5 「アイリスちゃん登場?」
「おい、金髪の嬢ちゃん。その女に用があるのは俺だ」
見ず知らずの少女に呼び止められたせいで、建物の奥から男性冒険者が来てしまった。
首から下は銀色の鎧を身につけ、大柄で筋肉隆々。
顎髭を蓄えており、いかにも気性が荒そうで怖い。
私なんかよりもレベルやステータスは、おそらく相当上だろう。
……どうなってしまうんだ。私。
「あら、わたくしを敵にまわすつもりかしら?」
そんな私の不安をよそに、赤いドレスの少女は大男のほうに振り返ると、さも自信ありげな様子で言い放つ。
しかし、男も簡単には引き下がらなかった。
「ああ? チビのくせに度胸あるじゃねえか。俺はそこそこ名の売れた冒険者なんだ。嬢ちゃんを敵にしたところで屁でもねぇよ」
「いいこと? わたくしの名は、アイリス=シャルロッテ。この水の都のシャルロッテ伯爵家の一人娘よ」
「なん……だと? かつて、モンスターの大群から街を守った、あの偉大なるシャルロッテ様の娘……だと?」
「……ええ、そうですわ。わたくしもお父様の能力を受け継いだ者。この炎で貴方を焼き払って差し上げようかしら」
ん? ちょっと待って!
この子の手が燃えてるんだけど?!
「すまねぇ! どうか今回のことは不問にしてくれぇ!」
「よろしいでしょう。とっとと帰ってくださるかしら?」
「へ、へいぃっ!」
さっきの威勢は何処へやら……。
大柄な男は情けない声を残して、そそくさと逃げ去っていく。
それにしてもこの金髪美少女、只者じゃない。
手に纏っていた炎は魔法なのかな?
しかも、どこか有名な名家の令嬢って感じ?
赤レンガの路上を行き交う人々のなかへ、その鎧姿が消えたのを確認すると、私はほっと胸を撫で下ろした。
「さてと、こちらへ着いて来てくださる?」
「……はい?」
少女は「失礼」と言って、私の服の袖を強引に掴み、どこかへ向かって歩き出した。
いやいや、連れていかれてるんですけど!?
──もしかして、私の頭髪が真っ白で派手だから目をつけられた……? それとも転生したことがバレていて、私に変な実験を行うための誘拐!?
単純に、何か失礼なことをしちゃったとか?
どうしよう、助けて神様──────っ!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(うっ……緊張して胃が痛い)
「こちら、フリージアから取り寄せたフルーツティーで御座います。熱いので、お気を付けください」
ウエイトレスの女性が丁寧な一礼をして、立ち去った。
なんともまあ、豪華な装飾が施された店内だ。
その片隅でテーブルを囲む、二人とスライム二匹。
「代金はわたくしが支払うので、遠慮せずに飲んで頂戴」
「は、はあ……」
どういう訳だか、私は赤いドレスの少女とティータイムを共にしている。
華やかな甘〜い香りがする紅茶。
だが、とても口にする気になれなかった。
私をここに連れてきた目的が気になり、とてもそれどころじゃない。
「改めまして、わたくしはアイリス=シャルロッテと申します。以後、お見知り置きを」
「ど、どうも」
やっぱり独特な喋り方だ。
見た目や言葉遣い、雰囲気も相まって、お金持ち、お嬢様という感じが半端なく伝わってくる。
それと比べたら、私のモブキャラ感が際立つな。
まさに月とスッポン。
「お連れのスライムに履かせている破廉恥な下着は、貴女の好みかしら?」
「いやいやいやっ、ち、違うよ!」
少女の質問に、私は思わず声が裏返ってしまった。
これまでに何度も聞かれているが、未だに慣れない。慣れるはずがない。私自身が地味だからって、スライムに無理やり派手なパンツを履かせていると思われてないか心配だ。
「……まあ、いいですわ。スライムを着飾ることは、何も特別なことではありませんもの。ですが、わたくしとそう変わらない年頃だと見受けられるのに、随分と……個性的で卑しい装いですわね」
ああ、絶対に変態女だと思われてる──!
そうだよね! 普通そう思っちゃうよね!?
私が呆然としていると、少女がコホンっと咳払いをした。
「貴女をここに連れてきた理由、聞きたいかしら?」
私は全力で首を縦に振る。
「わたくしに、あの魔法の詠唱を教えてくださらない?」
少女は上品に紅茶を啜る。
ティーカップを置くと、私の顔をじっと見つめている様な気がした。
「あっ、あの魔法……と言われましても……」
「あの森で、貴女が使っているのを見ましたわ。複数の属性を自在に操れる魔法の使い手は、この世界にそうはいないですもの」
ということは、この少女は森からギルド協会まで、ずっと私たちのあとを着いてきてた……ってこと?
そこまでして知りたいなら、教えてあげたいけど。
魔法を詠唱していたのはスゥちゃんなんだよね。
「あの〜、ええっと……詠唱と魔法、私じゃなくて……この子が……」
頼りのスゥちゃんはといえば、ピンク色のスライムと一緒に紅茶を楽しんでいた。
「わたくしをバカにしているのかしら? スライムがそんな真似できる訳ありませんわ!」
「ほ、ほんと……」
「仮に『水属性』の魔法を操るスライムは存在しても、先程の森で見た限り、『水』、『氷』、『雷』、『火』の四属性を使っていた。魔法が得意なエルフですら、こんなにも多くの属性魔法を習得できるのは極わずかですのよ。知能が低いスライムには不可能ですわ」
たしかに、私もこの少女と同意見だ。
初めてスライムと遭遇したとき、そこら辺にいる弱いモンスターっていうイメージだったもん。
う〜ん、困ったな。
どうにかして、この子に信じてもらいたいけど。
他人から見れば、スゥちゃんではなく、私が使っている様に思うよね。
やむを得ない、個人情報を晒すことになるが。
「じゃ、じゃあ……これ」
私はギルドカードを取り出し、少女に見せた。
これが一番手っ取り早く終わるだろう。
「あら、どうも……ユズリハ ミクリ。とても珍しい名前ですわね。しかも、今どき『無属性』ですって? 本来であれば、あのような攻撃魔法を使えないはずですわ」
「へ、へえ……」
「それなのに、たったの3レベルで魔力値が隠されている。こんなの見たことがないですわね……。その他のステータスは低すぎますし……能力はひとつだけですの?」
「そっ、そうですが、何か」
少女は納得がいかないという表情を浮かべた。
そしてドレスのポケットに手を入れ、何かを取り出す。
「そう。こちらを拝見してくださる?」
「これは……」
「わたくしのギルドカードですわ」
私は差し出されたカードに目を落とす。
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名前:アイリス=シャルロッテ
レベル:15
属性:火
職業:下級冒険者
力:7
防御:20
体力:23
魔力:125
知力:86
敏捷:10
能力:《イグナイト》
効果:対象を発火させる。
《ファイアスフィア》
火炎の弾を放つ。
《エンハンス》
対象となる者の魔法の威力を上げる。
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……うわっ。
全体的にステータスの数値が、私とは比べ物にならないほど高い。さらに能力が三つもある。
でも、どうしてこれを私なんかに。
「わたくしのステータスや能力を見て、どう思いまして?」
「す、凄いな……っと」
「あの森のハーピーたち、わたくしでも苦戦しますの。それなのに、貴女は一撃の魔法……それも複数の属性を組み合わせて討伐されていらしたわ」
「た、たぶん」
ハーピーってそんなにも強いモンスターだったんだ。
レベル1の頃から挑んでいたのが、今考えると恐ろしい。
「……何かがおかしいですわ。どうしてかしら? 幾ら魔力が高いとはいえ、知能数値が5で難解な詠唱を覚えられるなんてこと……。そもそもレベルも低くて……う〜ん」
少女は言葉をこぼしながら、なにやら考え込み始めた。
本当にギルドカードの信頼感って凄いんだ。
何はともあれ、ようやく私が魔法を使えないって理解してくれたかな。
はぁ、これでやっと小屋に帰られそうだ。
スゥちゃんは空になったティーカップの横で、すやすやと眠っている。
私も今のうちに紅茶を飲んでおこう。そのままにしておくのも悪いもんね。
(なにこれっ、超美味しい?!)
「ユズリハ ミクリさん、貴女……もしかして、神様の生まれ変わりだったりするのかしら?」
「────ぶはっ!」
く、苦しいっ。むせた。
不意に少女の口から出た言葉に、私は思わず口に含んだ紅茶を吹き出しそうになった。
アイリス=シャルロッテの口調が難しい……。