7 「ステータスの重要性?」
次の瞬間──
アイリスちゃんの頭上に表示された魔力ゲージが、みるみるうちに減っていく。
私は慌ててスゥちゃんを引き離したが。
「ち……ち、力が抜けぅ〜……」
「えっ?」
アイリスちゃんはそう言い残し、目を回しながら仰向けにひっくり返ってしまった。
「だ、大丈夫?! ……アイリスちゃん?」
問いかけても反応がない。
身体を軽く揺すってみる。が、やっぱり無反応。
しかも、魔力の残量を示すゲージが赤文字で0と表示されていた。
……困ったな。
どうすれば良いんだろう。
こういう時にゲームだったら回復アイテムがあったりするんだけど。
「スゥちゃん、魔力って回復できるのかな?」
「街で薬屋さんを見掛けたことがあるから、そこに行けば回復薬が手に入るかも」
「そんな……。もしかして、はやく回復してあげなきゃ死んじゃうってことはないよね?」
「大丈夫、単に力を使い果たして眠っている状態だからね。あたしの憑依に耐えきれず、この子の魔力が尽きちゃったんだよ。だから、そのうち目が覚めるはず」
「なら良かった……意識が戻ったら謝らないと」
はぁ、ひとまず安心だ。
死んでしまったのかと思った。
白いパンツを履いたピンク色のスライムも、心配そうな目をしている。
私が「ごめんね」と謝ると、その子はピョンピョンと飛び跳ね出した。
これは許してくれているのだろうか。
……あ、そう言えば。
スゥちゃんが私と契約した理由は、私の魔力値が高いからだった。
あの時は深く考えてなかったけど、何故そんなことも忘れていたんだろう。
思い返せば、私が初めてスライムの群れに襲われたとき、普段よりも足が遅くて体力が異常にないと感じた。
これって、ひょっとしたら自分のステータスが原因……?
「ねえねえ、ステータスにある項目の数字って何がどう反映されてるのかな?」
私は腕の中にいるスゥちゃんに聞いてみる。
「ちょっぴり話が長くなるけど、大丈夫そう?」
「うん、気にしないで。私そういうの詳しくないから知っておくべきかなって」
「わかったよ。あたしが知ってる範囲で教えてあげるね〜」
「ありがとう!」
眠っているアイリスちゃんの傍らで、スゥちゃんが説明をしてくれた。
「まずレベルは見ての通り、その人の実力や熟練度を表しているの。属性は全部で九種類あって、この世界の神様から授けられるんだよ」
「へぇ、神様から授けられるんだ」
「そうだよ〜。生きとし生けるもの、どんな人や魔物も必ずひとつの属性が与えられる。ユズは『無属性』で、アイリスは『火属性』、ピンクスライムの子は『水属性』っていう感じにね」
「なるほど……みんなバラバラなんだ」
ぷるんっとスゥちゃんは頷き、続けた。
「力は単純に腕力や身体の強さを表すもの。ギルド協会でユズに話しかけてきた男がいたでしょ? 彼はこのステータスが高いはずだよ。凄い大柄だったもんね。そして防御っていうのは、攻撃に対する耐久性の有無。これが相手の力や魔力よりも劣っていたら、とっても痛い目に遭うよ」
ふむふむ、たしかに!
大柄の鎧男を間近で見たとき、自分よりも強そうって感じたもん。
おまけに野生のスライムたちの力より、私の防御値が低かったから命の危険を感じ取ったということか。
まあ、今でも3しかないけどね……。
「次に体力、これが一番大切かもしれないね。全行動の基礎となるステータスだから、高いに越したことはないと思う。もしも体力が尽きてしまえば、最悪命を落とすからね」
「……恐ろしい」
もっと体力管理には気を付けないと。
「で、魔力は魔法を使う者の才能を表した数値だよ」
「才能……?」
「うん。魔法を使用するのに必要な魔力量、それに魔法の威力とか色んな要素を含んだものになってるの。だからこの部分が高いユズは、かなりの天才ってこと!」
「て、天才?! そんな実感まったく無いけど……」
これまでに私が天才的な場面ってあったっけ?
いや、ない。
毎回怯えてるだけの気がする。
「そんなことないよ。実は、魔法に欠かせない詠唱や憑依は魔力に依存してるの。そこそこの魔力程度じゃ、あたしが憑依するだけでも意識を失うことになる。さっきのアイリスみたいにね。もしも詠唱なんてしたら、それこそ頭がパァンだよ」
「頭がパァン?」
「そう、頭がパァンって炸裂する」
……あれ? 憑依って意外に危険なことなんじゃ。
そうとも知らず、アイリスちゃんにやってしまったのか。
私は魔力が高いから心配ないだろうけど。
無知な自分がやったことにゾッとする。
本当に誠意を込めて謝罪しなければ……っ!
「そして敏捷っていうのは身体能力の高さ。つまりこの数値が高ければ高いほど、身のこなしが素早い人間やモンスターが多いよ。魔法を操るあたしやユズが苦手な肉弾戦に特化してるから、あまり相手にしたくないね〜!」
「うんうん。至近距離とか怖いし、痛いのは嫌だもん」
スライムの体当たりですらアレだよ?
もっと大きな魔物で、しかも肉弾戦が得意だったなら私は確実に死んでいる。
そういう魔物と遭遇することなく暮らしていきたい。
「最後に知力だけど、ちょっと説明が難しいかも……」
「えっ、どうして?」
割りと簡単そうな項目なのに。
珍しくスゥちゃんが自信なさげな声になった。
「ただ単に頭の良さを表すものじゃなくて、この世界に対する……理解度って言えばいいのかな。習得した魔法の数や属性同士の相性だったり、世界の原理を認識するほど高くなる数値なの」
「魔法や属性は何となくわかるけど、世界の原理? って、なんだかいまいちピンとこないかも……」
う〜ん、難しい。
「この世界の仕組みについて、どれだけ深く理解しているのかという項目だからね。もし、知力の数値が上限に達した者が存在するなら、謂わば神様といっても差し支えないと思うよ。もっと簡単に言うなら、知力が高い者は世界に与える影響力が強いってこと」
「へ、へぇ……」
ダメだ。頭が追いつかない。
だから私の知力は3なのか。
冗談で「神様の生まれ変わり」ってアイリスちゃんから言われたけど、絶対に違うことだけは分かった。
なにせ、私はこの異世界を訪れて日が浅い。
魔法とか憑依なんて単語とは無縁だったし、理解しようとも思ってなかった。
しかも影響力の欠片もないモブキャラだ。
つまり、私の知力が低いのは当然なのかもしれない。
たぶん。
「スゥちゃんの知力はどれくらいなの? かなりの物知りだもん、やっぱり相当高いのかな?」
私は、ふと気になったことを口にする。
すぐに返事が来るかと思えば、何やらスゥちゃんは言葉に迷っているような様子だった。
「……あたしもよく分からないんだよね〜。どうして魔法が使えるんだろう? こんなにもステータスのことを理解してるのに、なんであたしは自分のことを知らないのかな」
「えっ? そうだったの?!」
「うん。ユズと出会う前の自分が何者なのか、心当たりがないの。どういう理由でスライムなのにパンツを履いているんだろうね? しかもこれ、脱げないし! ……大切な部分の記憶だけ忘れてるような気がするの」
意外に困ってたんだね。
そう言えば、スゥちゃんが隠れてパンツを脱ごうとしているのを、私は何度か見掛けたことがあったかも。
あまり深く考えなかったけど。
そもそも、一緒に暮らしているのにスライムのことを詳しく聞いたこともないっけ。
他者との関わりを避けて生きてきたから、そういったことに疎いのだろうか……。
「えっとね、パンツのことは不思議だけど……スゥちゃんのステータスをギルド協会で確認してみる? 鏡を見るだけで何かわかるかもしれないよ」
「ほんと? やってみたい!」
無邪気なスゥちゃんの声は可愛い。
「たくさん教えてくれてありがとね。私もスゥちゃんの記憶が戻せるように力を貸すよ! と言っても微々たるものだろうけど……」
「ううん、ありがとうユズ」
これからは私も、なるべく色々と頑張ってみよう。
せっかく異世界に来たんだ。
過去の自分に縛られてばっかりじゃダメだよね!
笑顔のスライム二匹を見ていたら、自然とそう思えた。
「──あら……? わたくしとしたことが、こんな場所で眠ってしまったのかしら」
金色の髪を振りながら、無事にアイリスちゃんが目を覚ましたみたいだ。
「ア、アイリスちゃん……意識が戻ったんだね。はあ、良かったぁ……本当にごめんなさい! よく知りもしないで憑依させちゃって!」
立ち上がってドレスの土埃を払うアイリスちゃんに、私は全力で頭を下げた。
──だがしかし。
「なんのことですの? わたくしは貴女の魔法を見て、詠唱を教えて貰おうとして……おかしいですわね。よく覚えていませんわ」
「えっ?」
「頭パァンの一歩手間だったかもね」
スゥちゃんが小声で恐ろしいことを囁いた。
幸いにも、アイリスちゃんの耳には届かなかったらしい。
赤いドレスの少女は小首を傾げたかと思えば、
「さて、ハーピーの討伐再開ですわよ! 是非ともわたくしの魔法も見てくださらないかしら?」
「普通は魔力が一度尽きちゃったら、完全に回復するまでに時間かかるのに。元気だね〜」
「そ、そうなんだ……」
タフなお嬢様で助かった。
けれど、そのおかげで私も救われた気がした。