか自分の席についた。チャン達が見ていないうちに自分に対して回復魔法をかける。結果、さっきまでの痛みは嘘みたいに消え去った。

 それからは平和な授業の時間となる。チャン達に殴られることに耐えられれば学校は最高だ。日々新しい発見があり、魔法に対する知識が増していく。この少しずつ、少しずつ、目的に近づいていく感覚が好きだった。

 しかし、楽しい授業はあっという間に終わって昼休みになる。


「おーい、学食いこーぜー」


 今日は運がいいな。いつもは昼前に因縁をつけられるのだが、今日のチャン達はこちらに関心を寄せる様子もなかった。

 これなら大丈夫そうだ。目立たないように教室を出る。


「……さて、いつもの場所に行くか」


 ゼントム第一高校には大きく分けて二つの建物が存在する。一学年、二学年、三学年の教室、職員室がある校舎。それ以外の専門科目で使用される教室が集まった別棟。今、俺が向かっているのは別棟だ。

 教室にいてもデメリットしかないので、俺は昼休みを人の少ない別棟で過ごす。

 いつも愛用しているのが魔法実験準備室だ。俺はこの教室の合鍵を作って自由に出入りできるようにしている。もちろんバレたら一発で退学だ。この教室にはあらゆる魔法書、魔法道具、ちょっとした魔法兵器も揃っている。勝手に持ち出すことはできず、授業以外で生徒が使用することを禁止されているもばかりだ。

 準備室に入る前に周囲を見渡す。


 人影はない……大丈夫そうだ。合鍵を取り出して扉を開ける。

 昼休みの時間も限られているので、さっそく読みかけの本を読み始めた。

 イーヴィシュという国の叡智の結晶、技術の体系、そういったものが次々と頭の中に入ってくる————————いや、ダメだな。

 今日は調子が悪い。本をめくっても知識がすり抜けていくような感覚があった。


 ……これは、朝のことが原因なんだろうな。珍しく感情が高ぶっている。

 怒り。この腐りきった、理不尽きわまりない社会への。

 その昔、この国は平和で豊かな国だった。

 子供から老人まで幸せに暮らすことのできる社会福祉制度。行き届いた教育制度。整ったインフラ。治安だって良い。礼儀正しく、他者を思いやる人々が沢山いた。

 また、魔法力を活用した魔法道具の製造も盛んだった。イーヴィシュは魔法道具の輸出を中心に、世界でもトップクラスの経済大国になった。


 ……いや、正確にはだったというべきだ。

 一七年前。

 イーヴィシュは、同じく五大国家の一つであるアンフラグによって征服される。

 そして植民地になった。自由、権利、尊厳を奪われた。

 この国は防衛を疎かにしていたのだ。暴力では何も解決しない。戦争ではなく対話で解決すべきだという防衛政策。そのため必要以上に防衛費を使わない。

 どんなにイーヴィシュ人が平和を愛し、対話で解決しよう試みたとしても、他の国はそんなに甘くない。平和というのは、すべての国家が戦争という手段を廃棄しなければ訪れないことを理解していなかったのだ。


 ある意味でこの国は独善的だったのだ。他の国家を過小評価していたとも言える。

 その結果がこれだ。二○年前から、アンフラグによって国境沿いを占拠されはじめる。それから少しずつ、少しずつ領土を侵食されていった。

 最終的に、アンフラグはこの首都ゼントムまで自分の領土だと主張した。その要求をイーヴィシュが拒絶すると、アンフラグにより宣戦布告される。

 そして、アンフラグの圧倒的な軍事力を前に敗北した。


 ——このアンフラグを率いた人物、人はそいつを魔王と呼ぶ。

 魔王ゼア。すべての元凶だ。あいつがこの国をめちゃくちゃにした。

 弱肉強食。弱者には何も語る資格はない。これが魔王の考えだ。

 その方針により、イーヴィシュ人はアンフラグ人に逆らうことを禁止された。メディアや政府組織はアンフラグの犬になった。国民を守る力を失った。

 こうしてアンフラグ人よるイーヴィシュ人への理不尽な暴力が始まる。


 毎日のように、イーヴィシュ人の女性は性被害に遭う。

 毎日のように、子供達は理不尽な暴力によって学校で殺される。

 毎日のように、イーヴィシュ人は奪われ、辱められ、弄ばれる。


 ミアを一人で学校に通わせないよのもこれが理由だ。

 せめてもの救いは、ミアが通っている学校がイーヴィシュ人の少女しか入学できないことだった。もしアンフラグ人が一緒に通っていたら、俺のように悲惨な目に合わされる。

 アンフラグ人の男が通う学校に、娘を入学させるイーヴィシュ人はいない。

 確実になぶりものになる。イーヴィシュ人には抵抗する権利はない。

 本当に……腐っている。この国は終わってしまった。


「誰かくる」


 そんな思考を遮るように、魔法実験準備室に近づいてくる足音が聞こえてくる。

 教師か? それとも生徒か?

 もしこの場を見られてしまったら……最悪な事態も想定しないといけない。

 足音は魔法実験準備室の前で止まり、——扉の鍵が解錠される。


「おいおい、いくらなんでも殺気出し過ぎ。俺だよ、俺」

「……なんだ、リックか」

「俺じゃなかったら、どうするつもりだったんだよ」


 俺もリックも口に出さずともその答えは分かっている。


「……放課後までは別行動するって決まりだよな」

「いや、さっきあんなにボコられた後だから心配でさ」


 この男子生徒の名はリッキー・ベルネス。あだ名はリック。

 俺がこの学校で唯一、気を許すことのできる人間だ。

 かれこれ一年以上の付き合いがある。いわゆる悪友というやつかもしれない。


「補助魔法ありがとうな。かなり助かった」

「いえいえ、他のイーヴィシュ人を代表して殴られている訳だしな。これくらいはさせてくれよ。レンが『サンドバック』やってくれているから皆助かってんだぜ」


 チャン達に殴られるときは、いつも裏でリックが補助魔法で加護を与えてくれる。

 自分の防御魔法だけでは、おそらく長時間の暴行には耐えられない。


「別にそんな自己犠牲の精神はない。あいつらの攻撃を寸前でかわすのも一種の修行だからな。バレないように、かつ派手に殴られたように見せるの大変だ」

「ストイックだねぇ。けどチャンの闇魔法はやばかったんじゃないか? なんであのとき防御魔法解除したのさ?」

「……演技力に自信がなかった」

「あはは、なるほどな。白目向いてヨダレ垂らしているからめっちゃ面白かった」

「こっちは結構キツかったんだぞ!」


 笑っているリックの頭を小突く。リックは両手を合わせてごめんなさいのポーズをする。あの時、防御魔法を解除しないという選択肢もあった。

 しかし、痛くも痒くもない魔法を受けて、心から苦しそうな演技をやり通せる気がしなかった。

 その意図までは伝わっていなかったみたいだが、咄嗟に補助魔法を解除してくれたリックには感謝の気持ちしかない。


「でも、さすがに今日のチャンはぶちのめしてやりたかったけどなー」


 リックは平手に拳を打ちつけながら怒りをあらわにする。


「別にあんな奴いつでもやれる」

「まぁな。でもさ、いつでもやれる……ってなんか俺たち小物じゃね?」

「たしかに」


 俺とリックは笑った。自分たちの矮小さが心から面白かった。


「……レン、ほんと悪いな」

「気にするな」

「今は耐える時だな! コツコツと力を蓄えよう!」

「そうだな。『デイブレイク』も俺とリックの二人しかいない訳だし」


 デイブレイク、夜明け。この国をアンフラグから解放する意味が込められている。デイブレイクは、俺とリックが二人で立ち上げた反体制組織だ。

 高校生のガキ二人で何ができるのか。そんな風に思うことなんてよくある。

 でも、今この時代を生きる俺たちがやらなくて誰がやるんだ。

 この重荷を子孫や未来のイーヴィシュ人に背負わせるのか。俺もリックもこの国のためならのたれ死んでも構わないと思っている。

 右派、国家主義、ナショナリスト。大いに結構だ。なんとでも呼べ。

 生まれた育った国が好きで何が悪い。守りたいと思うことにどんな罪がある。


 この魔法実験準備室は最初の拠点。ここで高度な魔法書を読み漁り、魔法道具や魔法兵器の模造品も製作している。

 俺たちは強くなるしかない。強くなってこの国を取り戻すんだ。


「じゃあ、一緒に教室入るのもまずいから先に戻るぜ」

「了解。俺も魔法書を読めるだけ読んでから教室に戻る」

「んじゃ、放課後」

「あぁ、放課後に」


 放課後がデイブレイクの活動時間だ。

 それまで、俺とリックは各々クラスで与えられた役割を演じる。

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