『一人称が「ボク」の女の子は大抵可愛い』という説を検証してみた
「なぁ、友也。実は俺、とんでもない大発見をしてしまったんだ」
俺・麻倉友也が学食で一人昼食を取っていると、突然対面に座った親友が話しかけてきた。
話しかけられたからといって、食事の手を止めるつもりはない。なにせ今俺はラーメンを食べているのだから。
話を聞いている内に麺が伸びてしまうなんて、ゴメンである。
とはいえ親友を無視するわけにもいかず、妥協案として俺は麺を啜りながら彼に応えることにした。
「ズズズズズ。……へぇ、そうなんだ。ズズズズズ」
「もうちょっと興味持てよ! 大発見なんだぞ? 気にならないのか?」
「そんなこと言われてもなぁ……」
親友の言う大発見が、本当に大発見なのかどうかはわからない。なにせ彼には、前科がある。
あれはそう、2ヶ月前の話だ。
あの日も親友が大発見をしたと言うからついて行ってみたら……校庭に生えていた四葉のクローバーを見せられた。
……え? 大発見って、それ? お前は小学生か!
内心そうツッコミを入れたのを、今でも覚えている。
だから今回も、然程びっくりするような発見じゃないのだろう。
そう考えた俺は、食事の片手間に親友の話を聞いていた。
「……まぁ、良いぜ。そんな反応していられるのも、今のうちだけだからな。俺の大発見を聞けば、お前はすぐにでも右手から箸を落とすだろうよ」
四葉のクローバーという前科があるのに、親友の奴随分と余裕そうだな。
おおよそこれまで見たことないくらい真面目な親友の顔付きに、流石の俺もつい手を――
「知ってるか? 一人称が「ボク」の女の子って、大体可愛い子なんだぜ」
――止めなかった。
ほら、見ろ。やっぱりくだらない発見じゃないか。
呆れる俺を他所に、親友は話を続ける。
「ボクっ娘ってさ、綺麗な大人のお姉さんタイプではないけれど、何でか魅力的に思えてしまうんだよな。一人称が「ボク」だから可愛いのか、それとも可愛いから一人称を「ボク」にしているのか。……友也はどっちだと思う?」
「……あっ。今日夕方から、卵の特売やるんだ。帰りに買ってこう」
「卵に負けた! 俺の大発見への興味関心は、卵以下だって言うのか!?」
「当たり前だろ? お前の大発見への興味なんて、今日親父がどんな下着を穿いているのか程度のものでしかない」
「それってないに等しいよな!?」
しかしこいつ、今回はまた一段と頭のおかしい説を唱えてきたな。
確かにボクっ娘には比較的可愛い子が多いけど、あくまでそれはアニメや漫画の世界の話だし。そもそも現実で自身のことを「ボク」と称する女の子を、俺は見たことがない。
つまり親友の言う『一人称が「ボク」の女の子は大抵可愛い』という説には、反証が点在するのであって。ぶっちゃけ真面目に聞くだけ無駄だと言えよう。
それから昼休みの間親友をテキトーにあしらい、その後の午後の授業も滞りなく終え、やって来た放課後。
俺は特売の卵を買うべく、スーパーに向かっていた。
おひとり様一点という購入制限がかけられているとはいえ、早く行かないと売り切れてしまう。
現に俺が卵売り場に到着した時には、卵は残り1パックになってしまっていた。
次の特売が、いつあるのかなんてわからない! このパックだけは、何が何でも手に入れないと!
俺が卵のパックに手を伸ばすと……丁度同じタイミングで、別の方向からも手が伸びてきていた。
二人の指先が、卵のパック上で触れ合う。
『あっ』
俺の卵(会計を済ませていないので、まだ俺の所有物ではない)を掻っ攫おうだなんて、どこのどいつだ? そう思い横を見ると、ボーイッシュな女子高生が立っていた。
女性特有の麗しい雰囲気を纏っているわけではない。しかし少年に近しい見た目の中にも、確かに女の子らしさがあって。
端的に言って、彼女は可愛かった。
「えーと、もしかして特売の卵を買おうとしてた? ボクもなんだよね」
言いながら、はにかむ女子高生。
「一人称が「ボク」の女の子は大抵可愛い」だったか? ……親友の言うことも、あながち間違いじゃないのかもしれない。
◇
「安いからつい買っちゃったけど、ボクは一人暮らしだから、こんなに卵要らないんだよね。というわけで、これ、半分こにしない?」
協議の結果、俺と女子高生は卵を半分の5個ずつ持って帰ることにした。
「半分にするのは良いけどさ、プラスチックのパックを、どうやって半分にするっていうんだ? まさか俺に、卵を裸で持って帰れって言うわけじゃないよな?」
「そんな酷いことは言わないよ。ボクの家、すぐ近くだから、寄り道して貰っても良いかな?」
なんでもタッパーを用意してくれるらしい。
卵5つを裸で鞄の中に入れてみろ。転んだ拍子に大惨事になるのが目に見えている。
帰路とは少し外れるが、俺は彼女の家に立ち寄ることにした。
女子高生の住むアパートに着いた。
「……桃原っていうのか」
「桃原と書いて、「とうばる」って読むんだよ。ボクは桃原美夏。よろしくね」
「麻倉友也だ」
互いに自己紹介をするも、きっとこの先会うことはないんだろうな。そんな風に思いながら、俺は彼女と握手を交わす。
「それじゃあ、ちょっと待っててね。今タッパー持ってくるから」
待つこと5分。桃原はタッパーを持って部屋から出てきた。
「一応中にクッション詰めといたから、割れる心配はないと思うよ」
「おう、ありがとうな」
「ううん、気にしないで! ……ところでなんだけど、麻倉くんは隣町のスーパーに行ったことってある?」
「隣町のスーパー? いいや、ないぞ」
「だったら良い情報を教えてあげよう。なんと隣町のスーパーでは……毎日何かしらの特売をやっている!」
「何……だと?」
我が家の経済状況も、決して余裕があるわけじゃない。
毎朝スーパーのチラシはチェックしているし、その為「特売」という単語には目がなかった。
「その話、詳しく」
「勿論だとも。……隣町のスーパーは、「お客様の生活を豊かに」がモットーでね。月曜は魚、火曜は肉、水曜は野菜と言った感じで、日替わりでセールをやっているのさ」
「成る程。安く食料品が買えて、消費者は嬉しい。お客の来店頻度が増えるから、お店も嬉しい。まさにウィンウィンの関係ってことか」
「そういうこと。そこで提案なんだけど……今度一緒に、そのスーパーに行ってみないかい?」
口調から察するに、桃原はそのスーパーの常連なのだろう。
どこに何が陳列されているのか? 何曜日に何を買えば一番お得なのか? そういったことに桃原は精通している筈だ。
確かに、一人で買い物に行くより常連の彼女に同行した方がメリットも大きいだろう。
善は急げとも言うし、早速明日の放課後、俺たちは隣町のスーパーに足を運ぶことにした。
◇
それから俺たちは、ほぼ毎日のように隣町のスーパーに通っていた。
隣町のスーパーは、桃原が勧めるだけありなんとも品揃えの良いスーパーだった。
安いからといって決して鮮度の悪い品を置いているわけでもない。店内が混雑するのも頷ける。
しかしながら、たとえどんなに安くてもこうも連日通う必要はないわけで。
では、どうして毎日買い物をしているのか? その理由は、ひとえに桃原と一緒だからだ。
「ねぇねぇ、麻倉くん! 見てよ、この駄菓子! すっごく懐かしくない!?」
少年のようにはしゃぎながら、桃原は俺に駄菓子を見せつける。
「そういや子供の頃、食べた記憶があるな」
「ボクなんて遠足の度にこれを買っていたよ。なんとも言えない素朴な味が、好きだったんだよね。……ねぇ、買っても良いかな?」
「俺はお前の保護者じゃねぇ。好きにしろよ」
「オッケー。じゃあ、好きにするね」
「えいっ」。桃原は駄菓子を買い物カゴに入れる。……自分のではなく、俺の買い物カゴに。
「おいコラ、桃原! 自分で買え!」
「50円くらいでガタガタ言うもんじゃないよ。男なら、「1万円くらい出してやらぁ!」って気持ちでどっしり構えているべきさ」
「50円の駄菓子がいつの間にか1万円になってる!?」
高校生にもなってスーパーで騒ぐなんて、本当にどうかしていると思う。
それもこれも、桃原と一緒にいるせいだ。
彼女と一緒じゃなかったら、こんな風に自分を曝け出すことなんてなかったと思う。こんなにも楽しい気持ちになることなんてなかったと思う。
しかしどんなに楽しいからと言って、公共の場で騒ぐのはいけないことだ。そんなこと、小学生だってわかっている。
だから俺たちは、近くを通りかかった主婦に注意された。
「コラ、あなたたち! 高校生にもなって、何騒いでいるの!」
「あっ、すみません」
振り返り、主婦に頭を下げる桃原。顔を上げた彼女は……目を見開いて固まっていた。
「嘘……どうして……」
尋常じゃない桃原の反応に、俺は首を傾げる。
「もしかして、知り合いか?」
「知り合いっていうか……ボクのお母さんだよ」
俺たちを注意した主婦は、まさかの桃原の母親だった。
「お久しぶりですね、美夏」
「……はい」
「驚きましたよ。あなたが店内で騒ぐような、非常識者だったなんて。……そこにいる男の子の影響ですか?」
キッと、桃原の母親は俺を睨み付ける。
「違うよ! あれはボクが――」
「ボク?」
「!」
桃原は「しまった」と言いたげな顔をした。
「桃原の女なら、一人称は「私」でしょうに。それを「ボク」だなんて……あなたは自分の立場というものが、わかっているのですか?」
「……申し訳ありません」
「謝罪は要りません。その代わり、今後気を付けなさい。二度と自分を「ボク」と称することは、許しません」
桃原家がどういった家なのか、俺にはわからない。しかし桃原の母親が厳しい人であることはわかった。
スーパーからの帰り道、桃原は何事もなかったかのように、笑いながら俺との談笑を楽しむ。
だけどその間ずっと、自分のことを「ボク」とは呼ばなかった。
◇
桃原の母親と会ったからといって、彼女との関係が変わるわけじゃない。
誘われれば毎日だって一緒に買い物に行くし、最近だと彼女の家に遊びに行ったりもしている。
ただ一つ。
やはり桃原が自身を「ボク」と呼ばなくなったことには、引っかかりを覚えていた。
桃原がボクっ娘だろうがそうでなかろうが、彼女であることに変わりない。
一人称が「私」になったからって友達付き合いをやめるわけじゃないし、その、徐々に芽生えつつあった恋心がなくなるわけでもなかった。
しかしどうにも、意識して「私」を多用している桃原は、どこか無理をしているように思えて。
「私」だなんて、彼女らしくない。そう思い始めていた。
「なぁ、桃原。お前はもう、自分のことを「ボク」って呼ばないのか?」
「お母さんに注意されちゃったからね。仕方ないよ」
口ではそう言っているが、全然納得していないように見える。
悲しそうな彼女の顔を見ると、俺もなんだか悲しくなってきた。
「そいつは残念だな。俺はボクっ娘のお前を、案外気に入ってたのに」
「……自分を「私」と言っている今は、好きじゃないってことかな?」
「まぁ、そうなるな」
無情にもそう告げると、桃原は一層悲しげな表情になった。
「私は麻倉くんのこと好きだったんだけどな。……残念、フラれちゃった」
「別にフッたなんて一言も言っていないだろ?」
「……え?」
「勘違いするなよ? 俺が好きじゃないのは、自分を抑え込んでいる今のお前だ」
桃原が自分を「ボク」と呼ぼうが「私」と呼ぼうが、そんなのどっちだって良い。大切なのは、自分がどっちを使いたいかだ。
俺は自分を全面的に出している桃原に惚れて、そんな彼女と一緒にいたいと思ったのだから。
「お前が本当にそうしたいというのなら、「私」だって構わない。一人称だけじゃない。服がダサくたって良いし、わがままだって構わない。地雷系メンヘラ女子? 上等だこの野郎」
「……メンヘラじゃないから」
「あくまで例えだよ。……何が言いたいかというと、俺が好きなのは桃原美夏であって、桃原家の娘じゃない。そこをきちんとわかっていて欲しいんだ」
俺の言葉に、桃原は微笑んで返す。
「ボクも、そのままの麻倉くんが大好きだよ」
『一人称が「ボク」の女の子は大抵可愛い』。親友はそんな説を唱えていた。
正直その説が正しいかどうかは、今もはっきりしない。だけど一人称が「ボク」の俺の彼女が最高に可愛いということだけは、不変の事実なのであった。