3 「変なスライム?」
──スライムなのに、なぜパンツを……?
いや、そもそもあの可愛らしい声は誰?
声の感じからして、たぶん幼い女の子のはずだけど……。
いったいどこにいるのよ〜!
必死にその姿を探すが、見つからない。
(こ、こうなったら……!)
私は神にもすがる思いで、パンツを履いたスライムに助けを求めた。
「た、助けてっ……もう走れ、ない……」
このスライムが敵だったら、また私は死ぬのかな……。
私はとうとう力尽き、地面に向かって前のめりに滑り転げ──ぼやけた視界が真っ暗になった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あれ、私……ここは?」
目を開けると、私は草原に寝転んでいた。
短いスカートが捲れ、パンツを丸出しにして。
だっ、誰にも見られてない……よね?
気持ちの良い空模様でありながら、全身は筋肉痛のように怠くて重い。
たしか、私は依頼書の野草を採りに来て……そうだ! スライムの群れに襲われていたんだ。
でもどうして助かったんだろう? 女の子なんて居なかったのに。
「気が付いたかな?」
「ひぇっ!?」
即座に横を振り向くと、私の顔の横に黒いパンツ!
……を履いたスライムがいた。
「あなたが泣いていたから助けてあげたよ。さっきのスライムたち、あたしが追い返したからもう安心だね!」
最初に聞いた幼い女の子の声だった。
スライムって喋れるんだ。口がないのに、どうやって声を出してるんだろう?
「た、助けてくれてありがとう……いだだっ!」
立ち上がると同時に、膝に痛みが走った。
おそらく、転んだ時にすり傷ができたのだろう。
「怪我をしてるの? 見せてみて」
スライムは、怪我をしている私の膝に覆い被さる。
「な、何してるの? 汚いよ!?」
「大丈夫、まかせて。これも一種の治癒魔法なんだよ」
「治癒魔法? あれ、なんか吸われている感じがして……って、本当に傷も痛みもなくなった……」
これが魔法なんだ。初めて見た。
あっという間に、私の膝から綺麗さっぱり傷が消え去っていった。
もうこれっぽっちの痛みもない。
──このスライム、何者!?
さっきは気が回らなかったけど、よく見たら黒色のレースパンツを履いているようだ。
黒いレースパンツ……ひらひらなフリル……大人……もしかして、めちゃくちゃお姉さんスライム……?
地味ガキな私じゃ、こんな派手なパンツは絶対無理。
……こういう、お洒落好き(?)な個体も存在するものなのかな?
私を追いかけていたスライムには無かった、羽根っぽい手もぴょこっと生やしているし。
ついつい触りたくなってしまう。マスコットキャラクターみたいで、たまらなく可愛い。
「助けてもらったり、怪我まで治してくれて本当にありがとね。私の名前はユズリハ。一応、冒険者やってて……」
「そうなんだね」
「うん。だから、この野草を街まで持っていかないといけないの。……またどこかで会ったら絶対、お礼するからね」
私は倒れている紙袋を拾い上げ、スライムに別れを告げた。
とっても優しいスライムで良かった。
また次に会った時、お礼できない、なんてことになったら嫌だから、ある程度は硬貨を貯めておかなきゃ。
「ユズ、待って!」
呼び止められ、私は振っていた手を降ろした。
「えっと……ユズって私のこと? やっぱり今、ちゃんとお礼しないとダメかな? でも、硬貨一枚すら持ち合わせてなくて……ごめんなさい!」
深々と頭を下げると、ゼリー状の彼女(?)は私の顔の正面にまで浮遊してきた。
スライムって飛べるんだ。
「お礼なんていらないよ。それよりも、あたしと契約してくれない?」
「────契約? ……それって、何かの押し売り?」
スライムは、小さな身体を左右にぷるぷると振った。
「さっきユズが意識を失っているとき、あなたの身体に憑依したの。そしたらユズの体内から膨大な量の魔力を感じた。せっかく魔法が使えても、あたしの魔力量は皆無に等しい。だから宿主になってほしいな、って」
ああ……忘れていた。
私の魔力は『???』って表記されているんだっけ。
にも関わらず、なんの能力も発動しなかったけど。
「憑依とか宿主って何? あまり詳しくなくてごめんね」
「あたしと、ずっと一緒に居てくれるだけで大丈夫だよ!」
それってつまり、友達!? パートナー的なやつ!?
私なんかで良いのかな……でも助けて貰ったから断るわけにも……。
それに、このまま一人でやっていく自信は微塵もない。
今後のことを考えるなら、モンスターを倒せないようじゃ厳しいよね。
どういう訳だか、この子とは緊張せずに話せるし……。
う〜〜〜〜ん。
「じゃあ、私で良ければ」
「わーい! ありがとう!」
ちっちゃい手をピョコピョコ動かしてて、なんだか嬉しそう。
なんて愛くるしい生き物なんだ。
「さっそく契約の儀を始めよう! 心を落ち着かせて、あたしの言葉に続いてね〜!」
「わ、分かった。やってみる」
「《契約に従い、我に応えよ》」
「契約に従い、我に応えよ」
「《汝は我と共に》」
「汝は我と共に」
「《我は汝と共に》」
「我は汝と共に」
「《ペルデュアライアンス》」
「ペルデュアライアンス」
突然、私たちの身体は微かな光に包まれる。
まるで蛍が飛んでいるような煌めきは、やがて儚く消えていく。
言葉を失ったまま、私はその光景をただ眺めていた。
「これであなたは、あたしの主だよ。よろしくね、ユズ」
「うん、よろしくね。スライムさん」
主と呼ばれるのは、ものすごく違和感が……。
私の方がめちゃくちゃ弱いだろうし。
「ねえねえ、あたしに名前を付けて?」
「えっ、名前?」
「うん! スライムは他にもたくさん居るし、ユズみたいな名前が欲しいなぁ〜」
そ、そんなことを急に言われても。
私は名前を決めるのはおろか、友達にあだ名をつけた経験が一度もない。あるわけがない。ぼっちだもん。
困ったな……どうしよう。
スライムだから、スラッち? スラぴ? スラ子……?
「う〜ん、ス、ス……ス……スゥ?」
「スゥ……。ユズからもらった名前、大切にするね!」
ふぅ、気に入ってもらえて良かった。
そんなこんなで、私とスゥちゃんは一緒に街へと戻った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
街までの道程で、私は色んなことを考えていた。
(なんでスライムなのにパンツを履いているの?)
(どうして、私を助けてくれたんだろう?)
(他のスライムも人と会話が出来るのかな?)
スゥちゃんに疑問をぶつけたくても、私の肩の上で上機嫌に鼻歌を奏でている……。
だから結局、質問出来ず終いだった。
「初依頼達成、おめでとうございます!」
「ありっ、ありがとう、ござい……ます」
ギルド協会に到着した私たちは、受付のお姉さんに依頼書と野草を提出した。
一週間ぶりに人と接するが、相も変わらず私の身体や声が小刻みに震えている。お姉さんの顔ではなく、その大きな胸をずっと眺めながら会話するしかない……。
結局、相手が人だったらこれまで通りなのか。
「こちらが報酬の銀貨一枚、それと銅貨三枚です」
「あれ? たぶん、銀貨一枚、だったと思います……けど」
「今回は採取量が多かったので、銅貨五枚のプラス。ですが状態の悪い物もそこそこありましたから、銅貨二枚をマイナスして合計銅貨三枚の上乗せです」
なるほど、そういう仕組みだったんだ。
状態が悪いのはスライムに襲われたんだもん……しょうがないとして、こんなことならもっと沢山集めておくべきだったなぁ。
渡された硬貨を小袋の中に入れ、私は気になっていることを訊ねてみる。
「あの……この子と、一緒に暮らすことって、大丈夫、ですか?」
私は、自分の肩の上にいるスゥちゃんに目線を送った。
「まったく問題ありませんよ。その様なことを聞くなんて、冒険者様はよっぽど遠くから来たのでしょうか? この街にとってのスライムは、水の守り神のようなものなんですよ」
「へ、へぇ……」
「なので気に入ったスライムを手懐け、使い魔として一緒に暮らしている方も大勢いますよ」
「待って、ください。それは危険じゃ……ないんですか?」
現に、私はスライムの群れに襲われている。
子供が被害に遭う可能性もあるんじゃ?
「あはは、大丈夫ですよ。基本的にスライムというモンスターは、自分よりも強い相手には攻撃したりしませんので。たまに戯れたりするかもしれませんが」
「えっ」
それじゃあ私って……。
スライムたちに弱いと思われていたか、ただ戯れているのを怖がって必死に逃げていた……ってこと?
思わず、私はガックリと項垂れた。
「子供たちなんかは、スライム同士を競わせて遊んだりもしてますし。はたまた、水の神の眷属だと信仰している年配の方々もいます。そのくらいここでは馴染みのあるモンスターですから、安心して暮らしてください」
この世界の子供たち強すぎじゃない?
もしかしたら、世界最弱は私かもしれない。
「それは、良かった……です」
はぁ、なんとか一安心。
万が一だめって言われたら、相当困っていただろう。
スゥちゃんと離れる訳にはいかないからね。それにあの小屋を出たら、他に行く宛てがないもん。
「それにしてもそちらのスライム、冒険者様と同じで可愛らしいですね」
「い、いや……私は、特に……」
受付のお姉さんの言葉が嬉しかったのか、スゥちゃんは私の肩の上で飛び跳ねている。
「しかも、手が生えている個体なんて。これまでに確認されたことがないので、非常に希少種かもしれませんね。あと、先ほどから気になっていたのですが……その過激な下着は、ひょっとして冒険者様の好みなんですか?」
「こここっ、これは私の趣味じゃない、ですから……っ!」
今日は冒険者の姿が少なくて助かった。
また以前のように、あらぬ陰口を囁かれていたかもしれない。
「なるほど、男の趣味か……」
お姉さんがボソッとつぶやいた。
……反論するのも面倒臭いから、聞かなかったことにしておこう。
変わりに、私は疑問を口にしてみる。
「あのっ、スライムって、みんな……喋れたり、するん……ですか?」
「まさか、そんなことありえませんよ。モンスターが我々の言葉を話すには、『無属性』の最上級魔法でも使わなければ無理です。最も、そんなモンスターに遭遇することは稀でしょうが」
──え?
「じゃ、じゃあ……治癒魔法が使えるのも、普通のことじゃない、とか……?」
「もちろんですよ? スライムは人に懐いたりはしますが、魔法を習得できる知能は持ち併せておりません。もしも『光属性』の治癒魔法が使えるスライムが存在するのなら、見てみたいですよ」
──え? え?
「なら、空を飛べる、スライムがいたり……」
私の質問に、お姉さんはついに笑い出す。
「しませんよ。それはもうスライムじゃありません。冒険者様は、変わったスライムを探しにブバルディアを訪れたのでしょうか?」
──えっ? えっ? えっ?
私は少し間を空けて、「まあ、そんな感じです」と返し、自分の肩に乗っているスゥちゃんを見つめることしか出来なかった。
もしかしたらこの子、最強のスライムなんじゃ……?
それからすぐ、私たちはギルド協会を出た。
他の冒険者たちが増えてくる前に、小屋へ戻りたいからね。
あ、途中で食糧店にでも寄っていこうかな。