1-2 魔法と美少女
俺の通うゼントム第一高校はイーヴィシュ有数の名門魔法校だ。
首都ゼントムの中心に位置し、数多くの有名な魔法使いを輩出している。
一流の魔法使いへの登竜門。
この壁を乗り越えることが出来なければ、俺の目的が叶うことはないだろう。
しかし、二年生になった今現在、思った以上の成績を残すことが出来ていない。
使える光魔法の限界が見えてきた。俺はミアほど光魔法をうまく扱えない。
才能。その言葉で全てを片付けるのは簡単だ。それでも、凡夫が一○○の努力をしてもたどり着けない領域がある。魔法は残酷だ。才能や血筋が大きくものを言う。
……それでも、俺たちは与えられたものを使っていくしかない。
もしもなんて過程は無意味だ。今を、現在を、懸命に生きるほか手段はない。
非生産的な思考をやめて、目の前の世界を認識する。
考え事をしている間に、学校の校舎が確認できるところまで歩いていた。
何百年の歴史を誇る学校の校舎とだけあって、古びているようでも気品がありイーヴィシュの伝統や叡智が窺える。
「さて……今日も頑張らないとな」
無意識に独り言を呟いていた。俺は大きく深呼吸をして、校内の敷地に足を踏み入れる。そして、生徒たちの流れに沿って、校舎の中へと入って行く。
ホームルーム開始まで時間があるので校舎内の生徒の姿はまばらだった。
それでも各教室から生徒の笑い声や話し声が聞こえてくる。……同い年の仲間が集まって、こうして過ごすことができる時間は貴重だ。
青春。人生の春。輝いていた————と振り返ることのできる時間。小説、映画、ドラマ多くの作品が青春を全肯定する。きっと、そういう時代もあったのだ。この国にも。平和で、穏やかで、どこか退屈な毎日を繰り返す日々。
それがどれだけ尊いものなのか。この時代を生きる我々には痛いほど分かる。
「おいおい、サンドバッグくーん。ホームルーム開始まで結構時間あるけど大丈夫か? 今日という今日こそ死ぬんじゃね? お前」
教室に入ると、男子生徒五人がぞろぞろと集まってきた。そして、リーダー格の男……ダニエル・チャンは下卑た笑みを浮かべながら話しかけてくる。
次の瞬間——視界の中で星が弾けた。朝だというのに一瞬真っ暗になる。
チャンに思い切り顔面を殴られた。それが合図となる。
集団リンチが始まった。ミアが心配をするので顔だけは防御する。
しかし、それ以外の箇所は徹底的に痛めつけられた。 床に倒れてしまったら頭を踏み潰される恐れがあったので、なんとしても転倒することだけは避ける。
腕、腹、背、足。容赦なく殴られるし、蹴られる始末だ。
……周囲の生徒は、この暴力に対して二通りの違った反応を示す。
まず、この暴力を最高のショーとして純粋に楽しむ者。
一方が、目の前で起きる惨状に対して無力な自分を悔やむ者。
前者がアンフラグ人の生徒。後者がイーヴィシュ人の生徒だ。
「ダニエルいいぞ! もっとやれ!」
「りょーかい。お前らサンドバッグを取り押さえろ」
ギャラリーの言葉を受けて、チャンは仲間に指示を出す。
両腕を拘束され身動きが取れない状態になった。
「何をする気だ」
「お前、毎日毎日殴っても殴っても平気そうだからよぉー。今回はちょっと趣向を変えてみることにするわー」
チャンはそう言って詠唱をはじめた。
なるほど、魔法か。この魔文から察するに呪いの系統だろう。 アンフラグ人らしい闇魔法だ。おそらく対象の精神に影響を与える魔法。……仕方がない。
「うあああああああああああああああああああああああああ!」
「あははは、白目向いて叫んでやがる!」
脳が焼き切れそうになった。痛み、痛み、痛み。形容しがたい苦痛の前では、いつものように冷静ぶっている余裕はない。俺はただ叫んだ。
「おいおい、ヨダレまで垂らしはじめたぞ!」
「あはははははははははははははははははははははははは」
そんなに面白いか。人種は違う。
それでも人はここまで残酷なれるのだろうか。こいつらが同じ人間とは思えない。
殺してやる……こいつらも、こんな世界を作り出したやつも。
「ほら、いつもの威勢はどうした!」
チャンに思いきり顔面を殴られた。血の味が口中に広がる。
それから誰の助けがあるわけでもなく。二○分以上リンチが続いた。
身体中ボロボロだった。術の効果が薄れてから顔面はなんとか守ったが、それ以外は目も当てられない状況だ。なんとか骨は折れていない。これが唯一の救いだ。
「ったく、相変わらずこいつは頑丈だよなぁ。殺す気で殴ってんのに」
チャンは肩でぜぇぜぇと息をしながら、俺のことを睨みつけた。
キーンコーンカーンコーン。
……なんとか持ちこたえる事ができた。ホームルーム開始のチャイムだ。
「おはようございます。出席を取るので席についてください」
担任のライマールス先生が教室に入ってきた。これで今日のところは——
「ぐはっ!」
「おいおい、これで終わりだと思ったら大間違いだぜ?」
またしてもチャンに殴られる。肺の中の空気が飛び出した。
くそ、今日はいつも以上にしつこいじゃないか。
「チャン君。それ以上はヴィルヘルム君が死んでしまいますよ……」
「うるせーっつの! テメェは黙って出席とってろよ!」
アンフラグ人がイーヴィシュ人教師の制止など聞くはずもない。
ライマールス先生はイーヴィシュ人。チャンはアンフラグ人。力関係ははっきりとしている。イーヴィシュ人に人権なんてものはない。ライマールス先生が出席を取り終えるまで暴力は続いた。
集団リンチにあう生徒。それを黙殺する教師やクラスメイト。はたまた楽しそうに笑っているクラスメイト。
この世界は、もう充分すぎるくらいに狂っていた。