6 「はじめての約束?」
この私が、かっ、か、か……神様──────?!
「もちろん、冗談でしてよ」
……うん、そりゃそうだ。
私が神様の生まれ変わりのはずがない。
突拍子もない少女の言葉は、さすがファンタジー世界だと思えた。
どう頑張れば、普通の人間が神様かもしれないって発想になるんだろうか。
もしかしたら神様に対する価値観が、この世界の住人と私とで、相当かけ離れている可能性もあるけど。
「ですが、わたくしの目に狂いはありませんわ。貴女が只者ではないことに違いありませんもの」
「私……普通の一般人、なんですが……」
「とにかく、早く詠唱を教えなさい」
ごっ、強引だ。
「ええっと……今は無理……っていうか、なんと言うか」
「よろしくて? わたくしには必要なことですの!」
「どっ、どうして? もう、かなり強そうなのに」
あれ、聞いちゃマズイことだったのかな。
自信満々な少女の表情が曇り、顔をうつむけてしまった。
「強くなんて……どうしても、ですわ」
もしかしてこの子の地雷を踏み抜いちゃった?
どうしよう。気まずいな……。
けれど、本当に私は教えることが出来ない。
スゥちゃんに聞けば解決だけど、気持ち良さそうに寝てるから無理に起こすのも悪いし。
……う〜ん。
「じゃ、じゃあ今度、一緒に……森、行ってみる?」
悩んだ挙句、私は口にした。
自ら他人を誘う行為など、これまでの人生で一度もない。
でも悲壮感を漂わせている少女を見て、なんだか可哀想に思ってしまった。
また日を改めて、スゥちゃんが起きてる時に会えば色々と聞けたりするんじゃないかな。
しかし、断られたら……。
「是非とも! ご一緒させていただきますわ!」
まさに即答。
間髪入れず、少女から承諾の返事が返ってきた。
さっきまでの暗い表情が一変、キラキラとした赤い瞳を取り戻す。
それを見て、つい私も嬉しくなった。
というより誘ったことが不快に思われず、安堵したのかもしれない。
でもまあ、成り行きとはいえ、私がギルド協会で冒険者に絡まれていたのを助けてもらってるし。
この子に借りを返すことが出来ると良いけど。
また後日、再び会う約束をして、ようやく私は晴れて自由の身となった。
居住区の小屋に帰っても、相変わらずスゥちゃんは眠ったままだった。
抱えているスゥちゃんをベッドの上に置き、やっと私もひと息つく。
「ふぅ……疲れた」
にしても、唐突に起きた出来事だった。
あのアイリスという少女の行動力、とんでもなく凄い。
何かに駆り動かされている様子だったけど、直接会って聞き出そうとするなんて。
結局、私もその雰囲気に気圧されてしまった。
そもそも、あの子は既に強いはず。
なのに、どうしてあんなにも詠唱や魔法に拘っていたんだろう。
なにか事情でもあるのかな?
「ユズ、ふあぁ……お昼寝しちゃってたぁ〜」
あれこれ私が考え事をしていると、スゥちゃんが目を覚ました。
よし、丁度いい。
あの店での出来事を伝えておこう。
「おはようスゥちゃん。あのね、協力して欲しいことがあるの。さっきまで一緒にいた、アイリスちゃんっていう女の子のことなんだけど……」
私は、スゥちゃんに事の顛末を説明した。
「大丈夫だよ、ユズの頼みだからね。あたしがアイリスに憑依して、魔法を使えばいいんだよね?」
「うん。お願いできる?」
「もちろん、任せて!」
スゥちゃんは瑞々しい身体を、ぷるんっと揺らす。
……ふぅ、やる気みたいで良かった。
誰かに頼み事をするのも、緊張して心臓に悪い。
でもこれで、なんとか約束を果たすことは出来そうだ。
その日の晩は、ドキドキしてなかなか寝付けなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──迎えた約束の日の朝。
目覚めは、最悪。
この先の展開がどうなるのか、私にはまったく読めない。他人を誘い出しといて、もしも齟齬があったらどうしよう。
……自身で経験したことがないことをするっていうのは、思ったよりも覚悟や勇気が必要だ。
と、異世界に来てから痛感する日々。
「行こうか、スゥちゃん」
「は〜い」
私たちはアイリスちゃんとの集合場所である、北の森の入口に向かう。
街から一緒に行くか悩んだが、会話を続けられる気がしないからやめた。ずっと他人に気を遣っていたら、息苦しくて拷問と何ら変わらないもん。
そして、目的地に到着する頃には、すでに少女の姿が。
「あら、ご機嫌よう」
アイリスちゃんは、優雅に会釈した。
森に似つかわしくない真っ赤なドレスやハイヒールは健在で、これまた赤い日傘を差している。
しかし、今日はこの前と違うところがあった。
「お、おはよう……あの、そのパンツ……」
連れているピンク色のスライムに、白くて可愛いパンツを履かせていた。
「貴女を参考にしましたのよ。わたくしとサイズが同じで良かったですわ。せっかく貴女に教えていただくので、こちらも全力で頑張って参りますわ!」
「は、はあ……」
ああ、この子はあれだ。たぶん形から入るタイプだ。
というか、サイズが同じってことは自前の下着? うさぎの絵柄が描かれているんですけど……。
お嬢様のような凛とした容姿の子が、うさぎ柄のパンツの持ち主とは。なんというギャップの差。
……どこに売ってるんだろう。
いや、私も過激な黒いパンツを履かせたスライムを連れていて、似たような感じかもしれない。
「じゃ、じゃあ……私のスゥちゃん、紹介するね」
「よろしく、アイリス。あたしはユズの使い魔、スゥだよ」
私の肩の上で、スゥちゃんが飛び跳ねる。
「ユズリハ ミクリさん……貴女……」
あ、そう言えばスライムが話すのは珍しいのか。
アイリスちゃんは、大きな目を丸くして驚いた表情を見せる。
「腹話術がとても上手ですのね。いきなり声を変えて、スライムになりきるだなんて」
「えっ」
「ですが、教えていただけるのでしたら気にしませんわ。貴女のやりたい様にやってくださいませ。一語一句、聞き逃したり致しませんので」
「いや、私じゃなくて……」
森の奥へ歩きながら、私は必死に説得した。
しかしアイリスちゃんは、ずっと腹話術だと思い込んで疑わない。
これ以上は面倒に思われそうだし、スゥちゃんが憑依すれば分かること……だよね。
「そろそろハーピーが現れそうな場所ですわね。ユズリハさん、わたくしとパーティを組んでくださらない?」
少し開けた場所でアイリスちゃんは立ち止まり、ギルドカードを手にした。
「パーティ……とは?」
「あら、ご存知ないのかしら? 冒険者同士のギルドカードを重ね合わせれば、互いのステータスや状態を把握することが出来ますの」
「へ、へぇ。便利だね」
私がギルドカードを差し出すと、アイリスちゃんがその上にカードを重ねる。
「うわっ、すご……」
思わず、私は声を漏らす。
突然、アイリスちゃんの頭上にステータスが現れた。
おそらく、私もこんな感じで表示されてるんだろうな。
パーティメンバー同士なら互いに体力が分かるなんて、本当にゲームのような世界だ。
「さあ、まずは貴女がお手本を見せてくださいませ!」
アイリスちゃんが指差す先に、一体のハーピーがいた。
木の枝の上で休んでいる様子で、まだこちらに気付く素振りはない。
たぶんスゥちゃんの魔法なら一撃で終わるはず。
私はアイリスちゃんに頷いてみせた。
「スゥちゃん、あのハーピーを討伐しよう」
「お安い御用だよ!」
(これも腹話術の独り言だと思われてるんだろうな……)
スゥちゃんが私の頭に乗って、憑依完了。
そして脳内に流れる詠唱を聞き終えると、
「凍てつけ──《アイシクルレイン》!」
私は手の平から氷結魔法を放つ。
すぶ濡れになったハーピーは急速に凍り、氷漬けの身体が氷柱によってバラバラに崩れ去った。
「やったね、ユズ」
「ありがとう」
「あの日に見た複合魔法ですわね。素晴らしいですわ!」
アイリスちゃんのキラキラした真紅の瞳が、私に向けられている。
「私じゃなくて、この子が……凄いんだけど、ね」
「スライムのスゥちゃんの人格……かしら?」
「人格?! えっと、頭に乗せてみたら、分かると思う」
やっぱり私一人でスライム役をやってると思ってるのか。
私はスゥちゃんを自分の頭上から、アイリスちゃんの頭に置いた。
「こっ、これはなんですの──?!」
次第に、アイリスちゃんの様子がおかしくなった。